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第五章 サロン

7.宴の終わり

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 その後、ジェルヴェが戻ってきて、私とスレイマン皇子の間に跪いてメンデエル語で報告してくれた。
 『司厨長もおかしいと思っていたそうです。
 しかし、アンヌ=マリー嬢がこのメニューで良いと言い張ったそうで…
 輸入物になってしまいますが、ハラルフードで急ぎ対応しますと』

 スレイマン皇子と私は、顔を見合わせてほっと息をついた。
 『ありがとう、可愛いリンスター。
 あなたのお陰ですよ』
 スレイマン皇子は艶やかに微笑んでリンディア帝国の公用語でそう言うと、私の右手を取ってキスした。
 私の心臓が跳ね上がり、急いで右手を引いて左手で隠す。

 スレイマン皇子の所作とか表情って…妙に色気があって、なんか落ち着かない。
 エキゾチックな風貌と相まって、不思議な魅力があると思う。
 
 「え…今なんて仰いました?
 言葉がよく判らなかったが…リンスターって聞こえたような」
 ジェルヴェが聞きとがめ、私とスレイマン皇子の顔を交互に見比べる。
 そして何かに思い当たったように「まさか」と言いかけて絶句した。

 スレイマン皇子は口角を粋な感じにきゅっと上げて嫣然と笑い、「王弟殿下とはライバルになりますね」と小さく言った。
 「こういう争いは人生で初めてなので、お手柔らかに」

 「叔父上!
 私にも状況を説明してください!」
 王太子の不愛想な声が割って入る。

 ジェルヴェはスレイマン皇子の言葉にしばし呆然としていたが、重ねて王太子に声をかけられると、はっと我に返って王太子の方へ移動して話をした。
 王太子の隣に座っている王妃様にも話は聞こえているらしい。
 王妃様が驚いたように手で口を優雅に覆っているのが見える。

 そして少し遅くはなったが、司厨長の機転により、見た目には私たちのメニューとそれほど変わらない料理がスレイマン皇子に供された。
 スレイマン皇子は「素晴らしい司厨長ですね、乾燥ものとは思えない美味しさです」と絶賛して、果物のジュースも「これは何というフルーツですか」と興味津々に尋ねたりしていた。
 
 良かった、スレイマン皇子がこちらの配慮を汲んでくれる人で。
 私は少し離れた席に座っているジェルヴェと視線を交わして、お互いの健闘を称えあった。
 王太子がちらちらとこちらを伺っているのには気づいていたが、面倒なので無視する。
 もっとアンヌ=マリーの教育に力を入れてちょうだいよ。

 晩餐会は和やかに進み、やがてお開きとなった。
 スレイマン皇子は王太子と王妃様に向かって「本日はありがとうございました」と丁寧に述べた。
 王妃様は「こちらの不手際をお許しください、宜しければまた是非お越しくださいね」と謝罪する。
 王太子も頭を下げた。

 スレイマン皇子は「ぜひまた、伺います。ありがとうございます」と気障な仕草でお辞儀した。
 そして私の方へ近づくと、私の腰に手をかけて引き寄せ頭に頬を寄せてリンディア帝国の言語で囁く。
 『またお会いしましょう。
 二人で会うことは可能?』

 私はスレイマン皇子から苦労して離れ、首を横に振る。
 『わたくしは、今日はたまたまこういう席に居りますが普段はほとんど表には出ません。
 二人で会うなんて…そんなのは無理です』

 スレイマン皇子は私の言葉を聞いて、『そうなんですか…何故?』と言って首を傾げる。
 『ああ、あの愛妾のせいですね。
 二人で会うのには好都合といったところですよ、ね』
 にこりと笑って辞していった。

 王太子はイライラしたように「何を話していたんだ、あの馴れ馴れしい皇子と」と私の肩を掴む。
 「別に大したことは何も話しておりません。
 痛いのでお放しくださいな」
 私は素気無く言って、肩から王太子の手を払う。
 
 王太子は呆気にとられたように私を見ていたが、払われた手をぐっと握って言った。
 「…今日は、そなたのお陰で助かった。
 ありがとう」

 あら、二人称が変わったわ。
 私は少し気を良くする。
 「いえ、お気になさらず」

 王太子は顔を上げて私に近づき、避けようとする私の頬に先程よりは優しく手を添えて仰向かせる。
 「そなたは私の妃だ。
 叔父上といい、他国の皇子といい、隙があり過ぎるんじゃないのか」

 え?はああ??
 私が悪いって言うの?!
 妃だ妃だって言うなら、もうちょっと大事にしなさいよっ!

 私は憤慨して、足音高く大広間を後にして、部屋に帰った。

 
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