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第五章 サロン

1.仕上げ

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 秋も深まってきて冬の足音がすぐ近くに迫ってくる頃になると、貴族たちは自分の領地に帰る人もあり、宮殿近くに留まって毎日のようにパーティをする人あり、狩猟に明け暮れる人あり、夏のように皆が集まってくることは少なくなって、王宮は心なしか閑散としているようだ。

 メンデエルよりはずいぶんと暖かい気候に、私は相変わらず晴れた日の日中はお庭に通って、庭師のシモンと話し込んだり、お城の厨房に行って司厨長とルーマデュカの保存食について話したりしていた。
 ルーマデュカは広大で気候も良く、大地が多く肥沃な土地柄のせいか、作物が一年中どこかしらで採れているので、一冬を完全に超すような保存食が存在しなかった。

 私と司厨長、それからメンデエルのコックはここでも作れるような保存食はないかしらといろいろ試行錯誤していた。
 ルーマデュカは国内外ともに今現在は比較的落ち着いているが、いつまた小競りあいや宗教・人種の対立があるか判らない。
 備えておくことに越したことはない。

 私がお城の厨房に出入りすることを、司厨長が許してくれた時には正直驚いた。
 厨房には普通、下働き以外は男しか入れないからだ。
 女性のシェフというのはあり得ない。
 
 長年の慣習を破ることについて、私は大丈夫なのかな、と心配したのだけど…
 でも、司厨長が太った体躯を揺らしながら城の私の部屋まで(私の部屋は城の端の方にある)来るのが大変なんだな、と判ってからは遠慮なく厨房に行くようになった。

 厨房のスタッフたちも最初は、王太子妃がのこのこ厨房に入ってくることにめちゃめちゃ驚いていたが、話をいろいろするうちに打ち解けて、暖炉の前にラグマットを敷き椅子を置いて私専用の場所を設えてくれたりした。
 
 王太子に「畑の案山子」だの「焼き過ぎのゴーフル」だの言われてからは、さすがに私も日焼け対策やお化粧に気を付けて、ジョアナに頼まれたジェルヴェが外国から取り寄せてくれたコスメを使ったりして、色の白さもだいぶ戻ってきた。
 ジョアナとルイーズは宮廷のモードなどに詳しく(王妃様の侍女と仲が良いらしい)、私やグレーテル、ユリアナにも教えてくれる。

 ソレンヌは手先が器用で、お洒落な刺繍とか飾りの小物などを手作りしてくれて、ドレスを上品かつ華やかにしてくれた。
 私もメンデエルにいたころは女性教育の一環で刺繍や小物づくりをずいぶんやったけど、メンデエルの先生より段違いにセンスの良いソレンヌに教わって、さまざまなものを作って楽しんだ。

 お城の中やお庭を歩き回っているお陰で、私はここに来た当初よりも身体のラインがすっきりして、コルセットもサイズを細くすることができた。
 ドレスもサイズダウンし、新たなドレスの需要が増えたと、仕立て屋が喜んでいたけど…
 私があまりにも簡素なドレスを好むので、仕立て屋や侍女たちはもちろん、ジェルヴェやクラウスまでが若いのだし王太子妃なのだからもっと華やかなドレスを着るべきだと言い出し、私は閉口した。

 着飾ったってどうせ、着ていくとこもないじゃないの。
 お城の厨房やお庭にこんなの着て行っても、邪魔なだけだし。
 自室でジェルヴェと踊るだけのために、こんな華美なドレス、必要ないわよ。

 そんな冬も目前のある日、ジェルヴェが私を眺めて満足そうに言った。
 「私が思うよりずいぶん早く、準備が整いましたね。
 あなたの旺盛な好奇心と克己心、知識欲と行動力に引っ張られた感は否めませんが。
 これからもっと、楽しいことをしていきますよ、リンスター王太子妃」

 ぽかんとする私の頬に、ジェルヴェは素早くキスした。
 「今一度、申し上げておきますが。
 私はいつでもいつまでも、貴女の味方です。
 ずっと傍にいます」
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