愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

文字の大きさ
上 下
48 / 161
第四章 王宮で

12.呼び方

しおりを挟む
 ジェルヴェは私の髪に優しく口づけると身体を離した。
 私は少し名残惜しく思い、そんな自分の気持ちに戸惑う。

 私…何だろう、どうしてしまったんだろう。
 こんな気持ちは、初めてでどうしていいのか判らない。

 「すみません、あなたを困らせるつもりはないのです。
 私を愛して欲しいとは言わない。
 ただ、これからもずっと、あなたの傍にいて支え続けることを許して欲しい」
 ジェルヴェは私の手を取り、甲にキスする。
 
 私はドキドキする心臓を持て余し、でもジェルヴェの言葉が嬉しくて、うなずいた。
 ジェルヴェは少し切なく微笑んで「ありがとう、リンスター」と小さく言った。

 「でも…今日、お庭で王太子殿下からお伺いしたのですけど…
 わたくしに関わっているせいで、宮廷でのジェルヴェの評判が落ちていると」
 私は、王太子の話を聞いてからずっとジェルヴェの立場が心配で、どうしても訊かずにはいられなかった。

 ジェルヴェは軽く目を瞠り「フィリベールがそんなことを?」と尋ねる。
 そして私を横目で見て少し意地悪く問う。
 「…だとしたら、リンスターはどうします?」
 私はやっぱりそうなんだ、と目の前が暗くなるような気がした。
 「そ、それは…
 それなら、ここに来るのはやめた方が…って思う、けど」

 「リンスターはそれで良いの?」
 言いながらうつむいてしまった私に、ジェルヴェは重ねて問うた。
 私は顔を手で覆って「嫌だけど…でもジェルヴェの立場が悪くなる方が、もっと嫌だから…」と声を振り絞る。
 その途端、きつく抱きしめられた。

 「嬉しい…」
 耳元でジェルヴェの低く響く声が聞こえる。
 私は苦しくなってジェルヴェの腕の中でもがく。
 ジェルヴェは「あ、すみません」と言って腕を離した。
 
 「脅かしてすみません、少し意地悪だったかな。
 大丈夫ですよ、私などもともと、宮廷の隅の塵のようなものだし。
 確かに噂をしたがる輩は居ますけどね。
 私もフィリベールもまったく相手にしていなかったら、立ち消えてしまいましたよ」

 そう言って優しく私の髪を撫でた。
 「フィリベールの煽りなど気にせずに、リンスターはいつも通りでいらしてくださいね」
 私は、良いのかな…と思いながらも、今まで通りで良いのだということが嬉しかった。 

 「お妃様、お食事の用意が調いました」
 ユリアナが呼びに来て、私とジェルヴェは、ん?と顔を見合わせる。
 侍女たち小姓たち、それからクラウスと二コラは私を「姫様」と呼ぶ。
 この国に来て最初にジェルヴェに「王太子妃様とお呼び申しあげなさい」と言われてはいたものの、当時は皆、まだ言葉がよく判らなかったこともあり、なしくずしに「姫様」が定着していた。
 なのに、何故?

 私とジェルヴェの不審げな視線を感じて、ユリアナは困惑したように言う。
 「あ、あの…王太子様より、わたしたちリンスター様にお仕えする者に執事様を通して通達がありまして、姫様ではなくお妃様とお呼び申し上げるようにと」

 ええ?
 なんでわざわざそんなこと、王太子が言ってくるわけ?
 余計なお世話よ。
 どうせ名ばかりの王太子妃なんだし、日常のことにまで口を出さないでもらいたいわ。

 私が憤慨していると、隣でジェルヴェがくすっと笑いをこぼす。
 「…フェリベールのやつ…
 余程、私に対するマウントを取りたいらしい」

 意味が解らなくてジェルヴェを見上げると、ジェルヴェは私を見下ろしてぱちっとウィンクをしてみせる。
 「フィリベールには悪いけど、これからまだまだ、私がアドバンテージを奪っていきますよ。
 ね、リンスター。
 二人でもっと楽しいことをやっていきましょうね」

 楽しそうに笑っているジェルヴェを見て、私は不得要領ながらつられて笑い出す。
 うん、あなたとなら。
 この冷淡で退屈な王宮でも、楽しいことがいっぱいできそう。

 この時既に、宮廷ではさまざまな黒い思惑が渦巻いていたことを、私は何も知らなかった。

 

 

 
しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

処理中です...