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第四章 王宮で

10.四阿で

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 私は驚きすぎて、その場で固まってしまう。
 シモンは「こりゃ大変だ」と呟いてその場に額ずいた。

 王太子は辺りを見回しながらゆっくりとお庭の中に入ってくる。
 えー!嫌だわ、ここは私のユートピアなのに!
 あなたが私に断りもなくずかずか入ってきて良い場所じゃなくってよ!

 そうは思いながらも、長年の習慣というか、王家の女性の嗜みというか、私は無意識に近い状態でドレスのスカートをつまみ片足を引いてお辞儀する。
 目だけを上げてちらっと王太子の背後に目を遣った。

 あれ、誰もいない。
 アンヌ=マリーはいないのかしら。

 王太子は私の前まで来て「顔を上げろ」と偉そうに言う。
 私が渋々身を起こすと、私の顔をしげしげと眺めて呟いた。
 「…ずいぶん日焼けしているな。
 まるで畑の案山子のようだ」

 …なん、ですってえ!
 私は思わず唇をかみしめる。
 何なの、この無礼失礼王太子っ!

 そりゃ晴れた日は必ずと言っていいくらいここに来ているし、最近は日焼け対策も面倒になってきちゃって手抜きだし、宮廷のモードは透けるような白い肌だってことは知ってるけどっ。
 別に舞踏会や晩餐会に出席するわけではないし、あなたに会うわけじゃないんだし、余計なお世話よ!
 アンヌ=マリーのことだけ見てればいいでしょ!

 心の中で罵倒しまくる私を見て、王太子はふっと噴き出す。
 それから止まらないといったように大きな声で笑い出し、更にむくれる私を見遣って「悪かった、案山子は言い過ぎた」と笑いの滲む声で言う。
 「せいぜい、焼き過ぎたゴーフルってとこだな」

 もう、なんなのこの人、口悪すぎ!
 私が言い返そうと口を開いたとき、背後から「あの、姫様、お茶の用意ができましてございます」と遠慮がちに声がかかった。
 
 私が何も言わないうちに王太子は「そうか」と言って私を通り越して四阿あずまやへ向かう。
 いや、ちょっと!
 グレーテルはあなたに言ったんじゃないわよ?!
 私は呆れつつ、王太子の後を追った。
 
 王太子は狩猟用の短めのウプランドを着て、仕立ての良いブリーチズと飾りのついた長靴ちょうかを履いている。
 意外と鍛えられて逞しい身体の線が浮き上がって、私はなんだかドキドキしてしまって思わず目を逸らした。

 「あの、殿下、このようなところにお越しあそばして宜しいのですか」
 私は速足の王太子の背に声をかける。
 アンヌ=マリーは?
 それに狩猟の後ってパーティがあるでしょ普通。
 こんなとこに一人でいていいわけ??

 私の言葉など聞こえなかったかのように、王太子は四阿に入って椅子に座る。
 立ちすくんでいる私を見て、怪訝そうに「座ったらどうだ」と目の前の椅子を指した。
 え…王太子と二人でお茶とか勘弁して欲しいんだけど。

 「叔父上とは、いつも二人で過ごしているのだろう」
 王太子はお茶をひとくち、口に含んで不機嫌そうに言う。
 私は仕方なく王太子の向かいに座って、デセールをひとつ取った。
 叔父上…って、ああ、ジェルヴェか。

 「あの洒脱で社交的で宮廷の女性人気をひとり占めしている叔父上が、最近まったく晩餐会にもダンスパーティにも顔を出さず王太子妃の部屋に入り浸り、図書室への閲覧許可や庭の改装許可とか、どうかしてるんじゃないかという噂だ」

 え…
 私は王太子の陶人形のように美しく整った顔を見る。
 私に関わったことで、ジェルヴェに良からぬ評判が立っているの?
 確かに、ジェルヴェの厚意に甘えすぎているとは思ってるけど。
 
 王太子は私の表情を見て、不貞腐れたように「そんなにショックか?」と言って、両腕を組み背もたれに寄りかかった。
 「まあ、叔父上ご自身がまったくお気になさっていないし、謎の王太子妃の噂する方も馬鹿らしくなってきてるけどな」
 面白くもなさそうにそう言うと、身を乗り出して私の顎を掴み無理に顔を向けさせた。

 「痛っ…」
 私は恐怖を感じ、眼を見開いて王太子を見つめる。
 王太子は私の瞳を覗き込むように真剣な表情で話す。
 「お前は私の妃だ。
 他の男に心を移すことは許さない」

 何を…
 王太子の言葉に、私の心は瞬時に怒りでいっぱいになった。
 あなたは何なのよ!
 堂々と愛妾を妃みたいに遇しているくせにっ!

 私の瞳に浮かぶ怒りを察したのか、王太子は顎から手を外してふいと横を向いた。
 「…アンヌ=マリーのことは…
 もう少ししたら、…」
 王太子の声が小さくなっていき、最後は聞き取れなかった。

 こうして私と王太子の突然の会見は、最初から最後まで最悪な感じで終わった。 
 

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