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第四章 王宮で

6.図書室

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 ジェルヴェは王様に話を通してくれたらしく、私を王宮の奥深くにある図書室に案内してくれた。
 クラウスも興味津々で同行し、私たちは衛兵に重くて大きな扉を開けてもらって、胸を轟かせながら中へ入った。

 その際にジェルヴェが「このお方はリンスター王太子妃であらせられる。これからはご自由に出入りの許可を陛下にいただいているので、いつでもお通しするように」と凛とした声で言い、衛兵たちは「はっ!」と畏まって敬礼し私たちを通してくれた。

 中は自然光が差し込んで存外明るく、壁一面に書棚が並んで埃の舞う静謐な空間だった。
 やはり、メンデエルの書庫よりは新しい感じがするけど、私はとにかくその広さと蔵書の多さに圧倒されて、ジェルヴェの存在もクラウスのことも忘れて夢中で中へ入って行く。

 「リンスター!あまりお急ぎになると…」
 後ろからジェルヴェの声がする。
 その時、私の視界の端を誰かが通ったような、気がした。
 私は驚いてドレスの裾を踏んでしまって、前につんのめる。
 
 「リンスター!」
 背後からぱっと腕が伸びて、倒れそうになる私を支えた。
 「…大丈夫?!」
 「あ…ごめんなさい…」
 私はジェルヴェの腕の中から、慌てて身を起こそうとする。
 が、ジェルヴェは私の身体に回した腕に力を籠め、ぎゅっと抱きしめた。

 「…リンスター…
 私の気持ちは、もう解っているよね?
 愛しい人」
 私の耳元に頬を寄せて苦しげに囁き、こめかみのあたりに何度も口づける。
 
 「いや…」
 私は抱きしめるジェルヴェの力の強さに恐怖を覚え、頭を振って逃れる。
 しかしジェルヴェは「リンスター…」と幾度も呼び、私の顔を強引にあげさせて唇にキスしようとした。

 「おや、お邪魔でしたか」
 男性の落ち着いて穏やかな声が聞こえ、はっとしたようにジェルヴェの力が緩む。
 私は急いでジェルヴェから離れて、大きく息をつく。

 「…ガレアッツォ翁…
 いらしていたのですか」
 ジェルヴェは突然現れた人物と面識があるらしく、羞恥の滲む声で言って少し後ずさる。
 ガレアッツォ翁と呼ばれたお爺さんは微笑んでお辞儀をする。

 「恋人同士の逢瀬をお邪魔するつもりはなかったのですが…
 しかし、嫌がっておられるご令嬢に無理に迫るなんて、宮廷一のフェミニストのジェルヴェ殿下とも思えませんな」
 「いや…お恥ずかしい。
 私としたことが…とんだところを見られてしまった」
 ジェルヴェはもう立ち直ったようで、私に少し微笑んで「申し訳ありませんでした」と優雅に頭を下げる。
 しかし顔を上げて私を見つめる瞳には、苦渋と寂寥が色濃く浮かんでいて、私はどうしていいか判らず、ただ黙って首を横に振った。

 「ガレアッツォ翁、この方は、リンスター王太子妃です。
 この度、メンデエル王国からフィリベール王太子にお輿入れなさったのですよ」
 ジェルヴェが私を紹介する。
 ガレアッツォ翁は「さようでございますか。お見逸れいたしました、申し訳ありません」と驚いたように言った。 

 「初めまして、王太子妃殿下。
 お目にかかることができまして、大変光栄でございます。
 わたくしはベリザリオ・ガレアッツォと申します。
 ルーマデュカ王国に食客として、滞在させていただいております」
 と言って私に深くお辞儀をする。

 「そんなご謙遜はおやめください、ガレアッツォ翁。
 リンスター、あなたもご存知かもしれないが、この方は現在、世界中からひっぱりだこの科学者であり芸術家なのですよ。
 ルーマデュカにもようやくいらしてくださって、陛下も殊の外お喜びなのです。
 リンスターもいろいろとお話を伺ってみては?
 世界中を旅していらっしゃる方ですから、きっと面白いお話が聞けますよ」

 ああ、歴史と芸術の先生に聞いたわ。
 お兄様も話していたことがあるような気がする。
 今、世界中の王族から熱い支援を受けて、華々しい活躍をしている芸術家だって。
 こんな…穏やかそうなお爺さんだったんだ。

 私は「お名前は伺っておりますわ。ぜひ、いろいろなお話を聞かせてくださいな」と微笑む。
 この出会いが、宮廷内で私の立場を大きく動かすことになるとは、この時は思ってもみなかった。
 
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