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第三章 婚姻の儀

12.ミニダンスパーティー

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 騎士たちが去った後、私は侍女や小姓たちを総動員して、荷解きとごちゃごちゃの居室と寝室の模様替えを始めた。
 衛兵も呼び入れ、大きな家具などを移動する。
 
 メンデエルから持ってきた家具とここに設えてあった家具は、まったくそぐわない。
 せっかく一生懸命揃えてくれたアウフレヒト侯爵夫妻には非常に申し訳ないけれど、部屋の雰囲気に合わせてメンデエルのもののいくつかは侍女たちに下げ渡することにする。

 立地や国土の広さのせいか、気候や風土の違いか、それとも国民性の違いなのか、ルーマデュカという国はとても開放的で大らかな気がする。
 そしてセンスが良く、新し物好きだ。
 まあ、王侯貴族の方々の気質は、どこにもあるような陰湿で粘着質の部分もありそうだけれど。

 メンデエル語とルーマデュカ語が入り乱れ、人海戦術で片づけを終えて、下げ渡すものは使用人たちですべて分け、ほっと息をつくともう夕刻に近かった。
 簡単な食事を用意して皆で食べているところに、またあのお方が陽気に現れた。
 誰か後ろに従えている。

 「リンスター!
 ご機嫌はいかがかな?
 …おお、何か部屋の雰囲気が変わりましたね。
 とても居心地のよさそうなモダンなお部屋ですね!」
 「ジェルヴェ殿下…いらっしゃいませ」
 
 私はフォークを置くと、立ち上がろうとする皆を押しとどめながら挨拶する。
 全然いらっしゃいじゃないけどね!
 だから、皆立ち上がってご挨拶する必要なんてなくってよ!

 「今日は皆でおやつですか。
 本当にお前たちのご主人は面白くて優しい方だね」
 立ち上がることもなく席を下がろうともしない使用人たちを怒りもせず、楽しそうに眺めてジェルヴェ殿下は評する。
 皆は顔を見合わせておずおずと頷く。

 「ジェルヴェ殿下、それで今日は…?」
 私が訊くと、殿下は器用に肩をすくめる。
 「殿下、は要らないと何度も申し上げておりますが。
 まだジェルヴェとは呼んでいただけないのかな?
 なかなか手ごわいお姫様だ」

 だ、か、らー。
 そんなに親しくないでしょう??
 この人の距離感が全然つかめない。

 「昨日も申した通り、昨日のリンスターのダンスを拝見して私とも踊って欲しいのですよ。
 宮廷のヴァイオリニストをひとり、拉致してまいりましたので、ご一緒に踊りましょう。
 ちょうど部屋も片付いて広々したので、ダンスパーティにおあつらえ向きですね!」
 「はあ?」
 私は驚いて、殿下の後ろにいる男性を凝視する。

 昨日の舞踏会のオーケストラにいたような気もするけど、まさか、コンサートマスターの人じゃないよね?
 そんな人連れてきちゃったら、宮廷の舞踏会が大変なことになっちゃう。
 それに、部屋ん中でダンスするために片付けたわけじゃないのよ!
 
 男性は私に一礼すると、ヴァイオリンを構えて美しく陽気な旋律を奏で始める。
 侍女や小姓たちは一斉に立ち上がってテーブルを片付け始めた。
 ジョアナとグレーテルが私の傍に来て「姫様、お召し替えを」と囁いて、有無を言わさず寝室へ連れていく。

 「ちょっと…!」
 私は抗議するけれど、二人はお構いなしに私の身体をダンス用のドレスに押し込んだ。
 「だって姫様!
 ジェルヴェ殿下のダンスと言えば、宮廷の誰もが憧れる、素晴らしい踊りだそうですわ!
 目の前でそれが拝見できるなんて…夢のようです」
 うっとりと瞳を輝かせて言うジョアナに、グレーテルも「私も、見たい、です」とたどたどしくルーマデュカ語で話す。

 素早くヘアメイクもされて、居室の方へ押し出される。
 「素敵です…
 ますます、心惹かれてしまいますね」
 ジェルヴェ殿下が素早く近づいてきて、片手を取り、部屋の中心にいざなう。

 昨日、王太子と踊った曲がヴァイオリンの素晴らしい音色で演奏され始めた。
 私は仕方なくジェルヴェ殿下と相対して、お辞儀し踊り始めた。
 
 上流階級の噂に目がないジョアナの言う通り、ジェルヴェ殿下のダンスは天下一品だった。
 王太子よりも洗練されて軽やかに、私をリードして踊りの中へ引きこんでいく。
 ジェルヴェ殿下と踊っていると、私のダンスもうまくなったような錯覚を覚えてしまう。

 1曲終わると、見物人(使用人だけど)から盛大な拍手が送られる。
 息つく間もなく、また新たな曲が始まった。
 あ…、この曲、懐かしい。
 だけどアレンジは今風ね。

 私はだんだん楽しくなり、気づけばくたくたになるまで立て続けに踊り続けていた。


 
 
 

 
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