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第三章 婚姻の儀

4.バルコニーにて

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 それ以上、王太子は無駄口をきかず、私も特に話もないので黙ったまま式は滞りなく進み、大聖堂から出てきて休む間もなくバルコニーに立たされる。

 誓いのキスとか言われたらどうしようかと、私は密かに案じていたのだけど、神父はそんなことは一言も言わなかった。
 多分、王太子本人か公爵令嬢、その親御さん方からそういう指示があったのだろう。
 良かった。

 バルコニーから見る景色は圧巻だった。
 ものすごい数の人々が押し寄せ、歓声を上げ、口々に祝いの言葉を述べている。
 国旗を振って万歳!と叫んでいる人もいた。
 
 すごい…
 私は人々の熱気に圧倒され、無意識に少し後ずさる。

 メンデエルの国民の数の比じゃない。
 人々の周りを囲んでいる騎馬兵や衛兵も、メンデエルではありえないほどの人数だ。
 
 私、こんなに大勢の国民がいる大きな国の王太子妃になってしまったのね。
 どうしよう…
 とても無理…

 不意に腰に手を回され、ぐっと引き寄せられた。
 驚いて離れようとすると、王太子の不愛想な声がすぐ横で囁く。
 「脚を踏ん張れ、気圧されるな。
 笑って手を振るんだ。
 ここで怯んだら、お前の負けだぞ」

 私はわずかに首を動かしてうなずき、にこやかに微笑んで国民に向かって手を上げた。
 バルコニーの下の歓声がひときわ大きくなる。
 
 安堵して、私の頭に頬を寄せている王太子を振り仰ぐ。
 王太子も国民向けの笑顔のまま「よし、それでいい」と言って私から離れた。
 
 私は、私に向けられたものではないと判っていても、整った顔立ちの王太子が美しく微笑む笑顔に、なんだか胸が騒いでしまって、戸惑う。
 その、よく判らない感情からは強いて目を背け、国民に向かって笑顔で手を振り続けた。

 やがて侍従長に促され、私たちは大きな窓から部屋の中に入った。
 王太子は私には目もくれず、さっさと部屋を後にする。
 部屋の外で誰か、女性の嬌声が聞こえた。
 …ああ、公爵令嬢が待っていたんだわ。

 私は侍従と待っていたグレーテルと一緒に自室に戻り、今度は披露宴のためのドレスに着替える。
 ルイーズが張り切って選んでくれた、上品で豪華な、それでいて軽くモダンで可愛らしい、明るい色目のドレスに袖を通し、ジョアナとユリアナに髪を結い直してメイクをし直してもらった。

 披露宴に付随する舞踏会で1曲、王太子と踊ったら、もうお役御免ってスケジュールよね。
 私がいなくて何の披露宴なんだって気がするけど、理由は何であれ単に国内外の貴族を招いてパーティがしたかっただけなのかもしれないし。
 いずれにせよ、1週間も続く面白くもないどんちゃん騒ぎに付き合わされなくて済むのが嬉しい。

 私はなんだかウキウキして、部屋を出る前に侍女たちとクラウスに言った。
 「披露宴で1曲踊ったら、すぐに戻ってくるわ。
 皆で昨日今日の慰労会を兼ねて、美味しい夕食を食べましょう。
 この部屋に私と皆の分の食事を用意しておいて」

 ルーマデュカの侍女たち、小姓たちは驚いたように顔を見合わせたが、クラウスが「姫様は、もともとそういうお方なので、姫様のおっしゃる通りにしてください」と言うと、嬉しそうにうなずいた。
 

 
 
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