28 / 161
第三章 婚姻の儀
4.バルコニーにて
しおりを挟む
それ以上、王太子は無駄口をきかず、私も特に話もないので黙ったまま式は滞りなく進み、大聖堂から出てきて休む間もなくバルコニーに立たされる。
誓いのキスとか言われたらどうしようかと、私は密かに案じていたのだけど、神父はそんなことは一言も言わなかった。
多分、王太子本人か公爵令嬢、その親御さん方からそういう指示があったのだろう。
良かった。
バルコニーから見る景色は圧巻だった。
ものすごい数の人々が押し寄せ、歓声を上げ、口々に祝いの言葉を述べている。
国旗を振って万歳!と叫んでいる人もいた。
すごい…
私は人々の熱気に圧倒され、無意識に少し後ずさる。
メンデエルの国民の数の比じゃない。
人々の周りを囲んでいる騎馬兵や衛兵も、メンデエルではありえないほどの人数だ。
私、こんなに大勢の国民がいる大きな国の王太子妃になってしまったのね。
どうしよう…
とても無理…
不意に腰に手を回され、ぐっと引き寄せられた。
驚いて離れようとすると、王太子の不愛想な声がすぐ横で囁く。
「脚を踏ん張れ、気圧されるな。
笑って手を振るんだ。
ここで怯んだら、お前の負けだぞ」
私はわずかに首を動かしてうなずき、にこやかに微笑んで国民に向かって手を上げた。
バルコニーの下の歓声がひときわ大きくなる。
安堵して、私の頭に頬を寄せている王太子を振り仰ぐ。
王太子も国民向けの笑顔のまま「よし、それでいい」と言って私から離れた。
私は、私に向けられたものではないと判っていても、整った顔立ちの王太子が美しく微笑む笑顔に、なんだか胸が騒いでしまって、戸惑う。
その、よく判らない感情からは強いて目を背け、国民に向かって笑顔で手を振り続けた。
やがて侍従長に促され、私たちは大きな窓から部屋の中に入った。
王太子は私には目もくれず、さっさと部屋を後にする。
部屋の外で誰か、女性の嬌声が聞こえた。
…ああ、公爵令嬢が待っていたんだわ。
私は侍従と待っていたグレーテルと一緒に自室に戻り、今度は披露宴のためのドレスに着替える。
ルイーズが張り切って選んでくれた、上品で豪華な、それでいて軽くモダンで可愛らしい、明るい色目のドレスに袖を通し、ジョアナとユリアナに髪を結い直してメイクをし直してもらった。
披露宴に付随する舞踏会で1曲、王太子と踊ったら、もうお役御免ってスケジュールよね。
私がいなくて何の披露宴なんだって気がするけど、理由は何であれ単に国内外の貴族を招いてパーティがしたかっただけなのかもしれないし。
いずれにせよ、1週間も続く面白くもないどんちゃん騒ぎに付き合わされなくて済むのが嬉しい。
私はなんだかウキウキして、部屋を出る前に侍女たちとクラウスに言った。
「披露宴で1曲踊ったら、すぐに戻ってくるわ。
皆で昨日今日の慰労会を兼ねて、美味しい夕食を食べましょう。
この部屋に私と皆の分の食事を用意しておいて」
ルーマデュカの侍女たち、小姓たちは驚いたように顔を見合わせたが、クラウスが「姫様は、もともとそういうお方なので、姫様のおっしゃる通りにしてください」と言うと、嬉しそうにうなずいた。
誓いのキスとか言われたらどうしようかと、私は密かに案じていたのだけど、神父はそんなことは一言も言わなかった。
多分、王太子本人か公爵令嬢、その親御さん方からそういう指示があったのだろう。
良かった。
バルコニーから見る景色は圧巻だった。
ものすごい数の人々が押し寄せ、歓声を上げ、口々に祝いの言葉を述べている。
国旗を振って万歳!と叫んでいる人もいた。
すごい…
私は人々の熱気に圧倒され、無意識に少し後ずさる。
メンデエルの国民の数の比じゃない。
人々の周りを囲んでいる騎馬兵や衛兵も、メンデエルではありえないほどの人数だ。
私、こんなに大勢の国民がいる大きな国の王太子妃になってしまったのね。
どうしよう…
とても無理…
不意に腰に手を回され、ぐっと引き寄せられた。
驚いて離れようとすると、王太子の不愛想な声がすぐ横で囁く。
「脚を踏ん張れ、気圧されるな。
笑って手を振るんだ。
ここで怯んだら、お前の負けだぞ」
私はわずかに首を動かしてうなずき、にこやかに微笑んで国民に向かって手を上げた。
バルコニーの下の歓声がひときわ大きくなる。
安堵して、私の頭に頬を寄せている王太子を振り仰ぐ。
王太子も国民向けの笑顔のまま「よし、それでいい」と言って私から離れた。
私は、私に向けられたものではないと判っていても、整った顔立ちの王太子が美しく微笑む笑顔に、なんだか胸が騒いでしまって、戸惑う。
その、よく判らない感情からは強いて目を背け、国民に向かって笑顔で手を振り続けた。
やがて侍従長に促され、私たちは大きな窓から部屋の中に入った。
王太子は私には目もくれず、さっさと部屋を後にする。
部屋の外で誰か、女性の嬌声が聞こえた。
…ああ、公爵令嬢が待っていたんだわ。
私は侍従と待っていたグレーテルと一緒に自室に戻り、今度は披露宴のためのドレスに着替える。
ルイーズが張り切って選んでくれた、上品で豪華な、それでいて軽くモダンで可愛らしい、明るい色目のドレスに袖を通し、ジョアナとユリアナに髪を結い直してメイクをし直してもらった。
披露宴に付随する舞踏会で1曲、王太子と踊ったら、もうお役御免ってスケジュールよね。
私がいなくて何の披露宴なんだって気がするけど、理由は何であれ単に国内外の貴族を招いてパーティがしたかっただけなのかもしれないし。
いずれにせよ、1週間も続く面白くもないどんちゃん騒ぎに付き合わされなくて済むのが嬉しい。
私はなんだかウキウキして、部屋を出る前に侍女たちとクラウスに言った。
「披露宴で1曲踊ったら、すぐに戻ってくるわ。
皆で昨日今日の慰労会を兼ねて、美味しい夕食を食べましょう。
この部屋に私と皆の分の食事を用意しておいて」
ルーマデュカの侍女たち、小姓たちは驚いたように顔を見合わせたが、クラウスが「姫様は、もともとそういうお方なので、姫様のおっしゃる通りにしてください」と言うと、嬉しそうにうなずいた。
1
お気に入りに追加
1,868
あなたにおすすめの小説
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。
光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。
昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。
逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。
でも、私は不幸じゃなかった。
私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。
彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。
私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー
例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。
「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」
「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」
夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。
カインも結局、私を裏切るのね。
エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。
それなら、もういいわ。全部、要らない。
絶対に許さないわ。
私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー!
覚悟していてね?
私は、絶対に貴方達を許さないから。
「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。
私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。
ざまぁみろ」
不定期更新。
この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる