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第二章 歓迎晩餐会

3.部屋と王弟殿下

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 慌てた様子もなく、落ち着き払った態度で出迎えた執事は、表向き恭しくかしずいて私たちを居室となる部屋に案内した。
 この扱いには正直なところ腹が立っていたけれど、とにかく従者たちを休ませてやりたい一心で黙って後をついていった。

 さすがに三間続きの部屋が王太子妃となる私のために用意してあって、メイド部屋は別にあり、部屋の装飾はもとより家具調度もモダンで豪奢だった。
 メンデエル国から送られてきた私の家具は、隅の方にごちゃっと並べてあったが、この部屋の家具に比べるとやはり少し見劣りがする。
 こんな凝った装飾が施してあり、フォルムも洗練されて美しい家具は、お母様でも持っていない。

 国力の差を、こんな些末なところでも見せつけられた気がして、私の気分は落ち込んでゆく。
 このような扱いを受けるのも、致し方ないのかしら…

 大体がメンデエル国の、代々の王は質実剛健を旨とし、あまり華美な装飾や軽佻浮薄な風潮を好まなかった。
 厳しい気候で肥沃な土地が少ないことも関係しているのかもしれない。
 臣民一体となって生き抜かなければならない土地柄なのだろう。

 しかし、それはそれとして、若い娘としてはこんなに素敵な部屋で過ごせることを嬉しく思わないはずがない。
 グレーテルも、旅の疲れを忘れたようにおもてを輝かせて辺りを見回している。

 その時、ノックの音がして「ジェルヴェ殿下のお出ましでございます」と外から呼ばわる声がした。
 『失礼いたします、王女殿下』
 メンデエル語で話す、良く響く声がして、背の高い男性が入ってくる。
 慇懃無礼な執事とその従僕はさっと頭を下げて、ジェルヴェ殿下とやらを迎える。

 金に近い白髪のお洒落な鬘を被り、豪華で洒落た身なりの殿下(どういう立場の人かわからん)は私の前まで来ると手を取って恭しく手の甲に口づける。
 『えー…王女殿下、遠路はるばるようこそ。
 私は現王の王弟、ジェルヴェ・ドゥ・アンジュエです。
 陛下とフィリベール殿下の名代として、歓迎の御挨拶に罷り越しました』

 王弟?…にしては若いような気もするけど…
 お兄様より少し年上って感じかしら?
 末弟だったらそれもあり得るのか…?
 
 っていうか!
 私はまた腸が煮えくり返る。
 
 王太子妃に内定している私が到着したというのに、王様も婚約者も挨拶に来ないってことなのね?!
 謁見もすぐには許されないってことか。
 まあ、王様はともかくフィリベールは来なさいよ!
 自分の妃になる、王女がどんな感じなのか気にならないのかな。
 …身代わり王女には、興味もないってこと?

 この無駄に爽やかなイケメン洒落者王弟も気に入らないわ。
 私の名前も知らないで、よくこの部屋にのこのこ来れたわね!
 わざわざメンデエル語で話すとこも、自らの教養をひけらかして、田舎の王女にはルーマデュカ語が判らないとでも思ってる??

 私はジェルヴェ殿下の手を振り払い、昂然と頭を上げてできるだけ毅然とした態度で口を開く。
 「わざわざのお出まし、痛み入りますわ、ジェルヴェ殿下。
 ご名代、ご苦労様でございます。
 わたくしはリンスターと申しますわ。
 せっかくいらしてくださったのに恐縮ではございますが、わたくしも従者たちも、この強行軍の長旅で大変疲れておりまして。
 まずはこの旅の成功を身内の者で祝い、身体を休めたいと存じます」

 か・え・れ!
 ってことなんだけど、お判りいただけたかしら?
 
 ジェルヴェ殿下は呆気にとられたように、私を見ていたが、やがて振り払われた手を口元に持っていき、くっくと笑い出した。
 綺麗なブルーの瞳が私を捉える。

 「これは、大変失礼仕りました、リンスター王女殿下。
 歓迎の晩餐会は明日、そして明後日には結婚式を執り行います。
 ご承知おきを賜りたく存じます」
 爽やかに微笑んで言うと、優雅に一礼して「では、また。明日を楽しみにしておりますよ」と言って部屋を出て行った。
 
 
 
 
 
 
 
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