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第一章.小国メンデエル
11.国情の考察と決意
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食事を終えたクラウスは、ナプキンで口の周りを拭って、話を続ける。
「公爵は、最初こそ反対していたものの、実際に令嬢が愛妾の座に着くと態度を変えたらしい。
何しろ大国ルーマデュカの筆頭公爵家の令嬢だ。
国内にこれ以上の地位にある独身女性は居ない。
このまま王太子妃になって子供でも授かれば、父親である公爵だってこれまで以上に王家に対して権力を持つことができる」
あーなるほどねえ、大人の事情も絡んでくるわけねえ…
私はふんふんと頷きながら、次第に面白い物語を聞いているような気になってきた。
クラウスはそんな私をちらっと見て、また話しだす。
「しかし、王家としては公爵令嬢を王太子妃、ひいては王妃にするわけにはいかない。
ここメンデエル国の王女を娶ることは、もう何年も前から二国の間で決定していたことだからだ。
メンデエルは小国だが、貿易や交通の要衝にあり、歴史は古く、王は代々英邁だ。
世界の中では新興国のルーマデュカとしては、蔑ろにはできない相手だ」
「王太子と王女の婚約の内定を交わしておきながら、いきなりそれを覆したら戦争にだって発展しかねない。
理はメンデエルにある。
大国の存在を疎ましく思っていた諸国が、メンデエルに加担することは十分に考えられる」
私はだんだん大きくなる話に、空恐ろしく感じた。
国家間だけじゃなくて、周辺諸国も巻き込むような話かもしれないんだ…
「だから今回の大使団も大慌てで、第二王女とでも良いからとにかく王太子の婚姻をまとめに来たんだろう。
公爵はもしかしたら大使団の訪問を知らされていないかもしれないな。
でも、姫が心配することではないよ」
私の顔色を見て、クラウスは慌てて言い足す。
「姫は堂々としていればいいのだ。
何も恥ずべきことはない、ルーマデュカ王家を救済にきてやったのだと思っていれば」
胸を張って尊大な態度をしてみせるクラウスの姿が可笑しくて、私はくすっと笑みこぼした。
「そうね、そうよね…
王太子がどんな人か全然知らないけど、好きになれそうにはないわ。
ま、向こうも愛妾と楽しくお過ごしなんでしょうから、私もせっかくの異国、しかも大国での生活を楽しもう」
お父様も、宰相も、私が全くの無教養で無知な王女だと思っているっぽいし。
ルーマデュカの王様や王太子もそう思ってくれてた方が気が楽だわ。
「そうそう、その意気だ」
クラウスも少し笑って私の前に立ち、「お幸せに、姫」と私の手を取って甲に恭しく口づけた。
「遠くこのメンデエルから、姫のお幸せを祈っておりますよ」
「えっ?」
私はクラウスの言っている意味が解らず、訊き返す。
「私のような者でも、手習い所を開くことができるだろうかと考えているのだが…
二コラのような子供たちに、文字や計算を教えて暮らしていくことができたらと」
「は?なに?何を言っているの?」
私は思案しているような顔のクラウスに重ねて問う。
「だから、姫が輿入れしたら私はここから追い出されるから、どうにかして生計の道を模索しなければと…」
「何言ってるの!
クラウスも一緒に行くに決まってるでしょ?!」
思わず大きな声で言ってしまって、慌てて手で口を覆う。
衛兵が何事かと入ってきちゃうわ。
「いや、こんな風体の者を連れていくことは王様がお許しにならないだろうし、ルーマデュカでも姫がどう思われるか」
焦ったように言うクラウスの口を、指で押さえる。
「あなたがいなくちゃ、私はルーマデュカでどうやって情報を集めるの?
私たち幼いころからずっと一緒だったじゃないの。
お父様になんて何もおっしゃらせないわ。
もちろん、ルーマデュカの人たちにも」
クラウスは瞳に涙をためて「姫…」と言ったきり、うつむいた。
「できれば二コラも連れて行こうと思ってるのよ。
親御さんが許してくれればだけど。
あの子は敏くて賢いし、私同様クラウスの友人でしょ?」
クラウスはうなずいて、ぐいっと手の甲で涙を拭った。
騎士のようなお辞儀をする。
「地獄へでもどこまでもお供します、我が姫」
「公爵は、最初こそ反対していたものの、実際に令嬢が愛妾の座に着くと態度を変えたらしい。
何しろ大国ルーマデュカの筆頭公爵家の令嬢だ。
国内にこれ以上の地位にある独身女性は居ない。
このまま王太子妃になって子供でも授かれば、父親である公爵だってこれまで以上に王家に対して権力を持つことができる」
あーなるほどねえ、大人の事情も絡んでくるわけねえ…
私はふんふんと頷きながら、次第に面白い物語を聞いているような気になってきた。
クラウスはそんな私をちらっと見て、また話しだす。
「しかし、王家としては公爵令嬢を王太子妃、ひいては王妃にするわけにはいかない。
ここメンデエル国の王女を娶ることは、もう何年も前から二国の間で決定していたことだからだ。
メンデエルは小国だが、貿易や交通の要衝にあり、歴史は古く、王は代々英邁だ。
世界の中では新興国のルーマデュカとしては、蔑ろにはできない相手だ」
「王太子と王女の婚約の内定を交わしておきながら、いきなりそれを覆したら戦争にだって発展しかねない。
理はメンデエルにある。
大国の存在を疎ましく思っていた諸国が、メンデエルに加担することは十分に考えられる」
私はだんだん大きくなる話に、空恐ろしく感じた。
国家間だけじゃなくて、周辺諸国も巻き込むような話かもしれないんだ…
「だから今回の大使団も大慌てで、第二王女とでも良いからとにかく王太子の婚姻をまとめに来たんだろう。
公爵はもしかしたら大使団の訪問を知らされていないかもしれないな。
でも、姫が心配することではないよ」
私の顔色を見て、クラウスは慌てて言い足す。
「姫は堂々としていればいいのだ。
何も恥ずべきことはない、ルーマデュカ王家を救済にきてやったのだと思っていれば」
胸を張って尊大な態度をしてみせるクラウスの姿が可笑しくて、私はくすっと笑みこぼした。
「そうね、そうよね…
王太子がどんな人か全然知らないけど、好きになれそうにはないわ。
ま、向こうも愛妾と楽しくお過ごしなんでしょうから、私もせっかくの異国、しかも大国での生活を楽しもう」
お父様も、宰相も、私が全くの無教養で無知な王女だと思っているっぽいし。
ルーマデュカの王様や王太子もそう思ってくれてた方が気が楽だわ。
「そうそう、その意気だ」
クラウスも少し笑って私の前に立ち、「お幸せに、姫」と私の手を取って甲に恭しく口づけた。
「遠くこのメンデエルから、姫のお幸せを祈っておりますよ」
「えっ?」
私はクラウスの言っている意味が解らず、訊き返す。
「私のような者でも、手習い所を開くことができるだろうかと考えているのだが…
二コラのような子供たちに、文字や計算を教えて暮らしていくことができたらと」
「は?なに?何を言っているの?」
私は思案しているような顔のクラウスに重ねて問う。
「だから、姫が輿入れしたら私はここから追い出されるから、どうにかして生計の道を模索しなければと…」
「何言ってるの!
クラウスも一緒に行くに決まってるでしょ?!」
思わず大きな声で言ってしまって、慌てて手で口を覆う。
衛兵が何事かと入ってきちゃうわ。
「いや、こんな風体の者を連れていくことは王様がお許しにならないだろうし、ルーマデュカでも姫がどう思われるか」
焦ったように言うクラウスの口を、指で押さえる。
「あなたがいなくちゃ、私はルーマデュカでどうやって情報を集めるの?
私たち幼いころからずっと一緒だったじゃないの。
お父様になんて何もおっしゃらせないわ。
もちろん、ルーマデュカの人たちにも」
クラウスは瞳に涙をためて「姫…」と言ったきり、うつむいた。
「できれば二コラも連れて行こうと思ってるのよ。
親御さんが許してくれればだけど。
あの子は敏くて賢いし、私同様クラウスの友人でしょ?」
クラウスはうなずいて、ぐいっと手の甲で涙を拭った。
騎士のようなお辞儀をする。
「地獄へでもどこまでもお供します、我が姫」
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