身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

文字の大きさ
上 下
155 / 172
第八章 領主館

15.第二の試験

しおりを挟む
 ヘイデンスタムの言葉に、私を含むダリスカーナ側がほっと胸を撫でおろしたとき、セレスティナ王女の金切り声が広間に響き渡った。

 『お待ちなさい!
 こんな…こんなのおかしいわ、不公平よ!
 わたくしは以前にこの絵をそんなにじっくり見たことなんかない!
 その女に有利なようにはかったんじゃなくて?!』
 
 ヘイデンスタムはさも心外だというように両眉をあげ、王女の方へ向き直る。
 『セレスティナ王女様のお気持ちは判りますが…
 わたくしが不正を働いたかのようなそのお言葉には、大いに賛同いたしかねますね』

 『じゃあ、もうひとつ何か!
 王侯貴族の女性の教養はそんなことだけじゃなくてよ!』
 セレスティナ王女の言葉に、レセンデス王が『可愛いセレスティナ、少し落ち着きなさい』と割って入った。

 『そなたの言いたいことは判るが、今は待ってくれ。
 この、我が国の国境警備に重要な城が、盗賊の巣のような物であったと判明したのじゃ。
 しかも城の主は殺されてしまって居る。
 すぐに会議を持って、対応策を協議しなければならぬのだよ。
 ダリスカーナの方々にはしばしの間をいただき、首都から重臣を呼び寄せて…』

 『そんなの嫌よ!
 お父様、わたくしがこんな屈辱を受けているのに、平気でいらっしゃるの?!
 こんな…卑しい女に…このわたくしが…
 不名誉をそそぐまではわたくしはここから動かないわ!』
 
 ははあ…それが本音ね。
 まあ無理もないわねえ…
 私は肩を竦めたい衝動を抑えて立ち尽くす。

 レセンデス王は苦り切ったように髭をひっぱり、ヘイデンスタムを見遣った。
 『ヘイデンスタム殿、…可及的速やかに済ませてくれぬか』
 『…承知いたしました。
 大公妃様も宜しいでしょうか』

 やれやれといった風情のヘイデンスタムに、私は内心の笑いをこらえながら「よろしゅうございますわ」と答えた。
 ヘイデンスタムは『ふむ…どうしましょうか』としばらく思案する様子だったが、弟子のひとり(たぶんシプリアノ)に袖を引かれて、彼の方へ屈みこんだ。

 しばらく無言で弟子の言葉を聞いていたが、『なるほどそうですね』と小さく呟いて顔を上げた。
 『逐電した執事殿の話によると、楽器などを準備するのは難しいそうなので、演奏などはできなさそうです。
 そしてダンスは…わたくしがそちらの教養には明るくないので、審議がちと難しそうです。
 ですので、わたくしの得意とする詩歌の暗唱などはいかがでしょうか』
 
 『判ったわ、早くして頂戴』
 セレスティナ王女は気短に言い放ち『詩歌は何でもいいの?』とヘイデンスタムに訊く。
 『宜しゅうございますよ、弟子たちもその方面には詳しいので』
 ヘイデンスタムはにこりと笑ってうなずく。

 セレスティナ王女は一歩、前に出ると『ではわたくしからね』と私をその大きな瞳で牽制し『我がラ・カドリナ国の誇る詩人ナバルレテの詩【兵に告ぐ】を暗唱するわ』と言って豊かな胸の前で腕を組んだ。

 私も本で読んだことのある、兵士を鼓舞する硬質な感じの難しい詩を、一言一句違えずに可愛らしい声で暗唱していく。
 声の愛らしさと厳つい詩の内容に、面白いギャップを感じながら、私は聞き入っていた。
 ヘイデンスタムや皆も、感心したようにセレスティナ王女の姿に見惚れている。

 結構長い詩をすべて暗唱し終えて、王女は美しい所作でお辞儀した。
 ばら色に上気した頬に瞳を輝かせた王女は愛くるしく微笑み、私たちは全員惜しみない拍手を送った。

 『いや、とても素晴らしかった。
 皆聞きほれてしまいましたよ。
 そして内容も完璧です、さすがは王女様であらせられますね』
 ヘイデンスタムが絶賛すると、王女は得意げに笑みを浮かべた。

 『さて、それでは…』
 言いかけた時、不愛想な声が『もういいでしょう』と割り込んできた。
 『今の勝負はセレスティナの勝ちですよ。
 田舎のお嬢さんに、これ以上のものを披露できるとは思えないじゃないですか。
 武士の情けってやつですよ。
 それに、この城の新たな城主を決めて、ダリスカーナ国と領土の分配を協議しなくては』

 「何を勝手なことを」
 アレク様の怒りのこもった声が響く。
 大きな声は出していないのに、皆が思わず身を竦めるような怒気を含んだ声でアレク様は言う。
 「元はと言えば、そちらが変なことを言い出したからだろう。
 俺はクレメンティナ以外の女と一緒になる気は金輪際ないと、あれほど言っているのに」

 『まあまあまあ。
 大公妃様、ご披露ください。
 わたくしは、物事は公平に進めたいのですよ』
 アレク様のあのおっかない雰囲気をものともせず、ヘイデンスタムがとりなすように言って私の方を向いた。

 私はうなずいて一歩前に出る。
 『わたくしは、ヘイデンスタム様の【麗しのライデンジーナ】を暗唱いたしますわ』

 にこっと笑って見せると、ヘイデンスタムはハシバミ色の瞳をぱちぱちっと瞬き、面白そうに微笑んだ。
 『楽しみです』
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

処理中です...