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第八章 領主館

14.執事の正体

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 私は絵から離れて、今度は花瓶の方へ歩み寄る。
 ラディーチェの作品は、サン=バルロッテ館にもあった。
 透き通るような美しい磁器の壺や水盤を飽かずに眺めた。
 磁器に関する書籍もサン=バルロッテ館の図書室に多数あり、夜が更けるまで読んだものだった。

 うーん…多分これは…

 『早くして頂戴。
 もう、先ほどから散々待たされてわたくし気が狂いそうよ』
 両腕を組んだセレスティナ王女がイライラしたように言う。
 ダリスカーナ側のテーブルにいるアレク様とエルヴィーノ様は血相を変えているのが見える。

 私は『大変申し訳ありません、お答えいたしますわ』とセレスティナ王女に言い、最初の位置に戻った。
 ヘイデンスタムの方を向き、両手を握りしめて口を開く。

 『皆様もお待たせして申し訳ありません。
 ヘイデンスタム様、お答え申し上げます』
 『どうぞ、大公妃様』
 ヘイデンスタムは慇懃に礼をする。
 顔を上げて私を見た時の、ハシバミ色の瞳に浮かぶ強い光に、私は確信を得て話し出した。

 『まず、こちらの磁器の花瓶から。
 セレスティナ王女様の仰ったように、ルフィーノ・ラディーチェの作品であるとわたくしも思います。
 ただこれは、ラディーチェのごく初期の作品、まだ彼がダリスカーナで活動を行っていたころのカポディモンテで作成したものであると考えます。
 釉薬の藍色が、カポディモンテ特有の濃い色合いで、初期作品に共通の特徴です。
 作品名は恐らく…【アルビーナの瞳】』

 ヘイデンスタムが頷くのを確認して、私は一呼吸おいて言葉を続けた。
 『そして、こちらの絵…
 わたくしもセレスティナ王女様と同じように最初、ディオニシオ・タラルゴの作品であると思いました。
 ですが…』

 思わず言いよどむ私の励ますように、ヘイデンスタムは『大公妃様、お続けください』と促す。
 『この絵は、贋作ではないでしょうか。
 実は、この絵の元になった絵は、昔、シエーラの領主館、つまりわたくしの実家の子爵家が住んでいたころの城にあったものです。
 わたくしが幼いころに、ペデルツィーニが隣国の画商に二束三文で売ってしまったと母から聞きました』

 『わたくしは幼いころに、この絵を何度も領主館で見ています。
 それとこの絵は微妙に違うのです。
 幼い子供でも強烈に目に焼き付けられた美しい夕景の、残光の具合と言いますか…
 額縁が変えられているのでうろ覚えですが、サインの位置もここではなかったような』

 『そんなはずはない!』 
 大きな声で割って入ったのは、レセンデス王だった。
 『画商から献上された絵を、先の戦で功績のあったバルベルデに恩賞として下げ渡したのだ。
 これは家宝にすると、あやつはひどく喜んでおった』

 ヘイデンスタムは大きくうなずいた。
 『先ほど執事殿もそう、自慢げに仰っておられました。
 しかし私も以前に一度、ラ・カドリナ国に立ち寄った際、この絵を画商のところで見たことがありました。
 その時に受けた衝撃たるや、忘れることはできません。
 まさに傑作中の傑作と言える作品です。
 だが、この絵にはあの衝撃がない。
 大公妃様が仰った通り、サインの位置だけでなく、そもそもサインが違います』

 『どっ…どういうことだ!
 バルベルデを呼べ!釈明させろ!』
 レセンデス王が立ち上がり、大声で喚く。
 憤怒で顔を赤くし、凄まじい形相の王を見て、私もセレスティナ王女も思わず一歩後じさる。

 『陛下、バルベルデ子爵は亡くなりました。
 ダリスカーナの領主に殺されたのですよ』
 ラ・カドリナ国の大将の落ち着き払った野太い声に、レセンデス王ははっと我に返り『そうであった』と呟いた。
 
 『では執事は!
 執事を連れて来い!』
 王の怒鳴り声に、ロレンシオ王子が身を竦めながら扉の外へ声をかける。
 扉の外には誰かいたようで、短く言葉を交わすと、ロレンシオ王子は困惑したように戻ってきた。

 『執事が先ほどから見当たらないと、城の使用人が申しております。
 慌てふためいたように外へ駆けだして行ったのを見た下僕がいるそうで…』
 『何だと!
 探せ!すぐにだ!』
 ロレンシオ王子の言葉に激昂したレセンデス王はまた顔を真っ赤にして怒鳴る。

 『ははあ…やっぱり』
 ヘイデンスタムは顎髭を撫でながら呟いた。
 皆の視線が集中しているのに気づくと、咳払いして姿勢を正す。

 『何度も申して失礼とは承知しておりますが…
 こんな辺境の鄙びた城に、これほど数多くの一流の芸術品が無造作に置かれているのは、どうもおかしいと思っていたのです。
 執事殿も最初は意気揚々と、得々と話していらっしゃったが、私が【ソロサバル港の夕景】を見た途端に顔色を変えたのを見て、贋作だと判ったのに気づいたのだろう、そこからは私の質問にも答えずにいつの間にかいなくなっていた』

 そう言って真剣な表情でレセンデス王をまっすぐに見据える。
 『バルベルデとやらいう領主は、恐らく故買品(盗品)を捌いていたのでしょう。
 あまり腕の良くない画家や彫刻家を雇って、贋作を作らせてそれを売ってもいたようですね。
 多分、執事もグルだ』
 
 『なん…だと…
 バルベルデのやつ…』
 怒りのあまり、わなわなと唇を震わせるレセンデス王を眺めながら、アレク様が呆れたように呟いた。
 「とことん金に汚い男だな。
 生きてたらそのうちこの城ごと売り飛ばすんじゃないか」

 ヘイデンスタムはアレク様の言葉にふっと笑いを漏らし、私とセレスティナ王女の方を向いて優しく声をかける。
 『大公妃様の仰る通り、この絵画は本物ではありませんでした。
 そして花瓶の方も、大公妃様が見事に言い当てられました。
 この花瓶は王女様も仰られたようにラディーチェの作品です。
 が、作品名は【ブルーオニオン】ではなく【アルビーナの瞳】であります。
 ラディーチェがカポディモンテの窯で活動していたころの恋人の名前をつけたものなんですよ。
 この名品も盗品かもしれませんね』

 「クレメンティナの勝ちだ!」
 アレク様が大きな声で叫ぶ。
 ヘイデンスタムは『さようでございますね、おめでとうございます大公妃様』と言って、騎士のように優雅にお辞儀した。
 
 
 
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