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第八章 領主館

12.吟遊詩人

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 ロレンシオ王子が素早く扉の外へ声をかけ、やがて『失礼いたします』と声が聞こえて人が入ってきた。
 長身痩躯で髪が長く顎髭を生やした壮年の男性は、私たちのテーブルを見渡して少し躊躇し、背後の人から耳打ちされて頷き、レセンデス王の方へ向かってお辞儀した。

 『恐れ多くも畏きレセンデス王。
 お目通りをお許しいただき、誠に有難う存じます。
 此度の戦にては見事な勝利を収められた由、おめでとうございます。
 名もなき吟遊詩人にございますが、このような折にたまたまこの辺りを通りかかりましたご縁を頂戴し、一曲吟じさせていただきたく、罷り越しました』

 低く響く穏やかで美しい声で述べると、楽器を構えようとする。
 しかし私たちダリスカーナ大公国側のメンバーは、ヘイデンスタムの後ろに従っている二人の人物に視線が釘付けになっていた。

 「あれは…」
 思わずといったようにエルヴィーノ様が呟いてはっと手で口元を覆う。
 
 ローブのような長衣を着て、顔を隠すようにフードを被ったその人たちは。
 シプリアノとオズヴァルド様!
 な、なんでこんなところにそんな恰好で、しかも吟遊詩人と一緒に現れたの??

 『ああ、ありがとう。
 あなたはかの有名な吟遊詩人のヘイデンスタム公でいらっしゃるとか。
 わざわざこのような山城に、お寄りくださってこちらとしても光栄ではあるが…
 田舎ゆえ行き届かないことも多いだろうが、ゆるりとご滞在ください』

 レセンデス王は鷹揚に笑って答える。
 嬉しさを隠そうとしているのだろうが、青白い頬には赤みが差しぴくぴくと震え、正直(リーチェ風に言えば)ドヤってる気持ちがダダ洩れている。
 ふっとアレク様が失笑を漏らし、レセンデス王は少し慌てたように咳払いした。

 『しかし、そなたの素晴らしい詩を聴く前に、ちと頼みごとをしたい』
 レセンデス王の言葉に、ヘイデンスタムは訝しげに王の顔を見た。
 『何でしょうか。
 わたくしごとき者にできることは非常に限られておりますが…』

 『いや大したことではないのだ。
 我が国の王女とダリスカーナ大公国の愛妾が教養で競うことになっての。
 公平な第三者のジャッジを、ということで…
 様々な国を渡り歩いて、知識も教養も豊かであられるだろう貴公の力をお借りしたいと』
 「レセンデス王!」

 アレク様が大きな声を出し、その場の皆はその声に含まれた恐ろしいほどの怒気に竦みあがる。
 「だれが…愛妾だと?」
 『あ、いや、間違えた朕としたことが…
 ダリスカーナ大公国の大公妃殿であった』
 レセンデス王が不自然な感じで言い直し、アレク様の殺気立ったオーラがふうっと消えて、場はホッとしたように弛緩した。

 『両国のご婦人方が教養で競う…?
 余興か何かですか?』
 不思議そうに問うヘイデンスタムに、ロレンシオ王子が偉そうに答えた。

 『戦勝国の我が国としては、ダリスカーナ大公国との今後の良好な関係継続も踏まえて、我が妹セレスティナ王女をアレッサンドロ大公陛下のお妃にと望んでおるのです。
 ちょうどアレッサンドロ大公陛下は大公妃と離婚なさったばかりだ。
 しかし大公陛下は、その、そこに居られる女性を愛していると仰って…』
 
 言葉を続けようとしたロレンシオ王子の演説を遮るように、ヘイデンスタムは両手を広げ大きく合点した。
 『ああ!ダリスカーナの宮廷における王妃交代劇!!
 聞き及んでおりますよ!
 実は何を隠そう、わたくしめはそのドラマを叙事詩にしたいと思い、ラ・カドリナを通り抜けてダリスカーナの首都ピストリアを目指して旅をしているところだったのです』

 こんなところでお会いできるとは!
 と感激した様子で私を見る。
 鼻白むレセンデス王の方へ一歩ずいっと近づき、ヘイデンスタムはハシバミ色の瞳を輝かせた。
 
 『王子様のお話から察するに…
 セレスティナ王女様と大公妃様のどちらが真にダリスカーナの大公妃に相応しいかを教養で競われる、そのジャッジをわたくしめにやれと?』
 『…まあ、そういうことだ』

 噂に聞く、吟遊詩人ヘイデンスタム像とはなんだかかけ離れている言動に、ちょっと引きながらレセンデス王は頷いた。
 ダリスカーナに行くために、ラ・カドリナは単に通り抜けてただけです的なこと言われちゃあ、そりゃ引くわよね…
 私は少し同情した。

 ヘイデンスタムは一度大きく息をつき、落ち着きを取り戻して私たちを見回した。
 『承りました。
 わたくし如きが、このような席で審査員を賜るなど身に過ぎた栄誉でございますが、ここを今、通りがかったのも何かの縁でございましょう、この二人の弟子と共に、勝負を見届けさせていただきます』

 そう言って胸の前に片手を広げてお辞儀した。
 背後に呆然と佇んでいたオズヴァルド様とシプリアノも慌ててお辞儀する。

 「…あの二人がいれば大丈夫だよ、落ち着いてクレメンティナ」
 エルヴィーノ様が私に顔を寄せて囁く。
 
 私は両手に胸をあてて、祈らずにはいられなかった。
 神様どうか…
 私をお助けください。

 
 
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