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第八章 領主館

11. 闖入者

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 ロレンシオ王子は父王に褒められて嬉しかったのか、やたらニヤニヤしながら『さて、それではどういう選考方法にしましょうか?』と言い出した。

 「ちょっと待ってください!
 我々はそんなこと承諾していない!」
 エルヴィーノ様が思わずといったように声を上げ、エセルバート様に制される。

 『大将殿…
 残念ながらあなたに抗議する権利はないのだよ。
 この場を支配できるのは我が国だ。
 こんなことを言いたくはないが…大将殿がきちんとあの叛乱を収めていてくれたなら、そもそもこの席は必要なかったのだ』

 さも遺憾だというように首を振るレセンデス王に、エルヴィーノ様はぐっと唇を噛み、押し黙る。
 エセルバート様は慰めるようにエルヴィーノ様の背をぽんと叩いた。

 「クレメンティナ…」
 アレク様が私を見る。
 その瞳に強い光が宿っているのを察して、私ははっとした。

 アレク様は、私を信じてくださってる。
 この断ることができない状況で、私が他国の王女様と教養で競って負けることはないと。
 
 だけど、でも…
 私は恐れ躊躇って、頷き返すことはできなかった。

 大国の王女様の教養に、私ごとき田舎の貧乏貴族の娘が太刀打ちできるとはとても思えない。
 首都ピストリアで仕入れた知識など、にわか仕込みもいいところだ。
 負けると判っている試合をするのは、理不尽で不本意に過ぎる。

 そう思いながらも、自分に逃げ道はないとも理解していた。
 私がここで踏ん張らないと、アレク様はセレスティナ王女様と結婚しなくてはならず、エルヴィーノ様やエセルバート様の軍人としての評価も貶められてしまう。
 
 田舎の貧乏貴族の娘である私ごときの寡なく貧しい知識と教養を最大限に活かし、たとえ蟷螂の斧しか持たなくとも私は隆車に立ち向かわなければならない。

 アレク様を失いたくない。
 アレク様のお傍に、生涯いると決めたのだから。
 私は、誰でもない私のために、この難局を乗り切ってみせる。

 「…畏まりました」
 私は、アレク様に頷き返す。
 アレク様は「大丈夫、そなたは誰よりも強い、俺の自慢の妃だ」と微笑んで手を伸ばし私の頬を撫でた。

 『しかし、審判はどうするのですかな』
 こんな状況なのにテーブルの上の料理をすべて平らげて満足そうなエセルバート様が、レセンデス王やロレンシオ王子を眺めながらのんびりと言う。

 『それならご心配は無用じゃ。
 この城にいる誰かに頼めばよい』
 『ジャッジには第三者を入れなければフェアじゃない。
 この城の者は、皆ラ・カドリナ国の王女に票を入れるでしょう』
 のんびりと応じたレセンデス王に、エセルバート様は鋭く突っ込む。
 レセンデス王はムッとしたように顔を顰め、口を閉じた。

 『しかし、ここらの在郷の者どもというわけにもいかないでしょう。
 教養など皆無だし、戦の後始末に追われています。
 シエーラに救援物資を届ける準備をしておるのですよ』
 ロレンシオ王子が上目線に言い、アレク様とエルヴィーノ様は唇を引き結んで会釈した。

 『では、どうしたら良いというのだ?
 ここにいる第三者と言ったらアシュバートン卿だけだが…
 卿に公平な審査ができるのか、疑問が残りますな』
 髭をひっぱりながら、レセンデス王は少しイラついたように言う。

 現実問題、ここに今すぐ第三者的な人を連れてくるというのは無理だよね…
 でも、ここの城にいる人たちのジャッジでは、セレスティナ王女を勝たせてしまうのは目に見えている。

 私たちは黙り込み、それぞれに思案を巡らせる。
 時間の問題で、問答無用にレセンデス王が決めてしまうだろう。
 私たちの側に焦りの気持ちが募ってきた。

 その時、『失礼いたします!陛下並びに殿下に申し上げます!』と扉の外で大きな声がした。
 執事が慌てたように扉に行き、細く開けて何か話している。
 声の調子から察するに叱責しているようだ。
 すぐ扉を閉めようとする執事に、外の遣いの者は食い下がっているようでなかなか話は終わらない。

 セレスティナ王女がしびれを切らしたようにロレンシオ王子に声をかけた。
 『お兄様、見てきてくださらない?
 もうこれ以上、わたくし待たされるのは嫌なのよ』

 ロレンシオ王子は召使のように命令されたことに怒り半分苦笑半分と言った様子で、しかしそれでも立ち上がった。
 『なんだ、どうしたんだ』 
 言いながら執事と共に扉の向こうへ消える。

 セレスティナ王女はさも退屈だと言うようにため息をついて、葡萄をひとつつまんで口に入れた。
 『お父様もお兄様もお優しすぎるわ。
 こんな勝負にもならないことにわざわざ時間を割くなんて…バカバカしいとしか言いようがないわ。
 わたくしと教養で競うとか、この娘が可哀想じゃないの。
 やり方が冗長に過ぎるわ』

 そ、それは、その通りだけど…
 でもだからと言って、はいそうですかと私が身を引くことはできない。
 私は唇を噛んで、ぎゅっと両の拳を握りしめる。

 『父上』
 ロレンシオ王子が戻ってきて父王に耳打ちする。
 訝しげに聞いていたレセンデス王の表情が変わる。

 『なに…あの有名な…ヘイデンスタム殿が?ここへ?』
 呟いた言葉に、思わず私たちも互いに顔を見合わせる。

 クリストフ・ヘイデンスタム。
 世界中を旅して回り、各国の王様たちとも親交の深い吟遊詩人トルバドゥール
 なぜ、ここへ?

 ごほん、と咳をしてレセンデス王が私たちを見た。
 心なしか頬に赤みが差し、瞳が輝いているようにみえる。
 『大公殿やアシュバートン卿もご存知と思うが、かの有名な吟遊詩人が、たまたま我が国を訪れていたらしく…この城に朕がいると知って、ぜひ目通り願いたいと、そう仰っているそうなのじゃ』

 得意げに胸を反らすレセンデス王に、エセルバート様がすかさず話しかける。
 『それはこちらとしても好都合ですな。
 王女様と大公妃様のジャッジは、かの有名なヘイデンスタム殿にお願いしてはいかがですか』

 
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