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第八章 領主館

10.縁談

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 「なっ…何を…」
 アレク様とエルヴィーノ様は怒りを含んだ声で同時に言葉を発する。
 声を失う私の耳に、エセルバート様が大きく息を吐きだす音が聞こえた。

 レセンデス王は私の方をちらりと見て、冷たい声で言葉を続けた。
 『朕は衷心から言っておるのですぞ。
 此度こたびの内紛…と貴殿は先ほど仰ったが…
 要するに地方の豪族のようないち貴族が、隣国の領主と自国の中央の大貴族と結託して謀反を起こしたということでしょう。
 大した兵も持っていない反乱軍に、ずいぶん手を焼かれたそうで…
 我が国が、朕が、関わらなくともすぐに鎮圧されるだろうと思って居った。
 我が国が手出しすれば、ただの内乱では収まらなくなると言う政治的配慮もあったが』

 エルヴィーノ様がぐっと拳を握り、ラ・カドリナ国の言葉で話す。
 『それは…私のせいです。
 この戦を収めるべきは大将たる私の務めでした。
 自分の無力さを痛感し、猛省しております。
 レセンデス王陛下のご援助には感謝申し上げます』

 『大将殿を責めておるのではない。
 大将の任免権を持つのは大公じゃ。
 大公殿の優しさ先見の甘さといった、国を治めていくにはマイナスともいえる要因を、我が国と縁戚になることで補ってあげようと言う朕の思いやりであるのだよ』

 「!」
 アレク様の表情が変わった。
 
 『朕はアレッサンドロ大公を幼いころから知っておる。
 我が国と同じく、ダリスカーナ大公国が末永く繁栄することを心から願っておるのですよ。
 共栄を望む朕の気持ちを、どうかお汲み取りいただきたい』
 
 レセンデス王はそういうと満足げに笑い、大きく切った牛肉の塊を口に入れた。
 咀嚼しながら、すっかり食欲が失せてフォークを置いた私を横目で見遣る。
 
 アレク様はうつむいて両手を握りしめ、食いしばった歯の間から絞り出すように言葉を紡いだ。
 「…ご親切、痛み入ります、レセンデス王。
 仰る通り、余は甘いのかもしれない。
 ダリスカーナという大国を治めていくには足りない資質が多いかもしれない。
 レセンデス王のご助言を仰ぐ必要もあるかもしれない」

 そう言って顔を上げて私を見つめ、苦しげに言葉を続ける。
 「しかし、余には、やっと手に入れた愛する妻がいます。
 この人を幸せにするためならば俺は何でもする。
 妻が笑顔でいられる場所を守るためなら、どんな苦労も厭わない。
 だから…セレスティナ王女との結婚はとても承服できません」

 アレク様の深い愛情を感じ、私は苦しくなってしまって俯いた。
 私をそこまで想ってくださるのは、本当に嬉しい。
 だけど…レセンデス王の仰ることも、判る気がする。
 アレク様は「暴君」と言われているけど、本当はとても優しくて思慮深い方だ。
 決して巷間の噂のような、暗愚で蒙昧で暴力的な君主ではない。
 前回の内乱も今回の内乱も、叛徒はんとに非情になりきれなくて結果的に被害が大きくなったと思う。
 
 レセンデス王はアレク様の言葉を聞いて鼻で嗤う。
 『はっ、貴公のような大国の大公ともあろう人間が、『愛する妻』などと…
 我ら王族には、自由恋愛などというものは存在しない。
 結婚はすべからく国同士の政略に基づくもので、そこに個人の感情など入る余地は皆無じゃ。
 …そんな自明の理を、ダリスカーナ大公に説教せねばならぬとは』

 情けない、とこれ見よがしにため息をついてみせるレセンデス王に、アレク様は呟く。
 「そんなことは判っています。
 俺だってそう思っていた。
 だが、政略結婚したはずのダイアナの意志の強さや自由な恋愛観に触れ、ショックを受けていろいろと考えることが多くあった。
 そして俺は…クレメンティナに出会ってしまった」

 その時、私の向かいに座って旺盛な食欲で目の前の料理を平らげていたロレンシオ第二王子が口を開いた。
 『さっきから聞いていれば…私の目の前にいらっしゃる方は本当にあのアレッサンドロ大公なのか?と疑いたくなりますね。
 恋だの愛だの、実にくだらない。
 恋愛というのはこうも人の目を眩ませてしまうものなのか…それとも、そこの…失礼だがぱっとしない田舎娘が実はとんでもない毒婦なのか?
 興味が湧いてきましたよ』

 ナプキンで口を拭いて嫌な感じで嗤う。
 『妹のセレスティナは、皆に可愛がられ甘やかされて育ったので、まあ我儘な面はありますが、王女としてどこに出しても恥ずかしくない教養や礼儀作法は身につけています。
 もちろん、ダリスカーナ大公の隣に並んでまったく見劣りしないと思っておりますよ。
 しかし、アレッサンドロ大公陛下がそこまでその女性に肩入れされ、我が国の王女を娶りたくないと仰るなら。
 どうでしょう、妹とその女性の、どちらがダリスカーナ大公国の大公妃に相応しいか、比べてみるというのは?』

 「どういうことですか?
 余の隣にはクレメンティナしか必要ない、と再三申し上げているが、まだ判っていただけないのですか?」
 アレク様は気色ばむ。
 
 
 『でしたら何も問題はないでしょう。
 アレッサンドロ大公陛下はその女性が大公妃に相応しいと思っていらっしゃる。
 我々は、妹こそが大公妃になるべきだと考えます。
 双方にとって、最も平和的かつ平等な選考方法ではありませんか?
 父上、宜しいでしょう?』
 ロレンシオ王子は綺麗なヘーゼルグレーの瞳で私を見つめながら、父王に向かって問う。

 レセンデス王はうなずいて、満足げに笑った。
 『ロレンシオお前がこんな気の利いたことを言い出すとは…
 面白いじゃないか。
 アレッサンドロ大公、それで宜しいな?』 
 
 
 
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