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第八章 領主館
4.目が覚めて
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遠くで大きな人の声がして、私は目を開けた。
「クレメンティナ様!
大丈夫でございますか」
簡易寝台の傍にいたデメトリアが気づいて声をかけてくる。
私はぼんやりと天井を見上げ、天幕だ…と考える。
なんだっけ…どうして私、こんなところで寝ているの?
突然、目の前に、ペデルツィーニがバルベルデの喉に剣を突き刺し抜いて血飛沫がばあっと散った光景、そしてペデルツィーニが自らの胸に剣を突き立てた光景が甦り、喉元に何かがせりあがってくる。
私はそのものすごい勢いに押され、口を開いた。
自分のものとは思えない、耳をつんざくような悲鳴が口から飛び出すのと同時に私は跳ね起きる。
一度放たれた感情は止まることを知らず、私は自分でもどうにもならない惑乱にも似た感情に翻弄されて声を上げ続ける。
「クレメンティナ様!
どうなさいましたか、落ち着いてくださいまし!」
デメトリアは慌てたように私に取りすがるが、私は身をよじって喉から声を絞り出す。
「クレメンティナ!」
天幕の入り口を引きちぎらんばかりにして入ってきたのは、エルヴィーノ様だった。
エルヴィーノ様はベッドに片膝をついて、ぎゅうっときつく抱きしめる。
「クレメンティナ、悪かった、ごめん本当にごめん。
あんな場面を見せてしまって…
俺たちの失敗だ」
エルヴィーノ様は甲冑を外しただけの鎖帷子だったが、暴れる私を抱きしめて髪を撫で優しく囁きながら鎖帷子を器用に脱いだ。
「もう大丈夫だ。
領主館に残っていた者は皆、投降した。
ヴァネッサも無事だよ。
安心して。
ほら、ゆっくり呼吸して、身体の力を抜いて」
優しく低く、繰り返し繰り返し呟くエルヴィーノ様の声に、私は次第に落ち着いてきて、ゆっくり大きく深呼吸する。
「そうそう…いい子だね。
クレメンティナは優しい子だ」
エルヴィーノ様は私の涙を指で拭い「デメトリア、温かい飲み物を」と私に微笑みかけたまま命じた。
デメトリアは「は、はいっ」と返事をし、天幕の隅にある茶器などが置いてあるワゴンへ向かった。
「ヴァネッサは…」
温かいお茶を渡されたが、手が震えてしまってうまく飲めない。
エルヴィーノ様が手を添えて支えてくれた。
ベッドの上でエルヴィーノ様に肩を抱かれ顔を覗き込まれながら、多少居心地悪い気分で飲む。
「…今はちょっと精神的に参っていて、目を離すと危ないんでバルトロを傍につけている」
エルヴィーノ様は暗い声で言い、私はまた涙がこぼれた。
無理もない…
「わたくしもヴァネッサの傍についていてあげたいです」
「ああ、できたらそうしてくれ」
そう言ってエルヴィーノ様は私の頭を引き寄せて自分の胸につけ、優しく髪を撫でた。
「あ、アレク様は?」
撫でてくれるエルヴィーノ様の手の心地よさに私は目を閉じていたが、唐突に気づいて顔を上げた。
「バルベルデの隣国での蜂起という事態を重く見たラ・カドリナ国の国王がシエーラに向かっているらしい。
アレクと会って、きちんと戦後処理したいと。
…都の兄上から連絡があった。
父上と宰相がラ・カドリナ国へ手紙と勅使を送り、国王を動かしたみたいだ」
「それであんなに国軍が…」
私の言葉に、エルヴィーノ様はうん、と頷く。
「結局のところ、ラ・カドリナ国の軍が討伐しに来たのを知って、バルベルデも白旗を上げたわけだから。
我が国としても誠実に対応しなきゃならないだろうな」
苦く言って、急に気づいたように顔を上げた。
「あっそうだ、いけね。
俺、アレクの天幕に行こうとしてたんだ」
エルヴィーノ様が寝台から降りようと動いた時、天幕の外で「隊長殿は何処だ!大公陛下がご立腹だ、早くお探し申し上げろ!」と大騒ぎしている声が聞こえた。
「やっべ」
エルヴィーノ様は呟いて、急いで寝台から降りた。
私は少し笑って「わたくしも後から参ります」と声をかけた。
「いや、でも...」
心配そうに振り返るエルヴィーノ様に「ありがとうございます、お陰様で少し楽になりました」と微笑むと、エルヴィーノ様は辛そうに頬を歪めた。
「そうか、それなら良かった」
私から顔を背けて言うと、エルヴィーノ様は「ここにいる!」と言いながら外へ出て行った。
「クレメンティナ様!
大丈夫でございますか」
簡易寝台の傍にいたデメトリアが気づいて声をかけてくる。
私はぼんやりと天井を見上げ、天幕だ…と考える。
なんだっけ…どうして私、こんなところで寝ているの?
突然、目の前に、ペデルツィーニがバルベルデの喉に剣を突き刺し抜いて血飛沫がばあっと散った光景、そしてペデルツィーニが自らの胸に剣を突き立てた光景が甦り、喉元に何かがせりあがってくる。
私はそのものすごい勢いに押され、口を開いた。
自分のものとは思えない、耳をつんざくような悲鳴が口から飛び出すのと同時に私は跳ね起きる。
一度放たれた感情は止まることを知らず、私は自分でもどうにもならない惑乱にも似た感情に翻弄されて声を上げ続ける。
「クレメンティナ様!
どうなさいましたか、落ち着いてくださいまし!」
デメトリアは慌てたように私に取りすがるが、私は身をよじって喉から声を絞り出す。
「クレメンティナ!」
天幕の入り口を引きちぎらんばかりにして入ってきたのは、エルヴィーノ様だった。
エルヴィーノ様はベッドに片膝をついて、ぎゅうっときつく抱きしめる。
「クレメンティナ、悪かった、ごめん本当にごめん。
あんな場面を見せてしまって…
俺たちの失敗だ」
エルヴィーノ様は甲冑を外しただけの鎖帷子だったが、暴れる私を抱きしめて髪を撫で優しく囁きながら鎖帷子を器用に脱いだ。
「もう大丈夫だ。
領主館に残っていた者は皆、投降した。
ヴァネッサも無事だよ。
安心して。
ほら、ゆっくり呼吸して、身体の力を抜いて」
優しく低く、繰り返し繰り返し呟くエルヴィーノ様の声に、私は次第に落ち着いてきて、ゆっくり大きく深呼吸する。
「そうそう…いい子だね。
クレメンティナは優しい子だ」
エルヴィーノ様は私の涙を指で拭い「デメトリア、温かい飲み物を」と私に微笑みかけたまま命じた。
デメトリアは「は、はいっ」と返事をし、天幕の隅にある茶器などが置いてあるワゴンへ向かった。
「ヴァネッサは…」
温かいお茶を渡されたが、手が震えてしまってうまく飲めない。
エルヴィーノ様が手を添えて支えてくれた。
ベッドの上でエルヴィーノ様に肩を抱かれ顔を覗き込まれながら、多少居心地悪い気分で飲む。
「…今はちょっと精神的に参っていて、目を離すと危ないんでバルトロを傍につけている」
エルヴィーノ様は暗い声で言い、私はまた涙がこぼれた。
無理もない…
「わたくしもヴァネッサの傍についていてあげたいです」
「ああ、できたらそうしてくれ」
そう言ってエルヴィーノ様は私の頭を引き寄せて自分の胸につけ、優しく髪を撫でた。
「あ、アレク様は?」
撫でてくれるエルヴィーノ様の手の心地よさに私は目を閉じていたが、唐突に気づいて顔を上げた。
「バルベルデの隣国での蜂起という事態を重く見たラ・カドリナ国の国王がシエーラに向かっているらしい。
アレクと会って、きちんと戦後処理したいと。
…都の兄上から連絡があった。
父上と宰相がラ・カドリナ国へ手紙と勅使を送り、国王を動かしたみたいだ」
「それであんなに国軍が…」
私の言葉に、エルヴィーノ様はうん、と頷く。
「結局のところ、ラ・カドリナ国の軍が討伐しに来たのを知って、バルベルデも白旗を上げたわけだから。
我が国としても誠実に対応しなきゃならないだろうな」
苦く言って、急に気づいたように顔を上げた。
「あっそうだ、いけね。
俺、アレクの天幕に行こうとしてたんだ」
エルヴィーノ様が寝台から降りようと動いた時、天幕の外で「隊長殿は何処だ!大公陛下がご立腹だ、早くお探し申し上げろ!」と大騒ぎしている声が聞こえた。
「やっべ」
エルヴィーノ様は呟いて、急いで寝台から降りた。
私は少し笑って「わたくしも後から参ります」と声をかけた。
「いや、でも...」
心配そうに振り返るエルヴィーノ様に「ありがとうございます、お陰様で少し楽になりました」と微笑むと、エルヴィーノ様は辛そうに頬を歪めた。
「そうか、それなら良かった」
私から顔を背けて言うと、エルヴィーノ様は「ここにいる!」と言いながら外へ出て行った。
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