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第八章 領主館

1.領主館へ

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 私たちは思わず顔を見合わせ、各々の顔に自らと同じ懸念を見て取る。
 ヴァネッサに、恐らく何かあったのだ。

 「すぐ行く!
 もう少し詳細な情報、それから残っている兵たちをかき集めろ!」
 エルヴィーノ様が大きな声で天幕の外へ向かって声をかけ、私たちはそれを合図にしたように動き出す。
 外の声は「はっ!」と答え、天幕の外にいる兵たちも大きな声で召集をかけながら離れて行くのが聞こえた。
 
 アレク様も立ち上がり、にぃ兄様と私はアレク様の身体を気遣いながら鞣革のアンダーウェア、鎖帷子、そして甲冑を着せる。
 「アレク様、大丈夫ですか」
 「大丈夫だよ誰に向かって言ってんだ」
 傷の様子を気にして話しかける私に、アレク様はむっとしたように答える。

 「アレクは昔から無鉄砲でねえ。
 俺が医者になったのも、アレクが無茶して怪我ばっかりしてて、それを何故か俺とエルヴィーノが周りの大人に叱られる理不尽から逃げたかったからさ」
 オズヴァルド様が笑いながら言う。
 エルヴィーノ様も「そうだ、俺も。それで近衛に入ったんだ」と言って少し笑う。

 「なんだそれ、俺のせいにばかりするなよ。
 お前らだって結構やらかしてたじゃないか。
 俺が爺やから叱られることだっていっぱいあったんだぞ」
 子供のような口調でアレク様が言い返す。

 こんな時だけど、幼馴染同士の気の置けない会話に和む。
 レオ兄様やにぃ兄様も穏やかな表情をして、他愛無い言い合いに耳を傾けていた。

 アレク様の支度が終わると、アレク様は手招きし私たちは円になった。

 「行くぞ。
 ここで決着つける」
 アレク様は凛とした声を張り、兄様方やエルヴィーノ様オズヴァルド様は「はっ!」と声を揃えた。

 私も一緒に行く、という決意を込めてアレク様を見上げる。
 アレク様は斜めに私を見おろして、ふっと噴き出した。
 「…判ってるよ、一緒に来いクレメンティナ。
 ヴァネッサとやらを助けたいんだろう。
 俺の傍を離れるなよ」

 私は嬉しくて「はいっ」と返事してアレク様に寄り添う。
 アレク様は私の髪をくしゃっと撫でて「行くぞ!」と言い、開けられた天幕の入り口を出た。

 小高い丘の上にも黒い煙と様々なものが焼ける臭いが漂ってくる。
 ヴァネッサ!
 無事でいてお願い。
 私は祈りながら馬の鐙に足をかけて、にぃ兄様に支えてもらいながら馬に乗る。

 いつの間にかたくさんの騎士兵士が丘の上にも下にも集まっていた。
 鎧が破断している者や槍が折れている者など、装備に破綻をきたしている者も多かったが、皆表情は凛々しく気力が漲っているのが判る。

 エルヴィーノ様の号令の下、アレク様や私たちを先頭に(皆に反対されたが、譲らなかった)隊列は動き出す。
 私はすぐ後ろにいるにぃ兄様の横に並んで、ずっと気になっていたことを訊いてみた。

 「シエーラに着いてからずっと気になっていたの。
 わが国の兵が足りないとか減っているとか、先ほども残っている者をかき集めろとか…
 それにアレク様自らゲリラ戦に打って出るとか…
 そんなに味方に損害が出ているの?
 お館…ペデルツィーニの連合軍はそんなに強いの?」

 にぃ兄様はバイザーを上げ、私を見た。
 少し微笑んでいるように見える。
 
 「いや、味方の損害は、思ったより少なくて済んでいる。
 けど兵は足りない。
 何故かと言うとね、たかが南部地方の蜂起に中央の兵を全部連れてくるわけにはいかないから、他地方からの寄せ集めの兵の俄か軍が結成された経緯がある」

 私はバシネットを通して聞こえる、にぃ兄様のくぐもった声に懸命に耳を澄ます。
 「永らくこのダリスカーナ大公国は、内紛はちょこちょこあったものの、対外的にはまあ平和だった。
 大公殿下であられるアレク様の外交手腕の凄さにも起因するのだけど。
 だから中央と地方の軍事組織との連携がいまひとつで、それがこんなに苦戦を強いられてる理由の一つだな。
 こちらの命令を理解できずに兵を引き上げてしまう貴族がいた」

 「それから傭兵。
 ああいう人たちは元々、国に対する忠義心なんかは皆無だから。
 契約期間前に黙って離脱していく者や略奪に走るものもいて、給料を上げてもなかなかね」

 ふう、と息を吐いて、にぃ兄様は周りに素早く目を遣る。
 声を潜めて言葉を続ける。
 「愛妾候補をあれだけ大々的に募っておきながら結局、突然の大公殿下の恋愛でお妃交代劇という大事件になってしまった。
 しかも新大公妃は、このシエーラの蜂起の張本人の姪だ。
 それで兵を出せと言われても、納得できない、という貴族がいるのも…事実なんだ」

 私は身体が一瞬で冷えるような気がした。
 甲冑の内で細かく身体が震える。

 言われてみれば、にぃ兄様の言うとおりだ。
 ダリスカーナ大公国軍が苦戦を強いられているのは、私のせいでもあるんだ。

 私の手綱を持つ手が震えているのに気づいたにぃ兄様は、慌てたように手を伸ばして私の腕を優しく叩く。
 「だからと言って、クレメンティナが気に病むことではないよ。
 まずはこの戦を終わらせて、ヴァネッサ嬢ちゃんを救い出す。
 それから、アレク様とクレメンティナがこの国を賢く治めていくように努力なされば、今は良い感情を持っていない貴族たちもきっと理解してくれる。
 私たちもそれを全力でお支えするから」

 涙をこぼすまいと、私は懸命にうなずいた。
 そうだ。
 まず、今やらなければいけないこと。
 それを見失ってはいけない。
 
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