132 / 172
第七章 焦土
12.報告
しおりを挟む
天幕の中で、エセルバート様と一緒に交渉の報告をする。
「敵がどう出てくるかは判らないが…
そなたたちの話では、隣国の領主がずいぶん及び腰になっているようだから、もしかすると停戦になり続いて終戦にこぎつけられるかもしれないな」
エセルバート様がうなずくのを見て、アレク様は私に視線を移し「期待以上の成果だ。よくやった」と笑みを浮かべた。
「いえ、わたくしは何も。
エセルバート様やエルヴィーノ様、兄のお陰でございます。
それから、何故か突然現れた、ヴァネッサの存在も大きかったと存じますわ」
「ああ、急に丸腰で飛び込んできた嬢ちゃんか。
驚きましたよ、見張りの兵士に斬られそうになってもまったく怯んでいなかった。
この野営地から兵士の荷物に紛れ込んで領主館近くまで行ったようです」
エセルバート様が呆れたような感心したような様子で言い、私はぞっとして両手を握りしめた。
ヴァネッサ…そんな無茶をして。
無事だったから良かったけど…
ヴァネッサも本気でペデルツィーニとブリジッタ様を助けたいと思ったに違いない。
何としてもこの戦は終わらせなければ。
このままでは、誰にも良いことがない。
天幕の外でがやがやと人の声がし、にぃ兄様の少し畏まった声が聞こえた。
「陛下、只今戻りました。
昼食の時間でございますが、いかがなさいますか」
アレク様は机の上に広げた地図から顔を上げ、「そう言えば腹減ったな」と呟いた。
「宜しい、入れ」
アレク様が言うと、天幕の入り口が開いてにぃ兄様が「只今戻りました」と言いながら入ってきた。
後ろから「失礼申し上げます」とお辞儀して給仕の兵士たちが入ってくる。
参謀長が慌ててテーブルの上のものを片付けた。
「ご苦労だった。
エルヴィーノは?」
アレク様はにぃ兄様をねぎらって、にぃ兄様の背後を見る。
「あ、今化粧を落としていらっしゃいます。
すぐにいらっしゃると思います」
にぃ兄様は苦笑して言い、私は、すごい美人だったのに、ちょっともったいないなあと残念に思う。
「なんだ、見てみたかったのに」
アレク様はからかうように呟き、私を手招きして「エルヴィーノの女装はどうだった?」と楽しげに訊く。
「とてもお綺麗でしたわ」
抱き寄せられて私は心から呟き、にぃ兄様とエセルバート様も苦笑いしつつうなずいた。
「何だよ、皆で人を笑いものにして」
怒ったような声で言いながら、エルヴィーノ様が天幕の入り口の布をばさっと音を立ててめくって入ってきた。
「笑いものになどしていませんよ、率直な感想です」
にぃ兄様は宥めるように言う。
「ご苦労だった」
可笑しそうに笑いながらアレク様はエルヴィーノ様をねぎらった。
「ブリジッタ様のご様子はいかがでしたか?」
急に領主館から出て馬車に揺られて大丈夫だったか心配になり私は尋ねた。
エルヴィーノ様とにぃ兄様は「ああ…」と少し暗い表情になる。
「ペデルツィーニの妻がどうと言うより、避難所の女性達の反応がなあ…」
「当然かもしれませんが、領民からは相当恨まれ憎まれているようです。
母上がきちんと預かると言ってくださったので、大丈夫とは思いますが」
ヴァネッサのことも、冷たくあしらうような感じだったと言う。
シエーラを勝手に戦場にして、日々の生活も家畜も農産物もめちゃくちゃにされて怒るなと言う方が無理だろうと思う。
けど…ブリジッタ様の窶れようを見れば、どれだけ苦しまれたか判るだろうから、何とか受け入れてほしいと願うばかりだ。
食前のお祈りを捧げ、私たちは食事を始めた。
これからの停戦交渉、それから終戦の協議について話し合う。
領主館にはもうあまり食糧や物資も無いそうだ。
その上、先程の会見でペデルツィーニとバルベルデの間に亀裂が入り、エセルバート様が兵士に結構な肉体的精神的ダメージを与えた。
籠城も時間の問題だろうという話になった。
しかし、食事が終わった頃。
天幕の外に斥候が来て、焦ったような大きな声で報告した。
「申し上げます!
ペデルツィーニ並びにバルベルデ軍が、攻撃を再開しました!」
「敵がどう出てくるかは判らないが…
そなたたちの話では、隣国の領主がずいぶん及び腰になっているようだから、もしかすると停戦になり続いて終戦にこぎつけられるかもしれないな」
エセルバート様がうなずくのを見て、アレク様は私に視線を移し「期待以上の成果だ。よくやった」と笑みを浮かべた。
「いえ、わたくしは何も。
エセルバート様やエルヴィーノ様、兄のお陰でございます。
それから、何故か突然現れた、ヴァネッサの存在も大きかったと存じますわ」
「ああ、急に丸腰で飛び込んできた嬢ちゃんか。
驚きましたよ、見張りの兵士に斬られそうになってもまったく怯んでいなかった。
この野営地から兵士の荷物に紛れ込んで領主館近くまで行ったようです」
エセルバート様が呆れたような感心したような様子で言い、私はぞっとして両手を握りしめた。
ヴァネッサ…そんな無茶をして。
無事だったから良かったけど…
ヴァネッサも本気でペデルツィーニとブリジッタ様を助けたいと思ったに違いない。
何としてもこの戦は終わらせなければ。
このままでは、誰にも良いことがない。
天幕の外でがやがやと人の声がし、にぃ兄様の少し畏まった声が聞こえた。
「陛下、只今戻りました。
昼食の時間でございますが、いかがなさいますか」
アレク様は机の上に広げた地図から顔を上げ、「そう言えば腹減ったな」と呟いた。
「宜しい、入れ」
アレク様が言うと、天幕の入り口が開いてにぃ兄様が「只今戻りました」と言いながら入ってきた。
後ろから「失礼申し上げます」とお辞儀して給仕の兵士たちが入ってくる。
参謀長が慌ててテーブルの上のものを片付けた。
「ご苦労だった。
エルヴィーノは?」
アレク様はにぃ兄様をねぎらって、にぃ兄様の背後を見る。
「あ、今化粧を落としていらっしゃいます。
すぐにいらっしゃると思います」
にぃ兄様は苦笑して言い、私は、すごい美人だったのに、ちょっともったいないなあと残念に思う。
「なんだ、見てみたかったのに」
アレク様はからかうように呟き、私を手招きして「エルヴィーノの女装はどうだった?」と楽しげに訊く。
「とてもお綺麗でしたわ」
抱き寄せられて私は心から呟き、にぃ兄様とエセルバート様も苦笑いしつつうなずいた。
「何だよ、皆で人を笑いものにして」
怒ったような声で言いながら、エルヴィーノ様が天幕の入り口の布をばさっと音を立ててめくって入ってきた。
「笑いものになどしていませんよ、率直な感想です」
にぃ兄様は宥めるように言う。
「ご苦労だった」
可笑しそうに笑いながらアレク様はエルヴィーノ様をねぎらった。
「ブリジッタ様のご様子はいかがでしたか?」
急に領主館から出て馬車に揺られて大丈夫だったか心配になり私は尋ねた。
エルヴィーノ様とにぃ兄様は「ああ…」と少し暗い表情になる。
「ペデルツィーニの妻がどうと言うより、避難所の女性達の反応がなあ…」
「当然かもしれませんが、領民からは相当恨まれ憎まれているようです。
母上がきちんと預かると言ってくださったので、大丈夫とは思いますが」
ヴァネッサのことも、冷たくあしらうような感じだったと言う。
シエーラを勝手に戦場にして、日々の生活も家畜も農産物もめちゃくちゃにされて怒るなと言う方が無理だろうと思う。
けど…ブリジッタ様の窶れようを見れば、どれだけ苦しまれたか判るだろうから、何とか受け入れてほしいと願うばかりだ。
食前のお祈りを捧げ、私たちは食事を始めた。
これからの停戦交渉、それから終戦の協議について話し合う。
領主館にはもうあまり食糧や物資も無いそうだ。
その上、先程の会見でペデルツィーニとバルベルデの間に亀裂が入り、エセルバート様が兵士に結構な肉体的精神的ダメージを与えた。
籠城も時間の問題だろうという話になった。
しかし、食事が終わった頃。
天幕の外に斥候が来て、焦ったような大きな声で報告した。
「申し上げます!
ペデルツィーニ並びにバルベルデ軍が、攻撃を再開しました!」
0
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる