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第六章 シエーラの戦闘
19.強行軍
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アレク様は私の頭を優しく撫で、笑いかける。
松明の火が赤々と燃え、私たちの周りだけは昼間のように明るく、夜中の平原なのに暑い。
時折パチパチと木の爆ぜる音が聞こえてくる。
簡易ながらテーブルにはクロスがかけられ、次々に温かくて美味しく豪華な食事が運ばれてくる。
これから戦場に赴くとは思えない食卓に、戸惑う気持ちも隠せない。
「…噂は噂だよ、気にすることはない。
よしんば、今はそういうネガティブな噂が流れているとしてもだ、俺は全く心配してないよ。
クレメンティナの素晴らしい資質には、遅かれ早かれ皆が気づくはずだし、誤解も解ける。
少なくとも宮廷の人たちには、絶対にだ。
まだ始まったばかりだ、気長に考えて行こう」
私はあまり納得できなかったが、アレク様の気遣うような声と表情に、うなずいてみせた。
アレク様の瞳に浮かんでいた、不安そうな光に少し不思議な気持ちになる。
アレク様はほっと息をついて、スプーンを取って私の手に持たせた。
「ほら、どんどん食べろ。
妻になったクレメンティナと二人で食べる最初の晩餐だからちゃんとした食事をと思って、こんな強行軍にコックを同道させた。
ま、場所は仕方ないな、できるだけ晩餐会に相応しいようにとは思ったんだが。
明日からは固パンと具なしのスープだけだ、覚悟しとけ」
ああ、そういうことだったんだ。
私はアレク様の思いやりに感謝して、なんとか笑みを作ってアレク様を見上げた。
「…ありがとうございます。
帰るなんて言っちゃってごめんなさい」
アレク様は「そうだよ、これどうすんだって思った」と眩しそうに笑って言う。
「まあ、わたくしよりお食事のご心配?」
少し拗ねて見せると、アレク様は「もう…そういうの俺慣れてないから…可愛すぎる」と呟いて身を乗り出し唇にキスする。
フランシスカとリーチェ、そこらにたくさんいる従者たちは見て見ぬふりをしてくれていて、私は幸せを噛みしめながら食事をした。
アレク様は、巨大な責務とか業を背負いながら、懸命にこの国を守ろうとしている。
私は精一杯、アレク様を支えて生きて行かなければ。
卑小な自分の悩みなどにかまけている場合ではない。
驚いたことに弦楽四重奏の奏者まで来ていて、こんな郊外の平原とは思えないような優雅な雰囲気だった。
私とアレク様、それに貴族の方々は踊り、エセルバート様や兵士たちの拍手喝采を受けた。
その夜は、同じ天幕で寝るんだと言い張るアレク様に負けて、一緒のベッドに入った。
それは結局ずっと続いてしまうことになる。
翌日は朝早くに起こされて、アレク様の仰った通り、身体を冷たい水に浸した布で拭いて着替えた後、簡素な食事を済ませてすぐに出発する。
私はアレク様の馬車に一緒に乗せられ、デメトリアはフランシスカやリーチェと同じ馬車に乗ることになった。
アレク様は最初からこうしていれば良かったとしきりに仰っていたが、私は女性だけの馬車も楽しいだろうなあ…と少し残念だった。
馬車は凄いスピードで進み、途中の小休止にも刻々と変わっていく戦況への対応を協議して指示を飛ばす。
エルヴィーノ様は非常に善戦なさっているが、如何せん兵力に差があり、前線はジリジリと後退している。
私は気が気ではなかった。
アレク様の表情にも焦燥の色が浮かぶ。
エセルバート様もものすごい早さで戦況を分析し状況を判断し、矢継ぎ早にいくつもの戦法を提案した。
都にいたときにはあまり気づかなかったが、こういう状況だと、エセルバート様はめちゃくちゃ言葉が荒い。
驚く私に、アレク様は笑って「俺やエルヴィーノが何でこんなに言葉が悪いか判ったろう?」とウィンクした。
はあ、なるほど。
思春期にこの荒っぽい言葉に薫陶を受けたら、そうなるかもなあ…
そうして都を出てから4日めの早朝に、硝煙の匂いが微かに漂うところまで到着した。
松明の火が赤々と燃え、私たちの周りだけは昼間のように明るく、夜中の平原なのに暑い。
時折パチパチと木の爆ぜる音が聞こえてくる。
簡易ながらテーブルにはクロスがかけられ、次々に温かくて美味しく豪華な食事が運ばれてくる。
これから戦場に赴くとは思えない食卓に、戸惑う気持ちも隠せない。
「…噂は噂だよ、気にすることはない。
よしんば、今はそういうネガティブな噂が流れているとしてもだ、俺は全く心配してないよ。
クレメンティナの素晴らしい資質には、遅かれ早かれ皆が気づくはずだし、誤解も解ける。
少なくとも宮廷の人たちには、絶対にだ。
まだ始まったばかりだ、気長に考えて行こう」
私はあまり納得できなかったが、アレク様の気遣うような声と表情に、うなずいてみせた。
アレク様の瞳に浮かんでいた、不安そうな光に少し不思議な気持ちになる。
アレク様はほっと息をついて、スプーンを取って私の手に持たせた。
「ほら、どんどん食べろ。
妻になったクレメンティナと二人で食べる最初の晩餐だからちゃんとした食事をと思って、こんな強行軍にコックを同道させた。
ま、場所は仕方ないな、できるだけ晩餐会に相応しいようにとは思ったんだが。
明日からは固パンと具なしのスープだけだ、覚悟しとけ」
ああ、そういうことだったんだ。
私はアレク様の思いやりに感謝して、なんとか笑みを作ってアレク様を見上げた。
「…ありがとうございます。
帰るなんて言っちゃってごめんなさい」
アレク様は「そうだよ、これどうすんだって思った」と眩しそうに笑って言う。
「まあ、わたくしよりお食事のご心配?」
少し拗ねて見せると、アレク様は「もう…そういうの俺慣れてないから…可愛すぎる」と呟いて身を乗り出し唇にキスする。
フランシスカとリーチェ、そこらにたくさんいる従者たちは見て見ぬふりをしてくれていて、私は幸せを噛みしめながら食事をした。
アレク様は、巨大な責務とか業を背負いながら、懸命にこの国を守ろうとしている。
私は精一杯、アレク様を支えて生きて行かなければ。
卑小な自分の悩みなどにかまけている場合ではない。
驚いたことに弦楽四重奏の奏者まで来ていて、こんな郊外の平原とは思えないような優雅な雰囲気だった。
私とアレク様、それに貴族の方々は踊り、エセルバート様や兵士たちの拍手喝采を受けた。
その夜は、同じ天幕で寝るんだと言い張るアレク様に負けて、一緒のベッドに入った。
それは結局ずっと続いてしまうことになる。
翌日は朝早くに起こされて、アレク様の仰った通り、身体を冷たい水に浸した布で拭いて着替えた後、簡素な食事を済ませてすぐに出発する。
私はアレク様の馬車に一緒に乗せられ、デメトリアはフランシスカやリーチェと同じ馬車に乗ることになった。
アレク様は最初からこうしていれば良かったとしきりに仰っていたが、私は女性だけの馬車も楽しいだろうなあ…と少し残念だった。
馬車は凄いスピードで進み、途中の小休止にも刻々と変わっていく戦況への対応を協議して指示を飛ばす。
エルヴィーノ様は非常に善戦なさっているが、如何せん兵力に差があり、前線はジリジリと後退している。
私は気が気ではなかった。
アレク様の表情にも焦燥の色が浮かぶ。
エセルバート様もものすごい早さで戦況を分析し状況を判断し、矢継ぎ早にいくつもの戦法を提案した。
都にいたときにはあまり気づかなかったが、こういう状況だと、エセルバート様はめちゃくちゃ言葉が荒い。
驚く私に、アレク様は笑って「俺やエルヴィーノが何でこんなに言葉が悪いか判ったろう?」とウィンクした。
はあ、なるほど。
思春期にこの荒っぽい言葉に薫陶を受けたら、そうなるかもなあ…
そうして都を出てから4日めの早朝に、硝煙の匂いが微かに漂うところまで到着した。
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