109 / 172
第六章 シエーラの戦闘
9.戦地の現状
しおりを挟む
「クラリッサ、来い」
アレク様は短く言うと、エセルバート様と一緒に足早に部屋を出て行った。
私は、立ちすくむダイアナ様にお辞儀して、急いで後を追う。
アレク様は侍従に耳打ちし、侍従は「畏まりました」と言って広い廊下を走っていく。
「扉のある部屋の方がいいか」
「さようでございますね、できれば」
アレク様は凄い速足で歩きながら、エセルバート様と小さな声で会話を交わす。
引きずられている可哀想な兵士の着ている鎧が、ガシャンガシャンと耳障りな音を立てて廊下に響く。
私はドレスのスカートを持ち上げ、懸命に後を追って走るように歩く。
上等のコルセットで、すごく軽量とはいえ、締め付けられながら走るのはつらい…
先ほどの侍従が待っている部屋の前に着いて、開けられた扉から飛び込むように中に入った。
閉められそうになったドアの隙間から私も中に滑りこんだ。
ここは普段使っていない部屋のようだ。
埃っぽい匂いが漂っている。
「クラリッサ様、よく付いてきましたね」
閉じられたドアの前で大きく深呼吸を繰り返している私を見て、エセルバート様はビックリしたように言った。
「俺のクラリッサだからな、ま、当然だろ」
私の方を見て短く感想を述べたアレク様は、エセルバート様の大きな手から解放されて床にへたり込んでいる兵士の前にかかんだ。
「シエーラで何が起きている?
簡潔に話せ、直に話すことを許す」
「は、はい!
隣国の領主と結託したペデルツィーニが、シエーラの砦を開き、なだれ込んだ敵軍と市街戦に発展しています!
傭兵はもはや役に立たず、敵軍兵士と一緒になってただの略奪者と化しています」
「・・・・」
ぎりっと歯ぎしりし、アレク様は「今朝シエーラに向かった軍はどうなってる!」と噛みつくように訊いた。
「途中ですれ違ったので報告しました!
隊長殿が行軍のスピードを上げ、ご自身は精鋭兵だけを引き連れて更に先に向かうと仰っていました」
アレク様は立ち上がりざまに「弓兵を送る!俺も行くぞ」と大きな声で言った。
先ほどの侍従が黙って一礼し、ぱっと部屋から出て行った。
「ちょ、待ってくださいアレク様!
またですか?!」
大きな目を剥いてエセルバート様がアレク様に詰め寄る。
「山賊討伐隊を援護すると仰って、勝手にお城を出て行ってしまってここがどれだけ大変だったか。
ダイアナ様も懸命に、激昂する貴族たちをなだめていらっしゃった」
「わかっている!
しかし、これは山賊討伐などではない、外国との戦争だ。
わが国の威信がかかっているし、何より領土がどんどん侵食されているのだ、大公として黙って見ていられるか」
「今回は貴族も戦闘に参加させる。
急いで召集しろ、晩餐会にもう集まり始めているだろう、そこで通達すればいい。
急げ、明日明後日には出発する」
そこにいた侍従が皆、ばらばらと部屋を出て行って、部屋の中は私たちだけになる。
エセルバート様は「ご苦労だった、よく休め」と言って疲れ切った様子の兵士に声をかける。
大きな鎧の中でもがくようにして立ち上がり、兵士はガチャガチャ音を立てて礼をしてよろよろと扉の向こうに消えた。
「判りました、アレク様。
今回は私も参加いたします。
傭兵としてお雇いくだされば良い」
エセルバート様は盛大にため息をつき、大きな声で言った。
「えっ…でも、ダイアナの…」
アレク様は驚くと言うより呆気にとられた感じで問う。
「元々は、ダイアナ様にアレク様の護衛を頼まれ申して、海峡を渡ってこの国に来ました。
アレク様は実戦のご経験は少ない。
剣や兵法の師としては、弟子の成長も見届けなくては」
ふんぞり返って腕組みするエセルバート様の腕に手を置いて、アレク様は少し笑って呟いた。
「助かる。あなたなら兵士百人分の戦力に相当する」
私はずっといつ声をかけようかタイミングを見計らっていたが、そこで大きな声を出す。
「わ、わたくしもお供いたします!」
「は?」
必死の表情で声をかけた私を、アレク様とエセルバート様はぽかんとして眺める。
「クラリッサ、何を言ってる」
「そうですよ、新婚でアレク様と離れるのはお寂しいだろうが、あなたは」
「わたくしの故郷の話です!
黙ってこんなところに居るわけにはまいりません!
それに、わたくしだってエセルバート様の弟子でございます。
成長を見届けていただかなくては」
エセルバート様の言葉が終わらないうちに強引に話す私を、お二人は唖然として見つめていたが、やがてどちらからともなくくつくつと笑い出し、大笑した。
「とんでもねえじゃじゃ馬だ。
よし、そこまで言うならついてこい。
足手まといになることは許さぬぞ」
「安全な都に居られれば良いものを…
こんなところ、と評されましたな」
ゲラゲラ笑うお二人の横で、私はぎゅっと拳を握りしめた。
私だって故郷を守る戦士だ。
シエーラの皆、どうか無事で!
アレク様は短く言うと、エセルバート様と一緒に足早に部屋を出て行った。
私は、立ちすくむダイアナ様にお辞儀して、急いで後を追う。
アレク様は侍従に耳打ちし、侍従は「畏まりました」と言って広い廊下を走っていく。
「扉のある部屋の方がいいか」
「さようでございますね、できれば」
アレク様は凄い速足で歩きながら、エセルバート様と小さな声で会話を交わす。
引きずられている可哀想な兵士の着ている鎧が、ガシャンガシャンと耳障りな音を立てて廊下に響く。
私はドレスのスカートを持ち上げ、懸命に後を追って走るように歩く。
上等のコルセットで、すごく軽量とはいえ、締め付けられながら走るのはつらい…
先ほどの侍従が待っている部屋の前に着いて、開けられた扉から飛び込むように中に入った。
閉められそうになったドアの隙間から私も中に滑りこんだ。
ここは普段使っていない部屋のようだ。
埃っぽい匂いが漂っている。
「クラリッサ様、よく付いてきましたね」
閉じられたドアの前で大きく深呼吸を繰り返している私を見て、エセルバート様はビックリしたように言った。
「俺のクラリッサだからな、ま、当然だろ」
私の方を見て短く感想を述べたアレク様は、エセルバート様の大きな手から解放されて床にへたり込んでいる兵士の前にかかんだ。
「シエーラで何が起きている?
簡潔に話せ、直に話すことを許す」
「は、はい!
隣国の領主と結託したペデルツィーニが、シエーラの砦を開き、なだれ込んだ敵軍と市街戦に発展しています!
傭兵はもはや役に立たず、敵軍兵士と一緒になってただの略奪者と化しています」
「・・・・」
ぎりっと歯ぎしりし、アレク様は「今朝シエーラに向かった軍はどうなってる!」と噛みつくように訊いた。
「途中ですれ違ったので報告しました!
隊長殿が行軍のスピードを上げ、ご自身は精鋭兵だけを引き連れて更に先に向かうと仰っていました」
アレク様は立ち上がりざまに「弓兵を送る!俺も行くぞ」と大きな声で言った。
先ほどの侍従が黙って一礼し、ぱっと部屋から出て行った。
「ちょ、待ってくださいアレク様!
またですか?!」
大きな目を剥いてエセルバート様がアレク様に詰め寄る。
「山賊討伐隊を援護すると仰って、勝手にお城を出て行ってしまってここがどれだけ大変だったか。
ダイアナ様も懸命に、激昂する貴族たちをなだめていらっしゃった」
「わかっている!
しかし、これは山賊討伐などではない、外国との戦争だ。
わが国の威信がかかっているし、何より領土がどんどん侵食されているのだ、大公として黙って見ていられるか」
「今回は貴族も戦闘に参加させる。
急いで召集しろ、晩餐会にもう集まり始めているだろう、そこで通達すればいい。
急げ、明日明後日には出発する」
そこにいた侍従が皆、ばらばらと部屋を出て行って、部屋の中は私たちだけになる。
エセルバート様は「ご苦労だった、よく休め」と言って疲れ切った様子の兵士に声をかける。
大きな鎧の中でもがくようにして立ち上がり、兵士はガチャガチャ音を立てて礼をしてよろよろと扉の向こうに消えた。
「判りました、アレク様。
今回は私も参加いたします。
傭兵としてお雇いくだされば良い」
エセルバート様は盛大にため息をつき、大きな声で言った。
「えっ…でも、ダイアナの…」
アレク様は驚くと言うより呆気にとられた感じで問う。
「元々は、ダイアナ様にアレク様の護衛を頼まれ申して、海峡を渡ってこの国に来ました。
アレク様は実戦のご経験は少ない。
剣や兵法の師としては、弟子の成長も見届けなくては」
ふんぞり返って腕組みするエセルバート様の腕に手を置いて、アレク様は少し笑って呟いた。
「助かる。あなたなら兵士百人分の戦力に相当する」
私はずっといつ声をかけようかタイミングを見計らっていたが、そこで大きな声を出す。
「わ、わたくしもお供いたします!」
「は?」
必死の表情で声をかけた私を、アレク様とエセルバート様はぽかんとして眺める。
「クラリッサ、何を言ってる」
「そうですよ、新婚でアレク様と離れるのはお寂しいだろうが、あなたは」
「わたくしの故郷の話です!
黙ってこんなところに居るわけにはまいりません!
それに、わたくしだってエセルバート様の弟子でございます。
成長を見届けていただかなくては」
エセルバート様の言葉が終わらないうちに強引に話す私を、お二人は唖然として見つめていたが、やがてどちらからともなくくつくつと笑い出し、大笑した。
「とんでもねえじゃじゃ馬だ。
よし、そこまで言うならついてこい。
足手まといになることは許さぬぞ」
「安全な都に居られれば良いものを…
こんなところ、と評されましたな」
ゲラゲラ笑うお二人の横で、私はぎゅっと拳を握りしめた。
私だって故郷を守る戦士だ。
シエーラの皆、どうか無事で!
0
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。
まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」
そう、第二王子に言われました。
そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…!
でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!?
☆★☆★
全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。
読んでいただけると嬉しいです。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる