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第五章 宮廷
6.大公城
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エルヴィーノ様と私を乗せた馬車は軽快に街中を進む。
だんだん道が坂になり、お城へ向かっているのが判って、私は緊張で胸がざわつくのを抑えられず、両手を胸にあてて深呼吸した。
エルヴィーノ様はくすっと笑って、私の肩を抱き寄せる。
「緊張しているのか?
大丈夫だよ、山賊討伐の館にいた時のように堂々と歌えばいい」
そう言って目の前の小さな卓から小袋を取って、そのなかの華奢なガラスの器に入ったキャンディを一つ取り出して私の口に入れた。
蒸留酒に爽やかな柑橘の香りを加えた甘いキャンディに、少し顔がほころぶ。
「そうそう、可愛らしく笑っておいで。
あなたのその無邪気な笑顔は、周りの人間を豊かな気持ちにさせてくれる。
宮廷の、おっかないおっさんたちだって簡単に籠絡できるさ。
これは覚えておいて、困ったときには論破しようとしたりせず、思慮深そうに笑って見せること」
エルヴィーノ様は意味深に笑って私の頬を撫でた。
のちのち、このアドバイスは様々な場面で私を助けてくれることになった。
さすがに幼いころから宮廷の老獪なおじさんたちと渡り合ってきた、上級貴族のご子息だけはある。
馬車は誰何されることもなく、滑るように大公城の大門を入り、騎馬隊の方が両脇にずらっと並ぶ広い道を進んで行く。
私は甲冑を着て、バシネットを降ろした表情の見えない騎士たちに少し怯える。
でも騎士が乗る、大人しい騎馬たちを見ているうちに、思わず知らず身を乗り出して見入ってしまい、エルヴィーノ様に本格的に笑われてしまった。
「そうそうその調子だ、本当に可愛いなあなたは…
このままどこかへ攫ってしまいたい。
チャンスは今しか…ないかもしれないな」
愛しげに呟いて、私と一緒に馬車の窓の外を眺めた。
まんざら冗談でもなさそうなその言葉の響きに、私はちょっと違和感を覚えた。
やがて馬車は車寄せに停まり、馬車の後ろに立っていた御者が扉を恭しく開ける。
エルヴィーノ様は先に降りて私の手を取り、降ろしてくれた。
高く盛り上げた髪型が壊れやしないかとひやひやしながら降りる。
「エルヴィーノ・アドリアーノ・ディ・ヴァラリオーティ・ダ・ノベタンティピア様、並びにクレメンティナ・ベレニーチェ・ディ・ステファネッリ・ダ・シエーラ様のお越しでございます」
大きな声で呼ばわられて巨大な扉の向こうに入ると、綺麗な白髪の鬘を被って正装した、エルヴィーノ様と同い年くらいの若い男性がにこやかに笑って立っていた。
「久しぶりだな、エルヴィーノ」
「オズヴァルド!
留学から帰ってたのか!」
驚いたように声をあげるエルヴィーノ様に、「父上から即刻帰国しろっていう手紙が来てね」と言って肩をすくめた。
「オレの妹もご愛妾候補とやらだからさ。
枯れ木も山の賑わいってとこか?」
皮肉っぽく言ってウィンクする。
気障な仕草がサマになる、稀な方だなあ…元がめちゃカッコイイから許されるよなあ…
ぼんやりと見つめていると、私の視線に気づいて、胸に手をあててお辞儀をする。
「初めましてお嬢様。
私の顔に何かついてます?」
可笑しそうに言うオズヴァルド様に、私は真っ赤になって「すみません…」と頭を下げた。
「いやいや冗談ですよ、可愛らしいお嬢さん。
アレクから話は聞いています、ハチャメチャのじゃじゃ馬娘だって」
オズヴァルド様は更にからかい、私は身の置き所のないような気持ちになってまた頭を下げた。
「あまりからかうなよ、手袋投げるぞ」
エルヴィーノ様が凄むと、オズヴァルド様は笑みを少しこわばらせ、胸の前に両手を上げる。
「おお、怖えな…マジか。
そっか、お前もって話だったな。
悪い悪い。南部戦線の英雄と決闘なんて冗談じゃない」
「こいつは昔からこうなんだ。
全然真面目に話せない、全部茶化しやがる。
なまじ頭がいいだけに、ものすごい皮肉屋だ」
エルヴィーノ様は言い捨てると、私の手を取り「部屋はどこだ」と侍従長に問うた。
「こちらでございます」
侍従長は慌てたように言って、先導して歩き出した。
「ひでえなあ…まあ、当たってるけどね」
頭に手を遣りながらオズヴァルド様はついてくる。
「お前来るなよ、俺は、クレメンティナと二人で居たいんだ」
「まーそう言わず。
アレクから言われてんだよ、エルヴィーノから目を離すなって」
オレだってこんな役目嫌だよ、馬に蹴られて死んじまえって奴じゃん、とぶつくさ言うオズヴァルド様を横目に見てエルヴィーノ様はため息をついた。
「アレクのやつ…
読まれてるなぁってとこが情けないが」
だんだん道が坂になり、お城へ向かっているのが判って、私は緊張で胸がざわつくのを抑えられず、両手を胸にあてて深呼吸した。
エルヴィーノ様はくすっと笑って、私の肩を抱き寄せる。
「緊張しているのか?
大丈夫だよ、山賊討伐の館にいた時のように堂々と歌えばいい」
そう言って目の前の小さな卓から小袋を取って、そのなかの華奢なガラスの器に入ったキャンディを一つ取り出して私の口に入れた。
蒸留酒に爽やかな柑橘の香りを加えた甘いキャンディに、少し顔がほころぶ。
「そうそう、可愛らしく笑っておいで。
あなたのその無邪気な笑顔は、周りの人間を豊かな気持ちにさせてくれる。
宮廷の、おっかないおっさんたちだって簡単に籠絡できるさ。
これは覚えておいて、困ったときには論破しようとしたりせず、思慮深そうに笑って見せること」
エルヴィーノ様は意味深に笑って私の頬を撫でた。
のちのち、このアドバイスは様々な場面で私を助けてくれることになった。
さすがに幼いころから宮廷の老獪なおじさんたちと渡り合ってきた、上級貴族のご子息だけはある。
馬車は誰何されることもなく、滑るように大公城の大門を入り、騎馬隊の方が両脇にずらっと並ぶ広い道を進んで行く。
私は甲冑を着て、バシネットを降ろした表情の見えない騎士たちに少し怯える。
でも騎士が乗る、大人しい騎馬たちを見ているうちに、思わず知らず身を乗り出して見入ってしまい、エルヴィーノ様に本格的に笑われてしまった。
「そうそうその調子だ、本当に可愛いなあなたは…
このままどこかへ攫ってしまいたい。
チャンスは今しか…ないかもしれないな」
愛しげに呟いて、私と一緒に馬車の窓の外を眺めた。
まんざら冗談でもなさそうなその言葉の響きに、私はちょっと違和感を覚えた。
やがて馬車は車寄せに停まり、馬車の後ろに立っていた御者が扉を恭しく開ける。
エルヴィーノ様は先に降りて私の手を取り、降ろしてくれた。
高く盛り上げた髪型が壊れやしないかとひやひやしながら降りる。
「エルヴィーノ・アドリアーノ・ディ・ヴァラリオーティ・ダ・ノベタンティピア様、並びにクレメンティナ・ベレニーチェ・ディ・ステファネッリ・ダ・シエーラ様のお越しでございます」
大きな声で呼ばわられて巨大な扉の向こうに入ると、綺麗な白髪の鬘を被って正装した、エルヴィーノ様と同い年くらいの若い男性がにこやかに笑って立っていた。
「久しぶりだな、エルヴィーノ」
「オズヴァルド!
留学から帰ってたのか!」
驚いたように声をあげるエルヴィーノ様に、「父上から即刻帰国しろっていう手紙が来てね」と言って肩をすくめた。
「オレの妹もご愛妾候補とやらだからさ。
枯れ木も山の賑わいってとこか?」
皮肉っぽく言ってウィンクする。
気障な仕草がサマになる、稀な方だなあ…元がめちゃカッコイイから許されるよなあ…
ぼんやりと見つめていると、私の視線に気づいて、胸に手をあててお辞儀をする。
「初めましてお嬢様。
私の顔に何かついてます?」
可笑しそうに言うオズヴァルド様に、私は真っ赤になって「すみません…」と頭を下げた。
「いやいや冗談ですよ、可愛らしいお嬢さん。
アレクから話は聞いています、ハチャメチャのじゃじゃ馬娘だって」
オズヴァルド様は更にからかい、私は身の置き所のないような気持ちになってまた頭を下げた。
「あまりからかうなよ、手袋投げるぞ」
エルヴィーノ様が凄むと、オズヴァルド様は笑みを少しこわばらせ、胸の前に両手を上げる。
「おお、怖えな…マジか。
そっか、お前もって話だったな。
悪い悪い。南部戦線の英雄と決闘なんて冗談じゃない」
「こいつは昔からこうなんだ。
全然真面目に話せない、全部茶化しやがる。
なまじ頭がいいだけに、ものすごい皮肉屋だ」
エルヴィーノ様は言い捨てると、私の手を取り「部屋はどこだ」と侍従長に問うた。
「こちらでございます」
侍従長は慌てたように言って、先導して歩き出した。
「ひでえなあ…まあ、当たってるけどね」
頭に手を遣りながらオズヴァルド様はついてくる。
「お前来るなよ、俺は、クレメンティナと二人で居たいんだ」
「まーそう言わず。
アレクから言われてんだよ、エルヴィーノから目を離すなって」
オレだってこんな役目嫌だよ、馬に蹴られて死んじまえって奴じゃん、とぶつくさ言うオズヴァルド様を横目に見てエルヴィーノ様はため息をついた。
「アレクのやつ…
読まれてるなぁってとこが情けないが」
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