上 下
85 / 172
第五章 宮廷

5.お邸からの出発

しおりを挟む
 翌朝早く、何となく目が覚めてしまって、起き上がって窓を開けた。
 山中の要塞のような山賊討伐の館と違って、街中まちなかの邸ということもあり鎧戸はそれほど重厚ではなく、割と軽く開くものだった。
 
 太陽は地平線から顔を出し、夏の暑い日差しをすでに感じさせる光を城下町に投げかけている。
 今日も暑くなりそう…
 私は、もう働き出している街の人々をしばらく眺めた。

 今日のパーティに出席して帰ってきたら、エルヴィーノ様にお願いして、にぃ兄様とヴァネッサと一緒に、一度シエーラに帰ろう。
 にぃ兄様は恐らくベアトリーチェ様とのご結婚をお話になりたいだろうし、私もヴァネッサを無事に領主館に送り届けて、それからお母様とお兄様に、アレク様のことをお話したい。

 アレク様とはどういう展開になるのだろうか。
 それは今の時点では全然判らないけれど、でも私はできれば、サン=バルロッテ館に戻って来たい。
 もしかしたら今までのように、ごくたまにしか会えないのかもしれないけれど、それでもアレク様のお近くにいたい。

 町の喧騒を眺めながらぼんやりしていると、扉がノックされた。
 「クレメンティナ様、ご起床されていらっしゃいますか」
 ドアの向こうからブリーツィオの声が聞こえる。

 私は窓を閉めて振り向き「あ、はい、今から着替えます」と答えた。
 「お着替えは、お手伝いの者が参りましたので、お使いください」
 「失礼いたします」
 と若い女性の声がしてドアが開き、女の人が三人入ってきた。

 「クレメンティナ様、はじめてお目にかかります。
 デメトリアと申します。
 今日は一日、お供仕ります。
 よろしくお願い申し上げます」

 私とそう歳の変わらないと思われる、最初に入ってきた女性が言ってお辞儀した。
 私は慌てて「クレメンティナです、よろしくお願いしますね」と答える。
 「お支度が終わりましたら、食堂にお越しください」
 部屋の外でブリーツィオは慇懃に言って、扉を閉めた。

 昨日、パーティで着るドレスとは別に、登城するためだけのドレスも決められていた。
 すべてに格式ばっていて、疲れるなあ…
 ダリスカーナ大公国は、歴史ある古い国で教皇との結びつきも深いので、儀礼の煩雑さは仕方ない。
 ルキティアのような新興国なら、そんなにうるさくはないのかもしれないけど。

 三人がかりで金糸銀糸を縫い込んだ豪奢なドレスに着替えさせてもらい、お化粧されて高く盛り上げるように結った髪に綺麗な宝石のついた飾りをつけてもらった私は…まるで貴婦人のような姿になっていた。
 すごい…儀式典礼用のメイクだからかな…
 表情があまりはっきりしない感じが、貴族っぽい。

 「本日、クレメンティナ様におかれましては、お歌をご披露なさるとのことで、あまりコルセットは締めすぎないようにとのご命令がフランシスカ様からございました。
 わずかに緩めにいたしましたが…お苦しくはありませんか?」
 デメトリアは鏡越しに私を見ながら、思案するように言う。
 
 私は大きく深呼吸してみて「大丈夫そう、どうもありがとうぴったりよ」と笑った。
 デメトリアや他の二人も、少し驚いたように目を瞠って、それから三人そろって「恐れ入ります」とお辞儀した。

 こういう、フレンドリーな感じはダメなのかなあ…
 お城に暮らす大公様や大公妃様は窮屈でいらっしゃるのではないかしら。
 私は密かに同情した。

 それから部屋を出てしずしずと食堂へ向かう。
 ああ…髪は重いしドレスはやたらふさふさしてるし、全然早く歩けない。
 もどかしい、走り出したい。

 やっと食堂へ着き、扉の前に立って待っていたブリーツィオがおとないをいれ、ドアが開いてまたゆっくり進んで部屋に入った。

 アドルナートと何やら話していたエルヴィーノ様が振り向く。
 そして一歩、足を踏み出そうとして、そのまま止まってしまう。
 「クレメンティナか?
 …すごく綺麗だ」

 私も盛装したエルヴィーノ様の姿に見惚れてしまって、お辞儀をするのも忘れてしまっていた。
 やっぱり、生まれながらに高貴な方というのは、気品があるのだわ…

 エルヴィーノ様は近づいてきて、腕を伸ばして私の頬に触れる。
 「こんなに美しい、愛する人を手放さなければならないと思うと胸が張り裂けそうだ…
 クレメンティナ、考え直してくれないか」
 泣きだしそうな瞳で、表情は柔らかく笑おうとするエルヴィーノ様のお顔を直視できず、私は思わず顔を逸らした。

 「朝食を一緒に摂りたかったのだが…
 登城の順番を間違えていた貴族がいたらしくて、我々の順番が早まってしまった。
 ま、向こうで少しは何か食べられるだろうから。
 とりあえず出よう」

 慌ただしく準備が整えられ、私とエルヴィーノ様はあっという間に馬車の車中の人となった。
 隣に並んで座り、なんだかドキドキする胸を持て余す。
 馬車はお城へ向かって走り出した。
 
 
 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...