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第五章 宮廷

2.煩悶

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 その夜はエルヴィーノ様のお邸に泊った。
 ヴァネッサもお世話になっているし、にぃ兄様との連絡もここにいたほうが取りやすい。
 
 拳を何度も床に打ち付け、私をアレク様に預けた後悔と、嫉妬でバルトロにひどく怪我をさせたことへの悔悟に苛まれて泣いていたエルヴィーノ様のお顔が目に浮かんで、私は眠れぬ夜を過ごした。
 どこかの王女様が使うような豪奢なベッドの可愛らしい装飾や、素晴らしくふかふかで寝心地の良い寝具やベッドの天蓋から下がる華奢なレースのカーテンを眺めて、涙がこぼれてくる。

 ブリーツィオが「エルヴィーノ様が、戦地から毎日のようにお手紙を送って来られて、このお部屋のレイアウトや装飾について細かく指示なさって、その通りに設えました」とにこやかに言っていた。
 エルヴィーノ様は、山賊討伐隊の館で出会った時から、最初から、私のことを気にかけていてくださっていた。
 私が晩餐会で歌を披露する前から(従妹かもしれないと判る前から)、館の周辺の警護をさせたりしていつも守ろうとしてくださった。
 
 アレク様に私を預けたのだって、私の身の安全を一番に考えてくださったからだろう。
 そこまで、私ごとき卑小な人間を愛してくださっている方に対して…私は、何という恩知らずの裏切りをしてしまったのだろうと、心が捩じられるように痛む。
 
 遠く戦地に身を置きながら、ご自分と私が従兄弟であることを突き止め、にぃ兄様を探し出して連絡を取り、首都へお帰りになった今、ご自分のお父上やお兄上と対峙なさろうとしている。
 私は本来、エルヴィーノ様の隣にいて、お助けしなければならない立場だったのだろう…

 だけど…だけど、私は…
 柔らかい寝具の端を掴んで、嗚咽した。
 
 アレク様を好きになってしまった。
 初めて、家族以外の人を愛した。
 家族とは違う、男性に対する愛情を自覚した。

 アレク様は、どういう方なんだろう。
 いつもお忙しそうで、お会いできても一瞬という感じだ。
 誰も言葉を濁して教えてくれない、アレク様の御身分を。

 『身分が上だからか』
 さっきエルヴィーノ様が仰っていた言葉を思い出す。

 侯爵様のご子息である、エルヴィーノ様よりも御身分が上…
 って言われてもよく判らないけど、やっぱり、宰相とか近衛隊長とか??
 公爵様のご子息とか?
 神職にあられる方には見えないものなぁ…口が悪いし。
 聖職に就いておられる方とは、気品やオーラが少し違う気がする。

 『好きだよ、クラリッサ』
 ふいにアレク様の低くて優しい声が耳元で甦り、今度はベッドの中で身もだえる。
 好きな人からこう言われるのって、こんなに嬉しいんだ…
 
 お館様にご愛妾候補になれと言われて、ダニエーレと結ばれないことを知って駆け落ちしてしまったヴァネッサの気持ちも今なら少しわかる気がする。
 この先、どうなるか判らないけれど、ずっとアレク様の傍にいたい。
 アレク様に愛してるって仰って欲しい…

 私はどうしたらいいんだろう。
 エルヴィーノ様の奥方になることはできない。
 アレク様とは…どんな方か判らないから、そもそも結婚という形態がとれるのか判らない。
 神職の方だったら、結婚は無理だし。

 お母様やレオ兄様は何と仰るだろう。
 にぃ兄様は、エルヴィーノ様と私が想いあっていると考えていらっしゃるから、私を諦めると仰った。
 
 なんかもう、ぐちゃぐちゃだ。
 私は、どこへ向かっているのだろう。
 深い霧の中にいるようだ。
 一筋の光明も見えない。

 お父様…お助けください。
 迷って正しい決断のできない私をお叱りになって、正しい方向へお導きください。

 
 
 
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