上 下
76 / 172
第四章 謎解き

16.朝食

しおりを挟む
 翌朝、私は寝不足の少しむくんだような顔を冷たい顔で洗って、すっきりしたフォルムのタイトなドレスを着た。
 金色の髪はサイドに編み込みを入れてハーフアップにし、臙脂色の幅広のリボンを結んだ。

 薄化粧をし、鏡に映る自分は『都でもめったに見ないほどの美人』などでは決してないと思う。
 だけど、シエーラにいたころよりも程よくふっくらして、鍛えているために引き締まるところは引き締まって、肌や髪の艶が良くなって血色も良い自分は、以前より綺麗になったと思う。

 昨夜のにぃ兄様の、称賛するような眼差しが思い出されて赤面する。
 確かにあれは…妹に対する感情ではないかもしれない、女性に対するそれだった。
 今までもそういうことがあったのだろうか。
 まったく、そんなこと考えたこともなかったから、気づかなかったけど。

 朝食を一緒に摂ろうというエルヴィーノ様からの言伝が来て、ヴァネッサを呼びに行く。
 普通、貴族は昼近くに起きてベッドの上で朝食を済ませるものだけど、私は貧乏貴族で鶏と共に起きて働く生活だったし、エルヴィーノ様も軍人でいらっしゃるから朝は早い。

 ヴァネッサに、きちんとお礼を言わせなきゃ。
 昨日はまだ疲れているだろうからと思って、あまり強くは言わなかったけど。
 
 私はヴァネッサの使っている部屋の扉をノックした。
 「ふぁい…」
 寝ぼけているような声がして、私は内心ため息をついた。
 もともと宵っ張りな上に、夜のお仕事をしていたことで、寝坊は加速しているのかもしれない。
 
 「ヴァネッサ、起きてちょうだい。
 鍵を開けて」
 「あ、クレメンティナ?
 はい、今開けます」

 ヴァネッサは答えてドアを開けてくれた。
 「おはよう、エルヴィーノ様が朝食を一緒にと仰っておられるから、支度をしてちょうだい」
 私がせっかちに言うと、ヴァネッサは泣き笑いのような顔をする。

 「…クレメンティナのそういう言い方、懐かしい…
 本当に、クレメンティナに会えたんだ」
 そう言って、私に抱きついてきた。
 私もヴァネッサの痩せて細い背に手を回す。
 少し会わないうちに背が伸びて、もう私とそれほど変わらないくらいになっていた。
 私も切なくなって涙をこぼす。

 抱き合ったまま少し泣いて、私は身体を離し「さあ、急ぎましょう」と言い、ヴァネッサの支度を手伝う。
 従者のブリーツィオが持ってきてくれたという、簡素なドレス(でもお仕着せのメイド服ではない)を着せて髪を結う。
 
 「クレメンティナ、すごく綺麗になったわね。
 肌も髪もつやつやだし、それにそのシンプルだけどすごくいい生地の値の張りそうなドレス…
 あたしと同時にシエーラを出たのに…
 どうしてこんなに違っちゃったのかな」
 鏡を見ながら話すヴァネッサに、私は何と答えていいか判らずに黙って豊かな黒髪を梳く。

 私はシエーラを出たくて出たわけではない。
 ヴァネッサの代わりに、ご愛妾候補として名前を偽れと言われて無理やり都へ送られただけだ。
 誰にも何も言わず突然駆け落ちしたヴァネッサとは違う。
 だから待遇に格差があって当然、というわけではないけれど。

 私だって、助けが来なければ、そしてそれが山賊討伐隊でなければ、今ここにこうしていられなかっただろう。
 エルヴィーノ様には本当に感謝しかない。

 「…ごめんね、こんな言い方して。
 あたしは自業自得なのよね。
 僻むなんておかしいよね、クレメンティナに助けてもらったのに」
 ヴァネッサは鏡越しの私の顔を見て、呟くように言った。

 私は首を横に振り、何も言わないまま髪を結い上げた。
 如何にもシエーラの女性らしい、豊かな黒髪は、少し量が減ってしまったようだ。
 心が痛んで、私は「さ、できたわ」と言ってヴァネッサを立ち上がらせた。

 部屋の外でブリーツィオが待っていた。
 「クレメンティナ様のお越しが遅いと、エルヴィーノ様がもう矢の催促で。
 お部屋に伺いましたらいらっしゃらないので、もしかしたら…と」
 「あ…すみません」
 「ごめんなさい、私のせいです」
 
 急いでエルヴィーノ様の部屋へ向かう。
 私は速足のブリーツィオの後について特に何も思うことなく歩いていたが、ヴァネッサはすぐに息が切れて、苦しそうについてきた。
 「あ、申し訳ありません。
 クレメンティナ様のおみ足のお早さに合わせてしまいました」
 ブリーツィオは申し訳なさそうに言って、少し歩を緩めた。

 「失礼いたします。
 クレメンティナ様のお越しでございます」
 ブリーツィオが声をかけて扉を開けると、エルヴィーノ様は食卓の椅子から立ち上がってこちらへ来た。

 「おはようございます、遅くなってすみません」
 私がお辞儀をして顔を上げると、すぐそばにエルヴィーノ様が来ていて、私を優しくハグする。
 「おはよう、今朝もとても綺麗だ。
 朝からこうしてクレメンティナに会えて、それがこんなに幸せだなんて思わなかった。
 ずっとこういう生活をしたい」

 耳元で囁き、耳朶にキスしようとするエルヴィーノ様の身体を、私は慌てて離す。
 「あの、ヴァネッサがエルヴィーノ様にご挨拶を…」
 と言うと、エルヴィーノ様はちらっと視線を私の背後に移した。

 「あ、あの、…助けていただいてありがとうございました。
 体調もよくなって、あの」
 「判った、下がって良い」
 しどろもどろのヴァネッサの言葉を遮り、エルヴィーノ様は冷たく言って、また私に視線を戻した。

 「クレメンティナ、お前の好きそうなものを作らせたよ。
 冷めてしまうから早く食べよう、温め直すのでは興覚めだから」
 楽しげに言って私の手を取り、料理が満載の食卓へいざなう。

 「エルヴィーノ様、ヴァネッサも…」
 言いかける私の頬を撫でてエルヴィーノ様は微笑む。
 「クレメンティナのためだけに作らせたのだよ。
 その者は別室で摂るがよい。
 ブリーツィオ」

 ブリーツィオは「はっ」と短く言って、ヴァネッサを促し、部屋を出て行ってしまった。
 私は気まずく思いながら、やたらご機嫌のエルヴィーノ様に手を引かれ、食卓に着いた。
 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

処理中です...