上 下
73 / 172
第四章 謎解き

13.身バレの理由

しおりを挟む
 私は私とエルヴィーノ様が愛し合っている恋人同士だという、にぃ兄様の誤解を解きたいと思ったけれど、この話の流れではどうも言い出しにくく、黙っていた。

 にぃ兄様が、まさかずっと私を好きだったとか…どう考えても受け入れがたい。
 にぃ兄様はいつでも優しく勉強熱心で仕事にも情熱を持っていて、私の尊敬する敬愛する人だ。
 早く素敵なお嫁様が来てくれるといいなと思っていた。

 エルヴィーノ様も、あんなに情熱的に私を想っていてくださっていたとは…
 嬉しいとかいうより、何故こんな私を、という疑問の方が強い。
 
 山賊討伐隊隊長としか思っていなかったエルヴィーノ様が侯爵様の息子で、私の従兄弟だったというだけでも驚天動地なのに、にぃ兄様が実はエルヴィーノ様の双子の弟だった、なんて…
 私の脳の処理能力を超えている。
 どう理解したらいいのか判らない。

 「セノフォンテ殿は少し思い違いをなさっている。
 クレメンティナは山賊討伐隊の邸にいた時には、自分が山賊に捕まりご愛妾候補として都に辿り着けなかったことで、シエーラの領主や家族に累が及ぶのを恐れて、クラリッサと名乗って、出自については一切話さなかったんだ。
 しかし俺は、かなり早い段階でクレメンティナがヴァラリオーティに繋がりのある人間だと判っていた。
 俺が何故、首都に凱旋する前に判ったかと言うと」

 場の空気を換えようと思ったのか、エルヴィーノ様が話し出す。
 私もそのことはずっと疑問だったので、思わず身を乗り出した。
 エルヴィーノ様は私を見て、手を伸ばし頭を撫でてそのまま話し出した。

 「クラリッサと名乗っていたクレメンティナは最初から、少し異質な存在だった。
 ガリガリに痩せて栄養状態は悪くつぎはぎの下着をつけていて、針仕事や給仕などを日常のようにこなすのに、どこか気品があって言葉遣いや立ち居振る舞いが綺麗で、教養もある。
 都でもめったに見ないような美人だし、謎の多すぎる女に俺は興味をひかれた」

 私を見つめながら淡々と話すエルヴィーノ様の言葉に、私はいちいち赤面する。
 エルヴィーノ様の濃いブラウンの瞳は、言われてみればにぃ兄様に似ている。
 そこに湛えられている強い感情に、私は見つめ返すことができず目を逸らす。

 「クレメンティナが山賊討伐隊の酔っぱらいの前で余興を迫られ、歌った歌の歌詞に、俺は驚いて席を立ちそうになった。
 ヴァラリオーティ家に伝わる、歌詞の一部を替えたものだったからだ。
 そもそもその歌は、広く巷間に流布する民謡ではあるけれど、その昔、ヴァラリオーティの祖先が戦でめざましい戦功をあげた時に作られた歌なんだ。
 だから、我が家では世間の歌詞とは違う部分がある」

 そう言えば、アレク様とフランシスカに尋ねられて歌った時『2か所、受動的な部分が能動的になっている』と言われた。
 そういうことだったんだ、あの時のエルヴィーノ様の周章狼狽の訳は…

 「しかし、誰に教わったか訊いてもクレメンティナは覚えていないと言う。
 まあ、皆が知っている歌だからなとは思ったものの、父親かも知れないと言ったことが引っかかった。
 父上が爵位を奪った伯父は、南部に行ったと聞いた覚えがある」

 「そしてアレクが都から軍を率いて山賊討伐隊の館に来たとき、晩餐会で歌った歌が…
 完全に、ヴァラリオーティ家にだけ伝わる歌で、俺はもうどう考えていいのか、混乱した。
 アレクも聞いたことくらいはあったんだろう、あいつの明晰な頭脳だったら見当がついてもおかしくない」

 エルヴィーノ様は手を降ろして膝でぎゅっと拳を握る。
 「俺は、最初、この事実を梃子に、大嫌いな父と兄を、権力の座から引きずり下ろそうと思った。
 しかしあの、化け物みたいな執着心で権力の座にしがみついて、私腹を肥やすことしか考えていない二人には、クレメンティナだけでは弱いと思った。
 だからセノフォンテ殿を探し出し、南部の子爵家に連絡を取って長兄という人物に侯爵の爵位を奪還しないかと持ち掛けてみようと」

 「アレクに力を借りればあるいは…と思ったが、アレクにも何か思惑があるみたいで、クレメンティナのことも…
 俺はあいつにこれ以上の借りを作るのは怖い」

 エルヴィーノ様は顔を上げて、まっすぐににぃ兄様とベアトリーチェ様を見つめる。
 「お二人にも、結婚となればさまざまな障害があることだろう。
 セノフォンテ殿が承諾してくれれば、俺と双子だということも、父を斃す理由になるかもしれない。
 そうしたら、貴方はヴァラリオーティ侯爵の子息ということで、堂々とトランクウィッロ家に求婚できるだろう」

 にぃ兄様とベアトリーチェ様は顔を見合わせた。
 困惑して、でも手を取り合うお二人を見て、私は少し安堵した。
 にぃ兄様にはお幸せになって欲しい。

 私は、…どうなるんだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

処理中です...