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第三章 都での生活

19.リーチェの訪問

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 エルヴィーノ様が部屋を出て行ってしばらく、私は呆然とソファに座り込んでいた。
 衝撃が大きすぎて、頭と感情がついて行かない。

 エルヴィーノ様が…私を?
 次男なのに首都に私邸を持つほどの方なら、お父上はきっと国の中枢にいらっしゃるお方だろう。
 いずれ名のある貴族なのだろうとは思っていたけれど、まさか。

 だって、山賊討伐隊の隊長として州境の山林を駆け回っておられたり、地方の小戦を収めに行かれたり、都の偉い貴族の御子息とは思えないし。
 それにお振る舞いは確かに優雅で品があるけれど、討伐隊の館にいらしたときのあのラフな格好や、割と乱暴な言葉遣い。

 『ヴァラリオーティ家の恥さらしな不出来の次男坊の俺』
 耳元で囁いたエルヴィーノ様の言葉が蘇る。

 ヴァラリオーティ…山賊討伐隊の邸で聞いたときも思ったけれど、どこかで聞いたことがある。
 都の偉い方のようだから、何かの国家事業が行われたときに聞いたとか?
 
 …いえそうじゃない気がする。
 もっと昔、幼いころ?
 どこで、どういうシチュエーションで聞いたのだったか…

 そこまで考えてはっとする。
 え…さっき、エルヴィーノ様は『何なら、俺はお前と一緒にシエーラに住んでも良い。お前の父親のように』と仰った?
 
 私、生まれ故郷のシエーラと、子爵家の娘であることは話したけど、お父様の出身についてまでは話していない。
 ということは、…???

 頭が混乱して、思わず頬を抑えていると、ドアが遠慮がちにノックされた。
 「クラリッサ…リーチェです。
 入って良い?」
 「あ、どうぞ」

 答えると、リーチェが扉を開けて入ってきた。
 後ろにアリアンナがワゴンを押してついてきている。

 「こんにちはクラリッサ。
 今日はエセルバート様のお稽古がお休みになるだろうから、クラリッサの相手をしておあげってアレク様に言われて遊びに来たの」
 「まあ、そうなの…
 ありがとうリーチェ」

 私はいつもと変わらぬ明るいリーチェの笑顔にほっとしながら、立ち上がってリーチェを向かいのソファへ誘った。
 アリアンナは「ジョルジーニ様から、お茶のお取替えを命じられてきました」と言って、すっかり冷めてしまったお茶を捨てて、リーチェの分も新しいあつあつのお茶を淹れてくれた。

 「エルヴィーノ様と何のお話をなさっていたの?」
 リーチェはお茶の湯気を吹きながら、何気ないふうに訊く。
 「あ、あの…
 わたくしの兄の居所が判ったと」

 「あらそうなのね、良かった!
 でも、それだけじゃあないわよね?
 ジョルジーニがこの部屋の扉の前でやきもきしていたのよ」
 「えっ…」

 私は先ほどのエルヴィーノ様の言葉や行為を思い出して顔が赤くなってしまうのを止められなかった。
 「やば、その反応!
 えっ、遂に仰ったのね?
 わーどうするのクラリッサ!」
 リーチェは楽しげに身を乗り出す。
 
 「え、どうするって言われても…」
 「この館からでていっちゃうの?
 エルヴィーノ様、ついてこいって仰ったんでしょう?」

 …どうしてリーチェが、そんなことまで知っているのかしら…
 黙って訝しげに見つめる私に、リーチェはこほんと咳払いして、ソファに座りなおした。
 「だって、クラリッサがエルヴィーノ様のお邸に行っちゃったら、こうやって気軽に遊びに来るなんてできなくなっちゃうじゃない?
 あたし、クラリッサとお出かけしたりおしゃべりするの、すごく好きなのよ」

 もじもじと組み合わせた手を動かしながら、リーチェはしょんぼりと話す。
 私は腰を浮かせてリーチェの手の上に自分の手を重ねた。

 「わたくしも、リーチェとこうやって過ごすのが大好きよ。
 まだ当面は、サン=バルロッテ館に置いていただくつもりよ。
 アレク様がどう仰るか判らないけれど…
 わたくしの故郷の友人が、どうしているか知りたいし」

 リーチェの可愛らしい手を撫でながら私が言うと、リーチェは顔をほころばせた。
 「本当?
 良かったぁ~アレク様も喜ぶわ」

 何で、アレク様が?喜ぶの?
 私が訊こうとしたとき、おずおずとアリアンナの声がした。
 「あの…クラリッサ様、そのことについてディーノから話がありました」

 私は驚いて振り返り、顔を赤くして立っているアリアンナを見た。
 「え、本当なの?
 話して、アリアンナ!」

 
 

 
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