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第三章 都での生活

14.エルヴィーノ様の訪問

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 その日は朝から蒸し暑く、私は稽古着に着替えながらもう汗をかき始めてうんざりした。
 暦博士によると今年は残暑が厳しいらしい。
 首都ピストリアよりずっと南に位置するシエーラでは、特に旱魃かんばつなどの話は聞かないけれど、穀物の収穫はどうだろうか。
 我が家の大して広くもない農地の、でも大切に育ててきた農作物は順調に生育しているだろうか。
 
 レオ兄様は、お母様はどうなさっているだろう。
 お館様に騙されて、結局、租税は軽くならず取引上限の撤廃もなくなった。
 その上私やにぃ兄様という労働力と家族を失ってしまった、お二人の負担を考えると胸が張り裂けそうになる。

 会いたい。
 にぃ兄様を探して、早く帰らないと。

 首都に来てからというもの、新たな知識を得て様々な経験ができる毎日が楽しくて、ずっと先延ばしにしていた。
 アレク様のご厚意に甘えているだけの、単なる居候なのに。
 私は本来、宿なしの身なのだ…

 エルヴィーノ様はもう帰ってきておられるのだろうか、アレク様も最近はお菓子やドレスの贈り物ばかりで全然情報をくださらない。
 にぃ兄様の行方は杳として知れないままだ。

 私は突如襲ってきた郷愁の念と、自分の立場に対する不安に駆られて稽古着を脱ぎ捨て、いつもの簡素なドレスを着て部屋の外へ出た。
 身支度を手伝おうと部屋に向かっていたらしい、アリアンナが驚いたように私を見て「クラリッサ様?!どうなさったのですか?」と追ってきた。

 「ジョルジーニはどこ?」
 私は振り向きもせず、執事のいそうな場所を思い浮かべながら訊く。
 この時間だと、客間かしら、厨房かしら。

 客間へ向かおうとしていた私は、廊下の角を曲がろうとして、向こうからやってきた人とぶつかりそうになる。
 「っと!」
 「きゃ!」

 私は咄嗟に身を引いて、ぶつかりそうになった人に謝る。
 「すみません、」
 「ああ、クラリッサ様!
 お呼びしに行こうとしておりました」
 私が身を引いたので、一歩踏み出してきたジョルジーニは、珍しくびっくりしたように私を見て大きな声で言った。

 「今日これから、エルヴィーノ様がいらっしゃるそうです。
 先日、首都にご到着になられたそうで、クラリッサ様にご報告なさりたいお話がおありになるとか。
 エセルバート様に申し上げましたら、今日はお休みで良いとのことでございました」
 「え、今日?」
 
 私はこのタイミングに驚いてジョルジーニを凝視する。
 ジョルジーニはきまり悪そうに咳払いし、私の後ろにいるアリアンナに目を遣った。
 「そういう訳だから、アリアンナ、早くクラリッサ様のお支度を」
 「はい!」

 アリアンナは元気に返事をして、「クラリッサ様、行きましょう」と私を促す。
 急に心臓がドキドキしはじめ、私は思わず胸に手をあてた。

 エルヴィーノ様が訪ねてくる。
 ご報告というのは、にぃ兄様のことだろう。
 見つかったのだろうか。
 にぃ兄様にお会いできるのだろうか。

 私はアリアンナに急かされながら部屋に戻り、山賊討伐隊の館でエルヴィーノ様が作ってくださったドレスに着替えて軽く化粧する。
 やはり、都会の水に慣れた今の私の目には、このドレスは少し野暮ったく映る。
 バルトロもそんなことを言っていたわ。
 そう言えば、バルトロも来るのかしら。 

 ジョルジーノが急いで手配してくれた髪結いの女性が、太った体躯を揺らしてやってきて、私の亜麻色の髪を結い上げて可愛らしい花のモチーフの髪飾りをつけた。

 上気した顔で鏡に映る自分は、以前エルヴィーノ様とお会いしていたころより肌が綺麗になり髪も艶を帯びて、華やかな感じになったと思う。
 最近の剣術の稽古(だけではない、軍人のような訓練)の成果もあって、少しガタイが良くなったような気もするけど…

 エルヴィーノ様は、私をご覧になってどうお感じになるだろう。
 女性らしくなったと思ってくださるだろうか。

 そんなことを考えていると、ドアがノックされ「エルヴィーノ様がお越しになりました」とジョルジーニの声がした。
 私は立ち上がり、アリアンナが開けてくれた扉から廊下に出て、ジョルジーニの後について客間に向かった。

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