54 / 172
第三章 都での生活
14.エルヴィーノ様の訪問
しおりを挟む
その日は朝から蒸し暑く、私は稽古着に着替えながらもう汗をかき始めてうんざりした。
暦博士によると今年は残暑が厳しいらしい。
首都ピストリアよりずっと南に位置するシエーラでは、特に旱魃などの話は聞かないけれど、穀物の収穫はどうだろうか。
我が家の大して広くもない農地の、でも大切に育ててきた農作物は順調に生育しているだろうか。
レオ兄様は、お母様はどうなさっているだろう。
お館様に騙されて、結局、租税は軽くならず取引上限の撤廃もなくなった。
その上私やにぃ兄様という労働力と家族を失ってしまった、お二人の負担を考えると胸が張り裂けそうになる。
会いたい。
にぃ兄様を探して、早く帰らないと。
首都に来てからというもの、新たな知識を得て様々な経験ができる毎日が楽しくて、ずっと先延ばしにしていた。
アレク様のご厚意に甘えているだけの、単なる居候なのに。
私は本来、宿なしの身なのだ…
エルヴィーノ様はもう帰ってきておられるのだろうか、アレク様も最近はお菓子やドレスの贈り物ばかりで全然情報をくださらない。
にぃ兄様の行方は杳として知れないままだ。
私は突如襲ってきた郷愁の念と、自分の立場に対する不安に駆られて稽古着を脱ぎ捨て、いつもの簡素なドレスを着て部屋の外へ出た。
身支度を手伝おうと部屋に向かっていたらしい、アリアンナが驚いたように私を見て「クラリッサ様?!どうなさったのですか?」と追ってきた。
「ジョルジーニはどこ?」
私は振り向きもせず、執事のいそうな場所を思い浮かべながら訊く。
この時間だと、客間かしら、厨房かしら。
客間へ向かおうとしていた私は、廊下の角を曲がろうとして、向こうからやってきた人とぶつかりそうになる。
「っと!」
「きゃ!」
私は咄嗟に身を引いて、ぶつかりそうになった人に謝る。
「すみません、」
「ああ、クラリッサ様!
お呼びしに行こうとしておりました」
私が身を引いたので、一歩踏み出してきたジョルジーニは、珍しくびっくりしたように私を見て大きな声で言った。
「今日これから、エルヴィーノ様がいらっしゃるそうです。
先日、首都にご到着になられたそうで、クラリッサ様にご報告なさりたいお話がおありになるとか。
エセルバート様に申し上げましたら、今日はお休みで良いとのことでございました」
「え、今日?」
私はこのタイミングに驚いてジョルジーニを凝視する。
ジョルジーニはきまり悪そうに咳払いし、私の後ろにいるアリアンナに目を遣った。
「そういう訳だから、アリアンナ、早くクラリッサ様のお支度を」
「はい!」
アリアンナは元気に返事をして、「クラリッサ様、行きましょう」と私を促す。
急に心臓がドキドキしはじめ、私は思わず胸に手をあてた。
エルヴィーノ様が訪ねてくる。
ご報告というのは、にぃ兄様のことだろう。
見つかったのだろうか。
にぃ兄様にお会いできるのだろうか。
私はアリアンナに急かされながら部屋に戻り、山賊討伐隊の館でエルヴィーノ様が作ってくださったドレスに着替えて軽く化粧する。
やはり、都会の水に慣れた今の私の目には、このドレスは少し野暮ったく映る。
バルトロもそんなことを言っていたわ。
そう言えば、バルトロも来るのかしら。
ジョルジーノが急いで手配してくれた髪結いの女性が、太った体躯を揺らしてやってきて、私の亜麻色の髪を結い上げて可愛らしい花のモチーフの髪飾りをつけた。
上気した顔で鏡に映る自分は、以前エルヴィーノ様とお会いしていたころより肌が綺麗になり髪も艶を帯びて、華やかな感じになったと思う。
最近の剣術の稽古(だけではない、軍人のような訓練)の成果もあって、少しガタイが良くなったような気もするけど…
エルヴィーノ様は、私をご覧になってどうお感じになるだろう。
女性らしくなったと思ってくださるだろうか。
そんなことを考えていると、ドアがノックされ「エルヴィーノ様がお越しになりました」とジョルジーニの声がした。
私は立ち上がり、アリアンナが開けてくれた扉から廊下に出て、ジョルジーニの後について客間に向かった。
暦博士によると今年は残暑が厳しいらしい。
首都ピストリアよりずっと南に位置するシエーラでは、特に旱魃などの話は聞かないけれど、穀物の収穫はどうだろうか。
我が家の大して広くもない農地の、でも大切に育ててきた農作物は順調に生育しているだろうか。
レオ兄様は、お母様はどうなさっているだろう。
お館様に騙されて、結局、租税は軽くならず取引上限の撤廃もなくなった。
その上私やにぃ兄様という労働力と家族を失ってしまった、お二人の負担を考えると胸が張り裂けそうになる。
会いたい。
にぃ兄様を探して、早く帰らないと。
首都に来てからというもの、新たな知識を得て様々な経験ができる毎日が楽しくて、ずっと先延ばしにしていた。
アレク様のご厚意に甘えているだけの、単なる居候なのに。
私は本来、宿なしの身なのだ…
エルヴィーノ様はもう帰ってきておられるのだろうか、アレク様も最近はお菓子やドレスの贈り物ばかりで全然情報をくださらない。
にぃ兄様の行方は杳として知れないままだ。
私は突如襲ってきた郷愁の念と、自分の立場に対する不安に駆られて稽古着を脱ぎ捨て、いつもの簡素なドレスを着て部屋の外へ出た。
身支度を手伝おうと部屋に向かっていたらしい、アリアンナが驚いたように私を見て「クラリッサ様?!どうなさったのですか?」と追ってきた。
「ジョルジーニはどこ?」
私は振り向きもせず、執事のいそうな場所を思い浮かべながら訊く。
この時間だと、客間かしら、厨房かしら。
客間へ向かおうとしていた私は、廊下の角を曲がろうとして、向こうからやってきた人とぶつかりそうになる。
「っと!」
「きゃ!」
私は咄嗟に身を引いて、ぶつかりそうになった人に謝る。
「すみません、」
「ああ、クラリッサ様!
お呼びしに行こうとしておりました」
私が身を引いたので、一歩踏み出してきたジョルジーニは、珍しくびっくりしたように私を見て大きな声で言った。
「今日これから、エルヴィーノ様がいらっしゃるそうです。
先日、首都にご到着になられたそうで、クラリッサ様にご報告なさりたいお話がおありになるとか。
エセルバート様に申し上げましたら、今日はお休みで良いとのことでございました」
「え、今日?」
私はこのタイミングに驚いてジョルジーニを凝視する。
ジョルジーニはきまり悪そうに咳払いし、私の後ろにいるアリアンナに目を遣った。
「そういう訳だから、アリアンナ、早くクラリッサ様のお支度を」
「はい!」
アリアンナは元気に返事をして、「クラリッサ様、行きましょう」と私を促す。
急に心臓がドキドキしはじめ、私は思わず胸に手をあてた。
エルヴィーノ様が訪ねてくる。
ご報告というのは、にぃ兄様のことだろう。
見つかったのだろうか。
にぃ兄様にお会いできるのだろうか。
私はアリアンナに急かされながら部屋に戻り、山賊討伐隊の館でエルヴィーノ様が作ってくださったドレスに着替えて軽く化粧する。
やはり、都会の水に慣れた今の私の目には、このドレスは少し野暮ったく映る。
バルトロもそんなことを言っていたわ。
そう言えば、バルトロも来るのかしら。
ジョルジーノが急いで手配してくれた髪結いの女性が、太った体躯を揺らしてやってきて、私の亜麻色の髪を結い上げて可愛らしい花のモチーフの髪飾りをつけた。
上気した顔で鏡に映る自分は、以前エルヴィーノ様とお会いしていたころより肌が綺麗になり髪も艶を帯びて、華やかな感じになったと思う。
最近の剣術の稽古(だけではない、軍人のような訓練)の成果もあって、少しガタイが良くなったような気もするけど…
エルヴィーノ様は、私をご覧になってどうお感じになるだろう。
女性らしくなったと思ってくださるだろうか。
そんなことを考えていると、ドアがノックされ「エルヴィーノ様がお越しになりました」とジョルジーニの声がした。
私は立ち上がり、アリアンナが開けてくれた扉から廊下に出て、ジョルジーニの後について客間に向かった。
2
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる