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第三章 都での生活

12.ベッドサイド

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 気がつくと私はサン=バルロッテ館のベッドに寝かされようとしているところだった。
 目をうっすら開けると、アレク様の横顔が至近距離にあって、私は慌ててまた目を閉じた。
 ドキドキする…顔、赤くなってないかしら。
 
 「クラリッサ…」
 アレク様は呟いて、私の額から頬にかけてを優しく撫でる。
 私が起きているのには気づいていないようだ。

 「エルヴィーノが帰ってくる。
 こんな状況になって、自分の気持ちを自覚するなんて…俺はバカだな。
 もう少し俺は暴君で居なきゃならない、だから…今少しそなたを…俺の手の中に」
 囁くように言って、アレク様は私の頬にキスした。

 私は心臓がバクバクしてしまって、目を開けてアレク様にいろいろ訊きたい気持ちを抑えて寝たふりをするのに全神経を集中させていた。
 「お前の素性はエルヴィーノが調べ上げるだろう。
 その時が…別れになるかそれとも」
 「アレク様、もうお戻りあそばされなければ。
 ダイアナ様おひとりでは持ちそうにありません」
 
 扉が開けられ、緊迫の雰囲気を漂わせて従者が小さな声で言う。
 「判ってる」
 アレク様は言いざまに立ち上がって、私の髪を撫で、立ち去って行った。

 私は扉が閉まる音を聞いて、目を開ける。
 頬に手をやると、わぁ熱い…
 これは絶対、真っ赤になってるはず。
 気づかれたかな。

 私は横たわったまま、天井を見上げた。
 もう…何が何だか、訳が判らない。

 にぃ兄様に似ていた、あの紳士のこと。
 懐かしいあの笑顔を見て、もう頭が真っ白になってしまった。
 紋章を覚えたから、慌てずに明日にでもゆっくり探せば良かったのだ、今思えば。

 アレク様は、何かのパーティに参加されていらっしゃったのだろうか。
 私を、探しに?
 
 アレク様の言葉はいちいち謎だらけだし、頬にキスとか…
 どういう意味なのか全然判らないけど、アレク様にとってはもしかしたら日常なのかもしれないけど、少なくとも私はそんなこと男の人にされるのは初めてで…
 はぁ、心臓に悪い。
 
 慎み深いレディの嗜みとしては、拒否しなきゃいけなかったのかな??
 だけど気を失っている前提だったし、嫌では…なかった、から…

 私、どうしちゃったんだろう。
 お母様、教えてください。
 この感情は何なの?
 
 エルヴィーノ様が帰ってくる。
 素直に嬉しい。
 けど、なんだろう、以前のような胸の高鳴り、といった感情が湧いてこない。
 
 エルヴィーノ様は私の素性を調べ上げるだろうって…
 どうやって調べるのかな。
 尋問されるのだろうか。
 追い出される覚悟で、全部話すしかないのか。

 そんなことを考えながら、いつしか私は眠ってしまった。

 「起きなさい!
 クラリッサ!」
 雷のような声で怒鳴られ、私はがばっと跳ね起きた。

 「ごめんなさい、レオ兄様!」
 「ああ?」
 私は寝ぼけて、シエーラの我が家にいてレオ兄様に叩き起こされていた幼いころのように謝ると、呆れたような声が降ってくる。

 見上げると、巨躯のレオ兄様…ではなく、エセルバート様が見下ろしていた。
 「体調はどうだ?
 昨夜は城下町外の荒れ地まで馬で行ったそうだが…
 アレク様が、発熱しているようだと」

 これ、怒ってるわけじゃなくて普通の、普段の声なんだわね。
 大きくて怒鳴られているような気しかしないけど、よく聞くと心配そうな色がにじんでいる。
 ていうか、アレク様、私の顔が赤いのは発熱してるからだと思ったのね…

 「いえ、大丈夫です」
 「クラリッサがどうしても嫌がるようだったら、剣の指南は止めていいということだった。
 どうする?」
 「え?嫌ではないですけど」
 「無理にやらせようとしたから、それが嫌で逃げ出したのではないのか?
 アレク様の落ち込みようときたら…」

 ありゃ…それは申し訳ない。
 「あれは、行方不明の兄を馬車の中に見かけたような気がして、咄嗟に追いかけようとして、不案内な都の複雑な道に迷ってしまいました。
 エセルバート様にはご教授いただきたいと思っています」
 私が正直に言うと、エセルバート様は膝を叩いてワハハと笑い出す。

 「そうか、それじゃ、地図の見方を教えるついでにこの都のことも教えよう。
 結構歴史が古いからな、入り組んでるんだよ」
 ふうっと大きく息を吐きだし、私を真剣な瞳で見つめた。
 
 「昨夜は、第1回目のご愛妾候補の選別のパーティで…
 大変な騒ぎになった。
 奥方様が助けてくださったが、これからどうなるか」
 「え?」
 「豪胆なアレク様があんなに取り乱すのを見たのは初めてだ。
 クラリッサには、アレク様を支えて欲しいと、これは私の勝手な願いだが」

 ぽかんと見つめる私の頭を、エセルバート様はわしゃわしゃとかき混ぜた。
 「よし、じゃあ、今日から始めよう。
 やると言ったのだから、途中で止めることは許さんからな!」
 

 
 
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