身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第二章 都へ

16.呼び出し

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 私が驚いたことに、都までの旅は貴族の物見遊山的なものではなく、軍隊の行軍のようで進みはすごく早かった。
 まあ、経緯を考えれば当然かもしれないけど、出がけにちらっと見かけたアレク様の、まるで宮殿にでもいるような優雅な佇まいから、そういう厳しい感じはまったく受けなかったので意外に思った。

 食事は外で兵士たちが煮炊きしたもので、流石に夜は宿に泊まるものと思っていたのだけど、なんと天幕を張り組み立て式の簡易寝台を置いて寝るという、野営に近いものだった。
 フランシスカとリーチェは、そんな行軍は初体験の私をとても心配して気遣ってくれたけど、私にしてみればシエーラの我が家のベッドと変わらない寝心地で、むしろ羽根布団があるだけ暖かく快適だった。

 簡易とはいえ寝台を3台も置ける天幕は、ものすごく大きくて兵士が5人がかりで組み立てた。
 こんなこと、そう何日もやりたくないわよね、そりゃ少しでも早く進みたいと思う気持ちはよく判る。

 「アレク様は、外国の手練の騎士の方を招聘して、自らその方と寝食を共にして剣術や馬術はもちろん、戦術の立て方やいろんなことを教わられたの。
 エルヴィーノ様もご一緒の時期もあったと思うわ」
 「今回は急だったし、あまり人も物も揃えられなくて、宿も準備が間に合わないってことで、こんな形になってしまったんですよね~」

 簡易ベッドはともかく、なんか天幕って怖くないですかぁ?
 リーチェが不服そうに言い、フランシスカに窘められていた。

 しかしなんだかんだ言いながら、フランシスカがアレク様の天幕に行って身の回りのことをしている間に、リーチェはてきぱきとフランシスカのベッドとナイトウェアを調えてお茶の支度をし、自分も着替えて私の世話まで焼いてくれた。

 私がリーチェから渡された袋のようなものを頭から被り、その中で着替え(天幕に更衣中の影が映ることがあるかららしい)をしようとしていると、外から声がかかった。
 「クラリッサ殿に申し上げます!
 近衛隊長がお呼びでございます、すぐにお越しください!」

 近衛隊長??
 私がそんな人に何故??

 リーチェが「あ、アレク様の側近です、早く行かないとアレク様が怒りますよ」と慌てたように言い、私は急いで被っていた袋を脱いだ。
 リーチェは私を椅子に座らせて、ぱぱっと髪を整えてくれた。

 「アレク様って…」
 「無類のせっかちな方ですね。
 フランシスカ様もよく困っておられます」
 肩をすくめてリーチェは言い、私は不謹慎と思いながらも少し笑ってしまった。

 急いで天幕を出て、満点の星空の下、兵士の持つ松明の明かりを頼りにアレク様の天幕へ急いだ。
 今夜は風が強いようで、ともすれば松明なのに消えてしまいそうになり、私はどこかへ飛び火しないかハラハラした。
 
 ばたばたと風にあおられているひときわ大きな天幕に着き、兵士は衛兵に合図して警戒を解かせ、大きな声で言う。
 「クラリッサ殿の到着でございます!」
 「おう、入れ」
 リーチェの言うようにアレク様の声が聞こえ、私は兵士が恭しくめくった天幕の入り口から明るい光がさす中へ入った。

 中はたくさんの蝋燭が灯されて明るかった。
 低い食事用のテーブルに地図のようなものが広げてあり、その周りを4人の男性が取り囲んで座っていた。
 困惑したような表情のフランシスカがその後ろに控えている。

 「もう寝ているかと思ったが、ちょっと聞きたいことがあってね」
 悪びれもせずアレク様が言い、私はスカートをつまんで片足を引いてお辞儀した。
 そこにいた、アレク様以外の男性たち(おじさんばかりだった)がちょっと驚いたような顔をになった。

 「顔をあげろクラリッサ」
 アレク様は、出がけの時のようなばりっとした格好ではなく、昨日の朝のようなラフな普段着だった。
 それはそれで、貴公子に似ず筋肉質な身体の線が蝋燭の光に浮き彫りになっていて、私は思わず目を逸らす。

 「エルヴィーノから聞いたが、お前は南部の出身だそうだな」
 「あ…はい、さようでございます」
 「どの辺りだ?国境に近いのか?」
 私はぐっと唇を噛む。
 それを言ってしまうと、身バレしてしまうかもしれない。
 …言えない…お兄様を探すまでは…

 黙りこむ私に、周りの側近らしきおじさん達が「答えろ!」と気色ばむ。
 私は怖くて身を竦めたがそれでも口をつぐんでいると、立ち上がろうとした一人のおじさんを押し止めて、アレク様がふうっと息を吐いた。

 「強情な娘だな。
 山賊に襲われても抵抗する声が響いていたと聞いたが…
 良い、人払いしてやる。
 それに言いたくないことは言わなくて大丈夫だ」
 
 アレク様の言葉に、おじさん達はざわめく。
 「必要なことは聞いておく。
 …それからお前ら、少しは察しろよ」
 最後の言葉はにやっと笑ってアレク様は言った。

 おじさん達は困惑したように、でも僅かにわらって「では、失礼致します。良い夜を」と言って天幕を出ていった。

 「ああ、めんどくせえ。
 おっさん達には猥談が一番効くよな」
 と言ってアレク様は髪をかき上げる。

 そそくさと出ていこうとするフランシスカを呼び止めた。
 「お前はここに居ていいよフランシスカ」
 そして、身を竦めたままの私に、優しく笑いかけた。
 「そんなに怯えなくていい、何もしやしないさ」


 
 
 
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