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第二章 都へ
14.馬車の中で
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馬車の中には、先客がいた。
乗合なのね、ま、使用人の乗る馬車なんだから当然ね。
私は先客の女性にぺこりと会釈した。
その女性は20代後半から30歳くらいといった年齢だろうか、落ち着いた感じの藤色のドレスとあっさりした装飾品がとてもよく似合う、理知的な感じの女性だった。
女性はちょっと驚いたようにその綺麗なブルーグレーの目を瞠り、それからふうっと微笑んで会釈を返してくれた。
わあ、美しい人…
私は思わず見惚れてしまう。
「初めまして、あの、わたくし…」
女性の向かいの席に腰かけた私が、挨拶をしなければと口を開くと、その女性はにっこり笑って「もう一人来るから、自己紹介はそれからにしましょう」と静かな声で言った。
その時、騒々しい音とともに馬車の扉が開かれて、山の涼しすぎる空気が流れ込んできた。
「すみません、遅くなりましたぁ~」
ガチャンバタンとけたたましい音を立て、乗り込んできて私の隣に腰かけて扉を閉める。
すぐに御者が外から鍵をかけ「しゅっぱーつーいたしまーすー」と長く節をつけて言い、はいっと声がして馬車はゴロゴロと動き出した。
山道でまったく均されていないところを進むので結構揺れる。
「スーツケースの蓋が全然閉まらなくてっ
めっちゃ焦りましたぁ」
騒がしく乗り込んできた少女は、ふうーっと大きく息を吐いて言ったあと、突然隣に座る私に気づいたようで「え?誰?」と顔を振りむけて問う。
私は、無邪気に見つめるブラウンの瞳に何故かたじろぎ「あの、わたくし、ご一緒させていただくことになりました、あの、クラリッサと申します」とたどたどしく自己紹介した。
「…ああ!昨夜、エルヴィーノ様がおっしゃってた!
こんな美人だったんだぁ」
思い出したように私をしげしげ見て、それからうんうんとうなずく。
「初めまして、クラリッサさん。
私はアレク様の侍女のフランシスカと申します、この子は私の侍女の」
「リーチャって言います!よろしくねクラリッサさん!」
落ち着いた静かな声に被せるように明るい声が車内に響く。
私も微笑んで会釈した。
良かった、とりあえずは嫌がられてはいないようだ。
本当はこの二人だけでこの馬車を使うはずだったのだろうから、気を悪くしているだろうと思ったのだけど。
「ああ…眠い~
何でいつもこんなに急なんだろ」
大あくびしてリーチャさんが背もたれにぐったり寄りかかる。
「今回は特別よ。
行軍のお供をしてきたのだから」
苦笑してフランシスカさんが言う。
「そうやってフランシスカ様が甘やかすから、アレク様があんなんなっちゃうんですよぉ」
「こら。そういう言い方は、たとえこういう場でもいけないわ。
アレク様のお立場でこういうところへいらっしゃるのは大変だったのだから」
「…まあ、そうですけど~」
でもこんなに朝早くでなくたって…とまだブツブツ言っている。
私の訝しげな視線に気づいたのか、フランシスカさんはニコッと笑う。
「わたくしの母が、アレク様の乳母だったのです。
そのご縁でわたくしはアレク様の侍女兼養育係と申しますか…家庭教師の真似事もいたしておりますの」
理知的な深いブルーグレーの瞳に優しい光が宿る。
アレク様を敬愛しているのだな、と私は思い、うなずいた。
「ねえねえ、クラリッサさんはエルヴィーノ様とどういう関係?」
興味津々といったように、リーチャさんが私の顔を覗き込むように訊いてくる。
私は少し考え、二人に向かって話し出した。
「わたくしのことはクラリッサと呼び捨てになさってくださいね。
あの、わたくしは、旅の途中、山賊に襲われていたところをエルヴィーノ様率いる山賊討伐隊の方々に助けていただきましたの。
その際に、同行しておりました兄が行方不明になってしまい…
都方面へ向かう方に助けられたらしい、という情報がございましたのでエルヴィーノ様が探してくださるという話だったのでございます」
私はかなり話を端折って話した。
嘘はついていないし、真実を話すわけにはいかない、今まだここでは。
二人は私の話を聞いて深刻そうな表情で「まあ…それは大変ね」と言った。
「エルヴィーノ様は、引き続き南西の方へ向かうことになってしまったから、アレク様が代わりに兄上様を探してくださる、ってことですのね」
「山賊ってホントに悪い奴らですよね、フランシスカ様!」
フランシスカさんは思慮深そうに呟き、リーチャさんは憤慨したように手を振り回す。
にぃ兄様…今どこで何をしていらっしゃるだろう。
どうぞご無事で。
私は自分でも知らず、両手を堅く握りしめた。
「大丈夫よ、クラリッサ。
兄上様はご無事でいらっしゃるわ。
アレク様はあれでとてもご親切で優しい方だから、きっとすぐに見つけてくださるわよ」
私の方へ身を乗り出し、フランシスカさんが私の手を優しく叩く。
「そうですよ~
アレク様って、見えないけどめちゃめちゃ偉い方なんですから」
「こら、お止めなさいと言っているでしょう」
こんなふうにして、私の都ゆきの旅は思わぬ形で再開されたのだった。
乗合なのね、ま、使用人の乗る馬車なんだから当然ね。
私は先客の女性にぺこりと会釈した。
その女性は20代後半から30歳くらいといった年齢だろうか、落ち着いた感じの藤色のドレスとあっさりした装飾品がとてもよく似合う、理知的な感じの女性だった。
女性はちょっと驚いたようにその綺麗なブルーグレーの目を瞠り、それからふうっと微笑んで会釈を返してくれた。
わあ、美しい人…
私は思わず見惚れてしまう。
「初めまして、あの、わたくし…」
女性の向かいの席に腰かけた私が、挨拶をしなければと口を開くと、その女性はにっこり笑って「もう一人来るから、自己紹介はそれからにしましょう」と静かな声で言った。
その時、騒々しい音とともに馬車の扉が開かれて、山の涼しすぎる空気が流れ込んできた。
「すみません、遅くなりましたぁ~」
ガチャンバタンとけたたましい音を立て、乗り込んできて私の隣に腰かけて扉を閉める。
すぐに御者が外から鍵をかけ「しゅっぱーつーいたしまーすー」と長く節をつけて言い、はいっと声がして馬車はゴロゴロと動き出した。
山道でまったく均されていないところを進むので結構揺れる。
「スーツケースの蓋が全然閉まらなくてっ
めっちゃ焦りましたぁ」
騒がしく乗り込んできた少女は、ふうーっと大きく息を吐いて言ったあと、突然隣に座る私に気づいたようで「え?誰?」と顔を振りむけて問う。
私は、無邪気に見つめるブラウンの瞳に何故かたじろぎ「あの、わたくし、ご一緒させていただくことになりました、あの、クラリッサと申します」とたどたどしく自己紹介した。
「…ああ!昨夜、エルヴィーノ様がおっしゃってた!
こんな美人だったんだぁ」
思い出したように私をしげしげ見て、それからうんうんとうなずく。
「初めまして、クラリッサさん。
私はアレク様の侍女のフランシスカと申します、この子は私の侍女の」
「リーチャって言います!よろしくねクラリッサさん!」
落ち着いた静かな声に被せるように明るい声が車内に響く。
私も微笑んで会釈した。
良かった、とりあえずは嫌がられてはいないようだ。
本当はこの二人だけでこの馬車を使うはずだったのだろうから、気を悪くしているだろうと思ったのだけど。
「ああ…眠い~
何でいつもこんなに急なんだろ」
大あくびしてリーチャさんが背もたれにぐったり寄りかかる。
「今回は特別よ。
行軍のお供をしてきたのだから」
苦笑してフランシスカさんが言う。
「そうやってフランシスカ様が甘やかすから、アレク様があんなんなっちゃうんですよぉ」
「こら。そういう言い方は、たとえこういう場でもいけないわ。
アレク様のお立場でこういうところへいらっしゃるのは大変だったのだから」
「…まあ、そうですけど~」
でもこんなに朝早くでなくたって…とまだブツブツ言っている。
私の訝しげな視線に気づいたのか、フランシスカさんはニコッと笑う。
「わたくしの母が、アレク様の乳母だったのです。
そのご縁でわたくしはアレク様の侍女兼養育係と申しますか…家庭教師の真似事もいたしておりますの」
理知的な深いブルーグレーの瞳に優しい光が宿る。
アレク様を敬愛しているのだな、と私は思い、うなずいた。
「ねえねえ、クラリッサさんはエルヴィーノ様とどういう関係?」
興味津々といったように、リーチャさんが私の顔を覗き込むように訊いてくる。
私は少し考え、二人に向かって話し出した。
「わたくしのことはクラリッサと呼び捨てになさってくださいね。
あの、わたくしは、旅の途中、山賊に襲われていたところをエルヴィーノ様率いる山賊討伐隊の方々に助けていただきましたの。
その際に、同行しておりました兄が行方不明になってしまい…
都方面へ向かう方に助けられたらしい、という情報がございましたのでエルヴィーノ様が探してくださるという話だったのでございます」
私はかなり話を端折って話した。
嘘はついていないし、真実を話すわけにはいかない、今まだここでは。
二人は私の話を聞いて深刻そうな表情で「まあ…それは大変ね」と言った。
「エルヴィーノ様は、引き続き南西の方へ向かうことになってしまったから、アレク様が代わりに兄上様を探してくださる、ってことですのね」
「山賊ってホントに悪い奴らですよね、フランシスカ様!」
フランシスカさんは思慮深そうに呟き、リーチャさんは憤慨したように手を振り回す。
にぃ兄様…今どこで何をしていらっしゃるだろう。
どうぞご無事で。
私は自分でも知らず、両手を堅く握りしめた。
「大丈夫よ、クラリッサ。
兄上様はご無事でいらっしゃるわ。
アレク様はあれでとてもご親切で優しい方だから、きっとすぐに見つけてくださるわよ」
私の方へ身を乗り出し、フランシスカさんが私の手を優しく叩く。
「そうですよ~
アレク様って、見えないけどめちゃめちゃ偉い方なんですから」
「こら、お止めなさいと言っているでしょう」
こんなふうにして、私の都ゆきの旅は思わぬ形で再開されたのだった。
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