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第二章 都へ
11.バルトロとの別れ
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待ちきれなかったのか、忙しかったのか、部屋の前からいなくなっていたアドルナートを探しつつ、私は部屋を出て邸の奥の方にあるのだろう(多分)、客間に向かう。
途中でエルダさんと行き会った。
「アドルナートさん?
あれ、さっき見かけたけど、なんだか急いでて…
あっちに行ったかな」
と曖昧に指さす。
「っていうか、クラリッサあんた、ずいぶんきれいになったねえ!
最初見た時、誰かと思っちまったよ。
うん、やっぱしあんたは使用人の服よりもそっちの方が似合う人だよね」
うんうんと頷いて笑う。
私は何となくきまり悪くて、もじもじと両手を動かす。
出自は貴族だけど、実際は農民と大差ない生活してきたし、自分の髪の手入れも怠っているような私がそんな風に言われるとすごく恥ずかしい。
お母様には常に「子爵令嬢としての立ち居振る舞いを忘れないように」と厳しく言われていたけど、あのボロボロの下着なんかを見られているであろうエルダさんには、虚勢を張っているようにしか見られないんじゃないかと思ってしまう。
「クラリッサ?!」
廊下の向こうから声がして、振り向くとバルトロが走ってくるところだった。
「アドルナートさんに言われて、クラリッサの部屋まで迎えに行ったんだけど、もう出たって言われて探してた」
バルトロは私の前で立ち止まると、少し息を切らしながら私を見つめる。
「…すごい、綺麗だ。
俺はもう、二度と君には会えないかもしれない。
この姿を目に焼き付けておくよ」
「え…どうして?」
バルトロの瞳を一瞬過った、すごく悲しそうな暗い影に私は驚いて尋ねる。
バルトロは目を伏せていつもの笑顔を浮かべて「ほら、急いで。またアドルナートさんに怒られちゃうよ」と言って私の手を取った。
思った通り、いつもは行ったことのない邸の奥の方へ連れて行かれる。
だけど廊下や窓際に私の活けた花の花瓶が置いてあって、私はバルトロに手を引かれながら不思議に思い、それらを見遣る。
「アドルナートさんが、お客様をお迎えするときに、邸中のクラリッサの活けた花をここに持ってきて飾れって。
すごく華やかでいいよな」
私の視線を追ったバルトロが微笑んで言う。
アドルナートが部屋の扉の前に立っているのが見える位置で、バルトロは立ち止まって私の方を向いた。
「これでお別れだな。
あと1回くらい会えるかもしれないけど判らないから、ここで言っておくよ。
俺に恋を教えてくれてありがとう。
片恋だけど…すごく満たされた気持ちになったんだ。
幸せに、なってください」
泣きそうな表情で無理に笑顔を作って懸命に話すバルトロに、私は言い知れない不安を感じて、思わずすがるように手を伸ばす。
「どうして?
どういう意味なの?
ここから…いなくなっちゃうの?」
エルヴィーノ様は?
エルヴィーノ様もいなくなっちゃうの?
私の表情を見て、バルトロは泣き笑いをさらに深くして「大丈夫、君は幸せになれるよ」と言って、私の背を押した。
「今度もし会ったら、またバルトロって呼んで笑ってくれよ。
じゃ…さようなら」
「クラリッサ!」
アドルナートの呼ぶ声がする。
私は後ろ髪引かれながらも足を踏み出した。
「早くしろ、私の首が飛ぶ」
アドルナートはせかせかとノックして「クラリッサ嬢のお越しでございます」と大きな声で呼ばわる。
「おう、入れ」
中でアレク様の声がして、アドルナートは少し驚いたような顔をして「ご本人様がお返事を…」と呟いた。
中の声を合図に扉の横で槍を斜めに構えていた兵士たちが直立し、槍を解く。
アドルナートは部屋の扉を開けた。
「行きなさい」
さっきのバルトロのようにアドルナートは私の背を押した。
ポンポンと優しく励ますように背を叩く。
「クラリッサ、こっちだ」
奥の方から声が聞こえ、私は声のした方へ足を踏み入れた。
「お、今日はまだまともじゃないか?」
アレク様は執務をするような机に寄り掛かって立っていたが、私を見て近づいてくる。
机の向こうには、エルヴィーノ様も立っていた。
エルヴィーノ様はいつものように明るい茶色の長い髪を梳き流し、女性かと見紛うような優雅な佇まいで私をちょっと驚いたような顔で見ていた。
アレク様は昨日と全然違って、今日はやたらラフな格好だった。
声を聴かなければ、昨日の方と同一人物とは思えないかもしれない。
エルヴィーノ様と同じように、焦茶色の髪をなびかせてフリルがたくさんついたシャツを着て、身体にぴったりフィットした乗馬着のようなショーツに長靴を履いている。
「これは手の入れ甲斐があるな。
楽しみだ。なあ、エルヴィーノ?」
アレク様は私の前に立って、手を伸ばして私の下顎に指をあてて仰向かせる。
「アレク…そんな田舎娘に何をしようと言うんだ。
俺が、故郷へ連れて行くと約束したんだよ。
だから、頼むから」
エルヴィーノ様はアレク様の横に来て懇願するように言う。
アレク様はそのダークブラウンの瞳にからかうような光を浮かべ、エルヴィーノ様を振り返った。
「ほんっと、この娘に関してはお前らしくない言動ばかりだな。
どうしたんだ。
お前、この娘が」
「違う!」
アレク様の揶揄を含んだような声を、エルヴィーノ様は大きな声で遮る。
首を大きく横に振る。
私は、なぜかその時、胸がぎゅっと苦しくなった。
エルヴィーノ様…
途中でエルダさんと行き会った。
「アドルナートさん?
あれ、さっき見かけたけど、なんだか急いでて…
あっちに行ったかな」
と曖昧に指さす。
「っていうか、クラリッサあんた、ずいぶんきれいになったねえ!
最初見た時、誰かと思っちまったよ。
うん、やっぱしあんたは使用人の服よりもそっちの方が似合う人だよね」
うんうんと頷いて笑う。
私は何となくきまり悪くて、もじもじと両手を動かす。
出自は貴族だけど、実際は農民と大差ない生活してきたし、自分の髪の手入れも怠っているような私がそんな風に言われるとすごく恥ずかしい。
お母様には常に「子爵令嬢としての立ち居振る舞いを忘れないように」と厳しく言われていたけど、あのボロボロの下着なんかを見られているであろうエルダさんには、虚勢を張っているようにしか見られないんじゃないかと思ってしまう。
「クラリッサ?!」
廊下の向こうから声がして、振り向くとバルトロが走ってくるところだった。
「アドルナートさんに言われて、クラリッサの部屋まで迎えに行ったんだけど、もう出たって言われて探してた」
バルトロは私の前で立ち止まると、少し息を切らしながら私を見つめる。
「…すごい、綺麗だ。
俺はもう、二度と君には会えないかもしれない。
この姿を目に焼き付けておくよ」
「え…どうして?」
バルトロの瞳を一瞬過った、すごく悲しそうな暗い影に私は驚いて尋ねる。
バルトロは目を伏せていつもの笑顔を浮かべて「ほら、急いで。またアドルナートさんに怒られちゃうよ」と言って私の手を取った。
思った通り、いつもは行ったことのない邸の奥の方へ連れて行かれる。
だけど廊下や窓際に私の活けた花の花瓶が置いてあって、私はバルトロに手を引かれながら不思議に思い、それらを見遣る。
「アドルナートさんが、お客様をお迎えするときに、邸中のクラリッサの活けた花をここに持ってきて飾れって。
すごく華やかでいいよな」
私の視線を追ったバルトロが微笑んで言う。
アドルナートが部屋の扉の前に立っているのが見える位置で、バルトロは立ち止まって私の方を向いた。
「これでお別れだな。
あと1回くらい会えるかもしれないけど判らないから、ここで言っておくよ。
俺に恋を教えてくれてありがとう。
片恋だけど…すごく満たされた気持ちになったんだ。
幸せに、なってください」
泣きそうな表情で無理に笑顔を作って懸命に話すバルトロに、私は言い知れない不安を感じて、思わずすがるように手を伸ばす。
「どうして?
どういう意味なの?
ここから…いなくなっちゃうの?」
エルヴィーノ様は?
エルヴィーノ様もいなくなっちゃうの?
私の表情を見て、バルトロは泣き笑いをさらに深くして「大丈夫、君は幸せになれるよ」と言って、私の背を押した。
「今度もし会ったら、またバルトロって呼んで笑ってくれよ。
じゃ…さようなら」
「クラリッサ!」
アドルナートの呼ぶ声がする。
私は後ろ髪引かれながらも足を踏み出した。
「早くしろ、私の首が飛ぶ」
アドルナートはせかせかとノックして「クラリッサ嬢のお越しでございます」と大きな声で呼ばわる。
「おう、入れ」
中でアレク様の声がして、アドルナートは少し驚いたような顔をして「ご本人様がお返事を…」と呟いた。
中の声を合図に扉の横で槍を斜めに構えていた兵士たちが直立し、槍を解く。
アドルナートは部屋の扉を開けた。
「行きなさい」
さっきのバルトロのようにアドルナートは私の背を押した。
ポンポンと優しく励ますように背を叩く。
「クラリッサ、こっちだ」
奥の方から声が聞こえ、私は声のした方へ足を踏み入れた。
「お、今日はまだまともじゃないか?」
アレク様は執務をするような机に寄り掛かって立っていたが、私を見て近づいてくる。
机の向こうには、エルヴィーノ様も立っていた。
エルヴィーノ様はいつものように明るい茶色の長い髪を梳き流し、女性かと見紛うような優雅な佇まいで私をちょっと驚いたような顔で見ていた。
アレク様は昨日と全然違って、今日はやたらラフな格好だった。
声を聴かなければ、昨日の方と同一人物とは思えないかもしれない。
エルヴィーノ様と同じように、焦茶色の髪をなびかせてフリルがたくさんついたシャツを着て、身体にぴったりフィットした乗馬着のようなショーツに長靴を履いている。
「これは手の入れ甲斐があるな。
楽しみだ。なあ、エルヴィーノ?」
アレク様は私の前に立って、手を伸ばして私の下顎に指をあてて仰向かせる。
「アレク…そんな田舎娘に何をしようと言うんだ。
俺が、故郷へ連れて行くと約束したんだよ。
だから、頼むから」
エルヴィーノ様はアレク様の横に来て懇願するように言う。
アレク様はそのダークブラウンの瞳にからかうような光を浮かべ、エルヴィーノ様を振り返った。
「ほんっと、この娘に関してはお前らしくない言動ばかりだな。
どうしたんだ。
お前、この娘が」
「違う!」
アレク様の揶揄を含んだような声を、エルヴィーノ様は大きな声で遮る。
首を大きく横に振る。
私は、なぜかその時、胸がぎゅっと苦しくなった。
エルヴィーノ様…
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