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第二章 都へ
8.歌の披露
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仕立て屋のウルビーニさんが追加で届けてくれた、私の体形に合わせて誂えたドレスを、デボラという小女に手伝ってもらって着た。
「クラリッサさん、ほっそいですね~
あたし、一度だけ都の貴婦人たちを見たことがありますけど、こんなに綺麗にウェストを絞ってる人はいなかったです」
都の貴婦人と言っても、いろんな方がいらっしゃるだろうし…
私は単に栄養が足りてないだけで、デボラこそガリガリに痩せてるから、これ以上に絞れるわよ。
と思ったけれど、デボラの憧れのような表情を見て、口には出さずにこっと笑って「ありがとう」と言うにとどめた。
「クラリッサ、まだか」
とうアドルナートの言葉に急かされながら、髪型はまた別の近隣の少女が、とりあえず結い上げてくれたのを手直しして良しとする。
仕方ないよね、急すぎるエルヴィーノ様が悪いのよ。
部屋を出ると、アドルナートとバルトロが私の姿を上から下まで一瞥した。
アドルナートは「…まあ、いいだろう、あまり綺麗に着飾らせるなというご主人様からの言葉もあったし」と微妙な顔をした。
バルトロは腕を組んで心なし悔しそうに呟いた。
「何だろうな~、もっと都会的にした方が、クラリッサには似合うと思うんだけどな」
ずいぶん都会的な、美しいドレスだと思ったのだけど…
やっぱり、都から来た人には野暮ったく見えるのかしら。
私は自分の審美眼に自信を無くした。
広間の前に着くと、バルトロは少し笑って敬礼した。
「美しいお嬢様、いってらっしゃいませ」
私が照れて笑ってうなずくと、バルトロは眩しそうに私を見つめた。
アドルナートは「くれぐれも失礼のないように。これ以上ないくらい重要なお客人なのだから」と厳しい声で言い、「クラリッサ嬢のお越しでございます」と言いながら扉を開けた。
いつも自信満々な感じのアドルナートの声が、僅かに震えているのに気づき、私の緊張は一気に高まる。
え、どういう方なの??
私はぎゅっと手を握りしめて、中へ入り、高砂の方へ向かって片足を引いて一礼する。
「前へ」とアドルナートに言われて、うつむいたまま前へと進み、一段高く設えてあるテーブルの方へ向かってまたお辞儀した。
「顔をあげろ」という声に、面を上げて正面の人を見あげる。
「ふうん…こんな田舎にしちゃ、悪くないな」
そこにはやんちゃ坊主、といった感じの年恰好は20歳を少し上回ると言ったところか、にぃ兄様とレオ兄様の間くらいの年齢とみられるいかにも貴公子然とした男の人がにやっと笑いながら私を見ていた。
わぁ、お洒落だなあ…
綺麗に粉を撒いた金髪の鬘とか、仕立ての良さそうな豪奢な金糸の刺繍を施した上衣から振りこぼれるたくさんのレースとか、胸元に光る大きな紅玉のブローチとか。
それをいかにも着なれた感じで自然に身に着けている。
「そこらの田舎娘だ、アレクの相手はとても務まらないさ」
軽く言うエルヴィーノ様の声は、なんとなく焦りを感じるように聞こえ、私は訝しく思った。
何か警戒しているような?
「そんな田舎娘の歌う歌もまた一興だ。
聞き苦しかったら首を刎ねるぞ」
くつくつと笑いながら、アレクと呼ばれた貴公子はグラスを優雅に持ち上げて口に運んだ。
私はその言葉を聞いて、ぎゅっと心臓を掴まれたようになり、顔が青ざめるのが判った。
「クラリッサ、気分が悪ければ部屋に戻ってもいいぞ」
心配そうにエルヴィーノ様が声をかけてくる。
「何だ、エルヴィーノがこんな女ごときに名前を言って言葉をかけるなんて…
そんなにこの田舎娘を気に入ってるのか?
へえ、ますます興味が湧いたな。
どうもさっきからお前を来させるのすら嫌がってるようだし、面白そうだ、歌ってみろ」
命じられると、抗いがたい雰囲気がある。
生まれながらの貴い人という感じがする。
私は一礼し、一歩後ろに下がる。
一番好きな歌を歌おうと思った。
エルヴィーノ様やアドルナートがものすごく心配そうな顔だけど、首を刎ねられるってことはいくらなんでも無いだろう。
まあ、もう二度と人前で歌うなと、喉を潰されるくらいはあるのかな…
アレク様が連れてきたのか?、ヴァイオリニストと手早く打合せする。
お辞儀をしてから胸の前で手を組み、ヴァイオリニストが弾いた最初の音程を聞いて、大きく息を吸って歌い出した。
お父様がよく歌ってくださった、お父様の家に伝わると言う古い歌。
ヴァイオリニストは知らない曲と言いながら、主旋律ではない伴奏を上手く合わせてくれて、歌の質を高めてくれる。
アレク様は驚いたように腰を浮かせ、エルヴィーノ様は…両手で顔を覆ってしまった。
他の人たちはおしゃべりをやめ、ぼうっとした顔で聞き入っている(ように見える)。
そんなに酷いかしら…
私は不安に思ったが、目を閉じて声に集中して美しく研ぎ澄ませた。
「クラリッサさん、ほっそいですね~
あたし、一度だけ都の貴婦人たちを見たことがありますけど、こんなに綺麗にウェストを絞ってる人はいなかったです」
都の貴婦人と言っても、いろんな方がいらっしゃるだろうし…
私は単に栄養が足りてないだけで、デボラこそガリガリに痩せてるから、これ以上に絞れるわよ。
と思ったけれど、デボラの憧れのような表情を見て、口には出さずにこっと笑って「ありがとう」と言うにとどめた。
「クラリッサ、まだか」
とうアドルナートの言葉に急かされながら、髪型はまた別の近隣の少女が、とりあえず結い上げてくれたのを手直しして良しとする。
仕方ないよね、急すぎるエルヴィーノ様が悪いのよ。
部屋を出ると、アドルナートとバルトロが私の姿を上から下まで一瞥した。
アドルナートは「…まあ、いいだろう、あまり綺麗に着飾らせるなというご主人様からの言葉もあったし」と微妙な顔をした。
バルトロは腕を組んで心なし悔しそうに呟いた。
「何だろうな~、もっと都会的にした方が、クラリッサには似合うと思うんだけどな」
ずいぶん都会的な、美しいドレスだと思ったのだけど…
やっぱり、都から来た人には野暮ったく見えるのかしら。
私は自分の審美眼に自信を無くした。
広間の前に着くと、バルトロは少し笑って敬礼した。
「美しいお嬢様、いってらっしゃいませ」
私が照れて笑ってうなずくと、バルトロは眩しそうに私を見つめた。
アドルナートは「くれぐれも失礼のないように。これ以上ないくらい重要なお客人なのだから」と厳しい声で言い、「クラリッサ嬢のお越しでございます」と言いながら扉を開けた。
いつも自信満々な感じのアドルナートの声が、僅かに震えているのに気づき、私の緊張は一気に高まる。
え、どういう方なの??
私はぎゅっと手を握りしめて、中へ入り、高砂の方へ向かって片足を引いて一礼する。
「前へ」とアドルナートに言われて、うつむいたまま前へと進み、一段高く設えてあるテーブルの方へ向かってまたお辞儀した。
「顔をあげろ」という声に、面を上げて正面の人を見あげる。
「ふうん…こんな田舎にしちゃ、悪くないな」
そこにはやんちゃ坊主、といった感じの年恰好は20歳を少し上回ると言ったところか、にぃ兄様とレオ兄様の間くらいの年齢とみられるいかにも貴公子然とした男の人がにやっと笑いながら私を見ていた。
わぁ、お洒落だなあ…
綺麗に粉を撒いた金髪の鬘とか、仕立ての良さそうな豪奢な金糸の刺繍を施した上衣から振りこぼれるたくさんのレースとか、胸元に光る大きな紅玉のブローチとか。
それをいかにも着なれた感じで自然に身に着けている。
「そこらの田舎娘だ、アレクの相手はとても務まらないさ」
軽く言うエルヴィーノ様の声は、なんとなく焦りを感じるように聞こえ、私は訝しく思った。
何か警戒しているような?
「そんな田舎娘の歌う歌もまた一興だ。
聞き苦しかったら首を刎ねるぞ」
くつくつと笑いながら、アレクと呼ばれた貴公子はグラスを優雅に持ち上げて口に運んだ。
私はその言葉を聞いて、ぎゅっと心臓を掴まれたようになり、顔が青ざめるのが判った。
「クラリッサ、気分が悪ければ部屋に戻ってもいいぞ」
心配そうにエルヴィーノ様が声をかけてくる。
「何だ、エルヴィーノがこんな女ごときに名前を言って言葉をかけるなんて…
そんなにこの田舎娘を気に入ってるのか?
へえ、ますます興味が湧いたな。
どうもさっきからお前を来させるのすら嫌がってるようだし、面白そうだ、歌ってみろ」
命じられると、抗いがたい雰囲気がある。
生まれながらの貴い人という感じがする。
私は一礼し、一歩後ろに下がる。
一番好きな歌を歌おうと思った。
エルヴィーノ様やアドルナートがものすごく心配そうな顔だけど、首を刎ねられるってことはいくらなんでも無いだろう。
まあ、もう二度と人前で歌うなと、喉を潰されるくらいはあるのかな…
アレク様が連れてきたのか?、ヴァイオリニストと手早く打合せする。
お辞儀をしてから胸の前で手を組み、ヴァイオリニストが弾いた最初の音程を聞いて、大きく息を吸って歌い出した。
お父様がよく歌ってくださった、お父様の家に伝わると言う古い歌。
ヴァイオリニストは知らない曲と言いながら、主旋律ではない伴奏を上手く合わせてくれて、歌の質を高めてくれる。
アレク様は驚いたように腰を浮かせ、エルヴィーノ様は…両手で顔を覆ってしまった。
他の人たちはおしゃべりをやめ、ぼうっとした顔で聞き入っている(ように見える)。
そんなに酷いかしら…
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