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第二章 都へ
3.にぃ兄様??の話
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アドルナートは「私はここで。仕事がある」と言って、エルヴィーノ様の部屋までは同道してくれなかった。
えっ、そんな感じ?
驚いて踵を返してさっさと遠ざかろうとするアドルナートの背中を呆然と見ていると、アドルナートは「あっそうだ」と言ってまた踵を返してつかつかと私の前に戻ってきた。
思わず怯む私に指を突き付け凄むように言う。
「いいか、ご主人様が何を仰っても従うのだぞ。
ご主人様は、何故かクラリッサをとてもお気に入りだ。
良いようにしてくださるはずだから」
え、どういう意味?
と私が訊き返す暇も与えず、「ほら、行きなさい早く」と私を急かして自分も行ってしまった。
私は仕方なくエルヴィーノ様の部屋に向かって歩きながら、不安を拭えないでいた。
『とてもお気に入り』ってどういう意味だろう…
『何をおっしゃっても従え』って…
もしかして…悪寒を覚えて身震いする。
エルヴィーノ様の夜伽をしろ、とか…?
それは無理!
私は両腕を交差して自分の肩を抱く。
没落してもステファネッリ子爵家の令嬢としての矜持がある。
いくら都で偉くても、何だかよく判らない男の思い通りになるなんてことは、絶対にあってはならないんだわ。
そんなことなら、逃げ出しておけばよかった。
にぃ兄様を探してくれるとか言うから…信じた私がバカだったわ。
確かに、山賊に襲われて野垂れ死んでもおかしくない状況で、助けてもらって怪我の治療や衣食住を保証してもらって、本当に感謝しているけれど…
「こんなところにいたのかクラリッサ」
背後から突然声をかけられ、私はびくっと身体を震わせる。
「なかなか来ないから…心配で見に来た」
私の肩に手をかけて、エルヴィーノ様は振り向かせようとするが、私は抵抗して身体を固くした。
「…やっぱり、アドルナートが何か勘違いして余計なことを言ったな?
変に合点して、あいつにしては珍しくテンション高めで頑張ってください的な妙な励ましをしてったから、嫌な予感はしたんだよ」
呆れたように言いながら、エルヴィーノ様は私の前に回り込み、少し屈んで私の顔を覗き込む。
「別にお前をどうこうしようなんて考えてないよ、安心しろ。
お前の兄について、不確かだし少しだが情報を得た」
私はエルヴィーノ様の言葉に顔を上げる。
エルヴィーノ様は「部屋で話そう、ここは冷える」と言って私の肩を抱くようにして部屋へと歩いて行った。
私はエルヴィーノ様の逞しい腕や胸の感触、そしてそこから伝わってくる温もりに妙にドキドキしてしまって顔が赤くなってくるのを自覚し、そんな自分の気持ちを持て余す。
私、どうしたんだろう。
部屋に着いて、エルヴィーノ様が扉を開けるとふわっと温かい空気と、それから…何か甘い香りが漂ってきた。
「そこへ座れ」
エルヴィーノ様は私にソファを勧め、自分はその向かいに座った。
私は恥ずかしながら、目の前に山と盛られた美味しそうな焼き菓子と、瀟洒な陶器のカップに湯気を立てて注がれているお茶に目が釘付けになってしまう。
そんな私を見て、エルヴィーノ様は思わずと言ったようにくすりと笑いをこぼし「どうぞ召し上がれ」と焼き菓子の載った大きな高坏をこちらに押す。
「いえ、あの…」
私は恥ずかしくなって両手をもじもじと動かす。
お菓子やお茶に目を奪われるなんて…レディとしてあるまじき行為だわ。
「良いじゃないか、お前のそんな素直な反応はなかなか見られない。
好きなだけお食べ」
と笑いを含んだ声で言って、エルヴィーノ様はお茶を口元に運ぶ。
私はぺこりと頭を下げて、手を伸ばす。
ほかほかと温かい焼き菓子を口に入れると、中に入っていたキイチゴのジャムの甘酸っぱい味が広がり、私の顔はひとりでにほころぶ。
「こんな子供を俺がどうにかするなんて、有り得ないよ、なあ?
ったく、どうしちゃったんだ、アドルナートもエルダも」
くすくす笑いながらエルヴィーノ様は呟くように言い、カップを置いて私を見た。
「さて、話をしよう。
食べながらでいいから聞いてくれ。
今回、俺たちは山賊の組織の大元を叩いた。
で、そこから散り散りになった残党を追って、州の境界のあたりまで行ったんだ」
私は食べるのをやめて、エルヴィーノ様の話を聞く。
エルヴィーノ様は私のお皿からお菓子をつまんで、微笑んで私の口に押し込んだ。
びっくりして、それでも咀嚼しているとエルヴィーノ様は両手を組んでまた話し始めた。
「そこで、あの夜にお前たちを襲った割と小さな山賊グループの奴らを捕らえた。
そいつらは、お前の兄が必死に抵抗しながら呼んでいた名前を憶えていた。
お前の名は『クレメンティナ』、そうだな?」
私はぎゅっと両手を握り、目をきつく閉じる。
あの夜のことが蘇り、胸が苦しくなる。
にぃ兄様の声、山賊どものだみ声下品な笑い声、引き裂かれたドレス、お父様の形見のネックレス…
エルヴィーノ様は私の姿を見て、慌てたように立ち上がり、私の方へ回ってきて座り私の肩を引き寄せた。
「クレメンティナ、悪かった、思い出させて。
この話は飛ばしてその後のことを話そう」
えっ、そんな感じ?
驚いて踵を返してさっさと遠ざかろうとするアドルナートの背中を呆然と見ていると、アドルナートは「あっそうだ」と言ってまた踵を返してつかつかと私の前に戻ってきた。
思わず怯む私に指を突き付け凄むように言う。
「いいか、ご主人様が何を仰っても従うのだぞ。
ご主人様は、何故かクラリッサをとてもお気に入りだ。
良いようにしてくださるはずだから」
え、どういう意味?
と私が訊き返す暇も与えず、「ほら、行きなさい早く」と私を急かして自分も行ってしまった。
私は仕方なくエルヴィーノ様の部屋に向かって歩きながら、不安を拭えないでいた。
『とてもお気に入り』ってどういう意味だろう…
『何をおっしゃっても従え』って…
もしかして…悪寒を覚えて身震いする。
エルヴィーノ様の夜伽をしろ、とか…?
それは無理!
私は両腕を交差して自分の肩を抱く。
没落してもステファネッリ子爵家の令嬢としての矜持がある。
いくら都で偉くても、何だかよく判らない男の思い通りになるなんてことは、絶対にあってはならないんだわ。
そんなことなら、逃げ出しておけばよかった。
にぃ兄様を探してくれるとか言うから…信じた私がバカだったわ。
確かに、山賊に襲われて野垂れ死んでもおかしくない状況で、助けてもらって怪我の治療や衣食住を保証してもらって、本当に感謝しているけれど…
「こんなところにいたのかクラリッサ」
背後から突然声をかけられ、私はびくっと身体を震わせる。
「なかなか来ないから…心配で見に来た」
私の肩に手をかけて、エルヴィーノ様は振り向かせようとするが、私は抵抗して身体を固くした。
「…やっぱり、アドルナートが何か勘違いして余計なことを言ったな?
変に合点して、あいつにしては珍しくテンション高めで頑張ってください的な妙な励ましをしてったから、嫌な予感はしたんだよ」
呆れたように言いながら、エルヴィーノ様は私の前に回り込み、少し屈んで私の顔を覗き込む。
「別にお前をどうこうしようなんて考えてないよ、安心しろ。
お前の兄について、不確かだし少しだが情報を得た」
私はエルヴィーノ様の言葉に顔を上げる。
エルヴィーノ様は「部屋で話そう、ここは冷える」と言って私の肩を抱くようにして部屋へと歩いて行った。
私はエルヴィーノ様の逞しい腕や胸の感触、そしてそこから伝わってくる温もりに妙にドキドキしてしまって顔が赤くなってくるのを自覚し、そんな自分の気持ちを持て余す。
私、どうしたんだろう。
部屋に着いて、エルヴィーノ様が扉を開けるとふわっと温かい空気と、それから…何か甘い香りが漂ってきた。
「そこへ座れ」
エルヴィーノ様は私にソファを勧め、自分はその向かいに座った。
私は恥ずかしながら、目の前に山と盛られた美味しそうな焼き菓子と、瀟洒な陶器のカップに湯気を立てて注がれているお茶に目が釘付けになってしまう。
そんな私を見て、エルヴィーノ様は思わずと言ったようにくすりと笑いをこぼし「どうぞ召し上がれ」と焼き菓子の載った大きな高坏をこちらに押す。
「いえ、あの…」
私は恥ずかしくなって両手をもじもじと動かす。
お菓子やお茶に目を奪われるなんて…レディとしてあるまじき行為だわ。
「良いじゃないか、お前のそんな素直な反応はなかなか見られない。
好きなだけお食べ」
と笑いを含んだ声で言って、エルヴィーノ様はお茶を口元に運ぶ。
私はぺこりと頭を下げて、手を伸ばす。
ほかほかと温かい焼き菓子を口に入れると、中に入っていたキイチゴのジャムの甘酸っぱい味が広がり、私の顔はひとりでにほころぶ。
「こんな子供を俺がどうにかするなんて、有り得ないよ、なあ?
ったく、どうしちゃったんだ、アドルナートもエルダも」
くすくす笑いながらエルヴィーノ様は呟くように言い、カップを置いて私を見た。
「さて、話をしよう。
食べながらでいいから聞いてくれ。
今回、俺たちは山賊の組織の大元を叩いた。
で、そこから散り散りになった残党を追って、州の境界のあたりまで行ったんだ」
私は食べるのをやめて、エルヴィーノ様の話を聞く。
エルヴィーノ様は私のお皿からお菓子をつまんで、微笑んで私の口に押し込んだ。
びっくりして、それでも咀嚼しているとエルヴィーノ様は両手を組んでまた話し始めた。
「そこで、あの夜にお前たちを襲った割と小さな山賊グループの奴らを捕らえた。
そいつらは、お前の兄が必死に抵抗しながら呼んでいた名前を憶えていた。
お前の名は『クレメンティナ』、そうだな?」
私はぎゅっと両手を握り、目をきつく閉じる。
あの夜のことが蘇り、胸が苦しくなる。
にぃ兄様の声、山賊どものだみ声下品な笑い声、引き裂かれたドレス、お父様の形見のネックレス…
エルヴィーノ様は私の姿を見て、慌てたように立ち上がり、私の方へ回ってきて座り私の肩を引き寄せた。
「クレメンティナ、悪かった、思い出させて。
この話は飛ばしてその後のことを話そう」
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