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第二章 都へ
1.アドルナートの話
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それから1週間、私はお邸に閉じ込められて過ごした。
田舎の貴族の出自とはいえ、庶民と全く変わらぬ生活をしていた私は、ただ無為に日々を過ごすことに慣れておらず、とにかく何か働かせてほしいとエルダさんやアドルナートにお願いした。
エルダさんやアドルナートは「ご主人様に申し付かっておりますので」と言って、なかなか私の要望を聞き入れてはくれなかった。
しかし私が再三懇願し、やらせてくれないなら出て行くと脅しをかけると、困ったように顔を見合わせ、しぶしぶ了承してくれた。
それでも、下働き的なことはさせられないと言われ、シエーラの領主館にいた時のように、邸の中の装飾とか庭の手入れの指示とか、なんかどうでもいいと言えばどうでもいい仕事をしていた。
私が晩餐会で歌を披露したことは、邸の使用人たちに知れ渡っており、皆から歌って欲しいとせがまれたが、エルヴィーノ様に金輪際、人前で歌ってはいけないと言われていたので固辞せざるを得なかった。
本当は歌いたい。
歌うことは大好きだ。
領主館でもよく、奥方様やヴァネッサそれから使用人のリクエストに応えて歌っていた。
お館様はあまり芸術的な素養がなく(お母様はいつも小バカにしていた)、歌とかダンスとかに価値を置いていなかったので、お館様のお客様の前で披露などしたことはなかった。
だからこそ、酔っ払いとはいえど、たくさんの人の前で歌い拍手喝采を浴びたことは私にとって初めての経験であり、非常に嬉しい事だった。
その体験は麻薬のように私の心を侵食していくようだった。
また歌いたい。
どうしてエルヴィーノ様はダメだと言ったんだろう。
晩餐会の時の驚いたような表情は、単に田舎娘が歌を披露したことに驚いたと言うだけではないのだろうか。
何か、理由があるのかしら…
ある時、私が大きな花瓶に花を活けている横でシルバーを磨いていたアドルナートが、ぽつりと呟くように言った。
「クラリッサに出会ってから、ご主人様はお人が変わられたようだ。
今まであのお方が、こんなに誰かに執着することはなかった」
「え?」
私はいつも寡黙なアドルナートが突然話しだしたことに驚いて問い返した。
窓を拭いていたエルダさんがうんうんと頷いて言う。
「そうだねえ…
毎日クラリッサの様子を訊いてくるんだろう?」
「は?」
「そうなんだよ。
山賊の大元の組織は叩いたようなんだが、頭目はじめ主だった幹部は散り散りになり、あちこちでゲリラ戦を展開しているらしい。
苦戦が続くそんな中でも、毎日誰かを寄こして、クラリッサはどうしているとお訊きになられている」
ため息をついて、アドルナートは今度はグラスを手に取った。
ふっと息を吹きかけて、きゅきゅ、と音を立てて磨く。
「幼いころから野心家でいらっしゃって、優秀な兄上様といつも張り合っておられた。
山賊の討伐隊隊長なんて、ご主人様のご身分からすればおかしいほどの低い地位だ。
しかし、お父上のご反対を押し切ってご自分から志願なさって、都から離れて辺境ばかりに行っておられる。
戦功をあげて、お父上にご自分を認めていただきたいのだろうが…」
私はアドルナートの独白を聞きながら、黙って花を活けていた。
そうなんだ…エルヴィーノ様もいろいろあるんだなぁ…
私のお兄様方は、互いに助け合って尊敬しあっていると思う。
まあ、地方の没落した貧乏貴族と中央の豊かな貴族様とでは生き方が全然違うかもしれないけど。
っていうか、あの人、貴族だったの?!
私は、自分の持つ貴族のイメージとは違いすぎるエルヴィーノ様を思い出して、驚き呆れた。
梳き流しっぱなしの髪とか、シャツとブリーチズだけのラフすぎる格好とか、乱暴な言葉遣いとか…
私も人のことを言えた義理ではないけれど。
「まあ、ご自身のことしか考えておられなかったご主人様が、自分以外の誰かに心を砕くということをお知りになったのは良いことだ。
ご婚約者様ともうまくいくと良いのだが」
またため息をついて、アドルナートはシルバーを綺麗な布に巻いて、片付けに行った。
いつの間にか、エルダさんもいなくなっている。
へえ…エルヴィーノ様には奥様はまだいらっしゃらないのか。
そこはお兄様方と一緒ね。
今日は暑くなりそうだわ。
窓際にいた私は、少し汗をかいていた。
行けた花の残りを持って、誰かに花瓶を運んでもらおうと部屋を出た。
そのころ、都では前代未聞のことが起こっていた、らしい。
私が全貌を知るのはもっとずっと後のことだ。
田舎の貴族の出自とはいえ、庶民と全く変わらぬ生活をしていた私は、ただ無為に日々を過ごすことに慣れておらず、とにかく何か働かせてほしいとエルダさんやアドルナートにお願いした。
エルダさんやアドルナートは「ご主人様に申し付かっておりますので」と言って、なかなか私の要望を聞き入れてはくれなかった。
しかし私が再三懇願し、やらせてくれないなら出て行くと脅しをかけると、困ったように顔を見合わせ、しぶしぶ了承してくれた。
それでも、下働き的なことはさせられないと言われ、シエーラの領主館にいた時のように、邸の中の装飾とか庭の手入れの指示とか、なんかどうでもいいと言えばどうでもいい仕事をしていた。
私が晩餐会で歌を披露したことは、邸の使用人たちに知れ渡っており、皆から歌って欲しいとせがまれたが、エルヴィーノ様に金輪際、人前で歌ってはいけないと言われていたので固辞せざるを得なかった。
本当は歌いたい。
歌うことは大好きだ。
領主館でもよく、奥方様やヴァネッサそれから使用人のリクエストに応えて歌っていた。
お館様はあまり芸術的な素養がなく(お母様はいつも小バカにしていた)、歌とかダンスとかに価値を置いていなかったので、お館様のお客様の前で披露などしたことはなかった。
だからこそ、酔っ払いとはいえど、たくさんの人の前で歌い拍手喝采を浴びたことは私にとって初めての経験であり、非常に嬉しい事だった。
その体験は麻薬のように私の心を侵食していくようだった。
また歌いたい。
どうしてエルヴィーノ様はダメだと言ったんだろう。
晩餐会の時の驚いたような表情は、単に田舎娘が歌を披露したことに驚いたと言うだけではないのだろうか。
何か、理由があるのかしら…
ある時、私が大きな花瓶に花を活けている横でシルバーを磨いていたアドルナートが、ぽつりと呟くように言った。
「クラリッサに出会ってから、ご主人様はお人が変わられたようだ。
今まであのお方が、こんなに誰かに執着することはなかった」
「え?」
私はいつも寡黙なアドルナートが突然話しだしたことに驚いて問い返した。
窓を拭いていたエルダさんがうんうんと頷いて言う。
「そうだねえ…
毎日クラリッサの様子を訊いてくるんだろう?」
「は?」
「そうなんだよ。
山賊の大元の組織は叩いたようなんだが、頭目はじめ主だった幹部は散り散りになり、あちこちでゲリラ戦を展開しているらしい。
苦戦が続くそんな中でも、毎日誰かを寄こして、クラリッサはどうしているとお訊きになられている」
ため息をついて、アドルナートは今度はグラスを手に取った。
ふっと息を吹きかけて、きゅきゅ、と音を立てて磨く。
「幼いころから野心家でいらっしゃって、優秀な兄上様といつも張り合っておられた。
山賊の討伐隊隊長なんて、ご主人様のご身分からすればおかしいほどの低い地位だ。
しかし、お父上のご反対を押し切ってご自分から志願なさって、都から離れて辺境ばかりに行っておられる。
戦功をあげて、お父上にご自分を認めていただきたいのだろうが…」
私はアドルナートの独白を聞きながら、黙って花を活けていた。
そうなんだ…エルヴィーノ様もいろいろあるんだなぁ…
私のお兄様方は、互いに助け合って尊敬しあっていると思う。
まあ、地方の没落した貧乏貴族と中央の豊かな貴族様とでは生き方が全然違うかもしれないけど。
っていうか、あの人、貴族だったの?!
私は、自分の持つ貴族のイメージとは違いすぎるエルヴィーノ様を思い出して、驚き呆れた。
梳き流しっぱなしの髪とか、シャツとブリーチズだけのラフすぎる格好とか、乱暴な言葉遣いとか…
私も人のことを言えた義理ではないけれど。
「まあ、ご自身のことしか考えておられなかったご主人様が、自分以外の誰かに心を砕くということをお知りになったのは良いことだ。
ご婚約者様ともうまくいくと良いのだが」
またため息をついて、アドルナートはシルバーを綺麗な布に巻いて、片付けに行った。
いつの間にか、エルダさんもいなくなっている。
へえ…エルヴィーノ様には奥様はまだいらっしゃらないのか。
そこはお兄様方と一緒ね。
今日は暑くなりそうだわ。
窓際にいた私は、少し汗をかいていた。
行けた花の残りを持って、誰かに花瓶を運んでもらおうと部屋を出た。
そのころ、都では前代未聞のことが起こっていた、らしい。
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