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第一章 辺境の地
10.出立
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私は呆然としたまま引きずられるように廊下を歩き、表玄関とは逆の暗い出入り口から出されて、目の前に停めてあった馬車に押し込まれる。
「では、クレ…ヴァネッサ様。
ごきげんよう」
馬車に取り付けられた、小さなカンテラの光に不気味に浮かび上がったカミッロは気味の悪い笑顔で慇懃にお辞儀した。
「カミッロ様」と御者と小姓が近づいてきて、カミッロに耳打ちするのが聞こえた。
「最近、領内の境界にある山地で、山賊が頻繁に出没していると聞いています。
少し護衛の者をつけていただけないでしょうか」
カミッロは考えることもなく「いやそれは無理だ」と言い放つ。
「まだヴァネッサ様も探さなくてはならない。
こっちにそんなに人手は割けないし、山賊だなんてことならヴァネッサ様の方が心配だ」
御者は何も答えずに馬車の扉をガチャン!と音を立てて閉じる。
今の話を聞いて恐ろしくなった私は中から小さな閂をかけた。
馬車はゴトゴトと動き出す。
後ろにも馬車がいるようだ。
荷物を積んでいるのだろうか。
振り返って窓から暗闇を凝視するけど、2頭の馬とその後ろに御者が小さな灯りに浮かび上がっているのが見えるだけで、後続がどうなっているのかはわからなかった。
私は背もたれに寄り掛かり、両手で自分の身体を抱いた。
不安で仕方ない。
涙があふれてきた。
領主館から出てくる時、広間の横を通った。
招待された人々は歓談しているようで、楽しそうな笑い声や楽団の音楽などが漏れていた。
お館様は皆さんに、奥様の卒倒やヴァネッサのことについてどう説明するのだろう。
そう考えて、私は薄暗い馬車の中で首を横に振った。
そんなことはどうでもいい。
私は何故、ひとりこんなところにいるのだろう。
レオ兄様…
本当に、レオ兄様は私がヴァネッサの身代わりにご愛妾候補として都へ行くことを承諾したのだろうか。
また何か、破格の交換条件を出されたのだろうか。
私は、レオ兄様に売られてしまったのだろうか。
涙が次から次へとこぼれる。
私は一人、薄暗い馬車の中で誰に憚ることなく嗚咽した。
にぃ兄様!助けて…
にぃ兄様の傍に帰りたい。
にぃ兄様の優しい笑顔が瞼に浮かんで、私は声をあげて泣いた。
泣いているうちに、いつしか眠ってしまったらしい。
突然、馬が大きくいななき、御者の大声が響いて馬車はガタンっ!大きく揺れ、私は座席から転げ落ちそうになった。
「クレメンティナ!」
停止した馬車の外で大声が聞こえ、私ははっとして扉の窓に取り付く。
「にぃ兄様!」
急いで閂を外すや否や、扉ががっと音を立てて全開された。
「早く降りて!
帰るんだ家へ!
あんな大噓つきの犠牲になることはない!」
「えっ…」
腕を強く引かれ、私は外へ降り立つ。
「何やってる!
ステファネッリの次男かっ!」
暴れる馬を懸命になだめながら、御者が喚く。
にぃ兄様は少し怪我をしているようで、顔を顰めている。
馬車を停めるために、馬車の前に立ちふさがったみたいだ。
「にぃ兄様!血が!」
私はにぃ兄様の手を取る。
「兄上が昏睡状態で家に戻されてきた。
領主館で出されたお茶に、睡眠薬が仕込んであったらしい。
もちろん、交換条件の話なんてまったくできなかったと言ってた」
にぃ兄様はぐっと唇をかみしめた。
「ペデルツィーニのやつ、最初から交換条件を守るつもりなんて欠片もなかったんだ。
私たちは、あいつに騙されたんだ。
急いでお前を迎えに領主館に行ったら、カミッロが出て来てヴァネッサの代わりに喜んで都へ行ったと」
「クレメンティナが喜んでご愛妾候補などになるはずがない。
騙されたとしか思えない。
馬を飛ばして急いで追いかけてきた」
私をぎゅっと抱きしめる。
「帰ろう、家へ。
母上も兄上も心配している」
私もにぃ兄様にしがみついた。
「帰る!にぃ兄様と一緒に!」
その時、後方の馬車の御者が「みんな逃げろ!山賊だ!」と叫んだ。
いつの間にか周りを囲まれたらしい。
一斉に松明に明かりが灯り、辺りは昼間のように明るくなる。
私の乗っていた馬車、その後ろに2台の馬車が連なっていた。
御者や馬丁たちは我先に逃げていったらしい。
「女がいるぞ!」
男のだみ声が聞こえ、下卑た笑い声が満ちる。
にぃ兄様は「私にしっかり掴まって」と呟き、少し屈んで私を肩に担ぎあげて松明のない方向へと走り出す。
しかし、そちらは斜面の山の中で、しかもにぃ兄様は脚にも怪我を負っているらしく、軽くびっこをひいていて、後ろから「そんなんで逃げてるつもりかぁ!」という下品な声が聞こえて太い腕が伸びてきた。
私の腕とドレスを掴んだその腕は、すごい膂力で私をにぃ兄様からひっぱり降ろした。
私は大きな悲鳴を上げる。
「クレメンティナ!」
にぃ兄様は私の方へ来ようとするが、他の山賊どもに取り囲まれてしまった。
「私の妹を返せ!」
にぃ兄様は必死で抵抗しているようだが、呻く声が聞こえてきた。
「にぃ兄様!」
私は男から逃げようと手を振り回す。
が、易々と後ろ手にねじられて、動きを封じられる。
「やめて!兄様!助けて!」
「はっはぁ!美人だな、上玉だこりゃ」
「頭より先に味わっちまうか」
舌なめずりした男が、私のドレスのデコルテに手をかけ、乱暴に引く。
ドレスが引き裂かれ、私は意識が遠のいた。
兄様!にぃ兄様!
「では、クレ…ヴァネッサ様。
ごきげんよう」
馬車に取り付けられた、小さなカンテラの光に不気味に浮かび上がったカミッロは気味の悪い笑顔で慇懃にお辞儀した。
「カミッロ様」と御者と小姓が近づいてきて、カミッロに耳打ちするのが聞こえた。
「最近、領内の境界にある山地で、山賊が頻繁に出没していると聞いています。
少し護衛の者をつけていただけないでしょうか」
カミッロは考えることもなく「いやそれは無理だ」と言い放つ。
「まだヴァネッサ様も探さなくてはならない。
こっちにそんなに人手は割けないし、山賊だなんてことならヴァネッサ様の方が心配だ」
御者は何も答えずに馬車の扉をガチャン!と音を立てて閉じる。
今の話を聞いて恐ろしくなった私は中から小さな閂をかけた。
馬車はゴトゴトと動き出す。
後ろにも馬車がいるようだ。
荷物を積んでいるのだろうか。
振り返って窓から暗闇を凝視するけど、2頭の馬とその後ろに御者が小さな灯りに浮かび上がっているのが見えるだけで、後続がどうなっているのかはわからなかった。
私は背もたれに寄り掛かり、両手で自分の身体を抱いた。
不安で仕方ない。
涙があふれてきた。
領主館から出てくる時、広間の横を通った。
招待された人々は歓談しているようで、楽しそうな笑い声や楽団の音楽などが漏れていた。
お館様は皆さんに、奥様の卒倒やヴァネッサのことについてどう説明するのだろう。
そう考えて、私は薄暗い馬車の中で首を横に振った。
そんなことはどうでもいい。
私は何故、ひとりこんなところにいるのだろう。
レオ兄様…
本当に、レオ兄様は私がヴァネッサの身代わりにご愛妾候補として都へ行くことを承諾したのだろうか。
また何か、破格の交換条件を出されたのだろうか。
私は、レオ兄様に売られてしまったのだろうか。
涙が次から次へとこぼれる。
私は一人、薄暗い馬車の中で誰に憚ることなく嗚咽した。
にぃ兄様!助けて…
にぃ兄様の傍に帰りたい。
にぃ兄様の優しい笑顔が瞼に浮かんで、私は声をあげて泣いた。
泣いているうちに、いつしか眠ってしまったらしい。
突然、馬が大きくいななき、御者の大声が響いて馬車はガタンっ!大きく揺れ、私は座席から転げ落ちそうになった。
「クレメンティナ!」
停止した馬車の外で大声が聞こえ、私ははっとして扉の窓に取り付く。
「にぃ兄様!」
急いで閂を外すや否や、扉ががっと音を立てて全開された。
「早く降りて!
帰るんだ家へ!
あんな大噓つきの犠牲になることはない!」
「えっ…」
腕を強く引かれ、私は外へ降り立つ。
「何やってる!
ステファネッリの次男かっ!」
暴れる馬を懸命になだめながら、御者が喚く。
にぃ兄様は少し怪我をしているようで、顔を顰めている。
馬車を停めるために、馬車の前に立ちふさがったみたいだ。
「にぃ兄様!血が!」
私はにぃ兄様の手を取る。
「兄上が昏睡状態で家に戻されてきた。
領主館で出されたお茶に、睡眠薬が仕込んであったらしい。
もちろん、交換条件の話なんてまったくできなかったと言ってた」
にぃ兄様はぐっと唇をかみしめた。
「ペデルツィーニのやつ、最初から交換条件を守るつもりなんて欠片もなかったんだ。
私たちは、あいつに騙されたんだ。
急いでお前を迎えに領主館に行ったら、カミッロが出て来てヴァネッサの代わりに喜んで都へ行ったと」
「クレメンティナが喜んでご愛妾候補などになるはずがない。
騙されたとしか思えない。
馬を飛ばして急いで追いかけてきた」
私をぎゅっと抱きしめる。
「帰ろう、家へ。
母上も兄上も心配している」
私もにぃ兄様にしがみついた。
「帰る!にぃ兄様と一緒に!」
その時、後方の馬車の御者が「みんな逃げろ!山賊だ!」と叫んだ。
いつの間にか周りを囲まれたらしい。
一斉に松明に明かりが灯り、辺りは昼間のように明るくなる。
私の乗っていた馬車、その後ろに2台の馬車が連なっていた。
御者や馬丁たちは我先に逃げていったらしい。
「女がいるぞ!」
男のだみ声が聞こえ、下卑た笑い声が満ちる。
にぃ兄様は「私にしっかり掴まって」と呟き、少し屈んで私を肩に担ぎあげて松明のない方向へと走り出す。
しかし、そちらは斜面の山の中で、しかもにぃ兄様は脚にも怪我を負っているらしく、軽くびっこをひいていて、後ろから「そんなんで逃げてるつもりかぁ!」という下品な声が聞こえて太い腕が伸びてきた。
私の腕とドレスを掴んだその腕は、すごい膂力で私をにぃ兄様からひっぱり降ろした。
私は大きな悲鳴を上げる。
「クレメンティナ!」
にぃ兄様は私の方へ来ようとするが、他の山賊どもに取り囲まれてしまった。
「私の妹を返せ!」
にぃ兄様は必死で抵抗しているようだが、呻く声が聞こえてきた。
「にぃ兄様!」
私は男から逃げようと手を振り回す。
が、易々と後ろ手にねじられて、動きを封じられる。
「やめて!兄様!助けて!」
「はっはぁ!美人だな、上玉だこりゃ」
「頭より先に味わっちまうか」
舌なめずりした男が、私のドレスのデコルテに手をかけ、乱暴に引く。
ドレスが引き裂かれ、私は意識が遠のいた。
兄様!にぃ兄様!
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