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第一章 辺境の地
9.身代わり
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お館様は狂気じみた笑いを浮かべ、何度もうなずく。
「よし、それでいい。
そうと決まれば、もうすぐに出立しろ。
荷物はヴァネッサのために準備したものがそのまま転用できるだろう」
「え…そんな…」
私は唇をわななかせながら呟く。
「あなた、それはあまりにもクレメンティナが可哀想よ。
それに、すぐにヴァネッサが帰ってくるかもしれないじゃないの。
すぐにだなんて…」
奥方様がお館様に殴られた頬を抑えながら叫ぶように言う。
「うるさい!
ヴァネッサが帰ってきたらそれはそれですぐに都へ向かわせる。
その間の場繋ぎ程度で良いのだ。
いずれにせよ、どうせクレメンティナなどには期待してない」
お館様は吐き捨てるように言う。
「我が祖先に負けたくせに、いけ図々しくこの地に居座って。
目障りなのだ、ステファネッリ!
どんなに貶めてもプライドが高くて孤高を保つお前の母親も、どれだけ税を上げても毎年絶対にきっちり収めてくるお前の兄たちも、館中の使用人やヴァネッサまでも手懐けているクレメンティナ、お前も!」
吠えるように喚き、お館様は私に人差し指を突き付ける。
「何故、俺ばかりがこんな目に遭うのだ!
お前たちこそが不幸になるべきなんだ!」
私は今までに、誰かからこんなにも激しい憎悪を向けられたことがなかった。
ただただ恐怖で身体を震わせ、この場から逃げ出したい、とそればかりを考えていた。
この場から、この途方もない憎しみのエネルギーから逃れるためなら、今すぐに都へ行っても構わない。
追い詰められて私は「判りました」と震える声で答えた。
「カミッロを呼べ!」
とお館様は扉を開けて叫び、「畏まりました!」と小姓が叫んで走っていく音が聞こえる。
「クレメンティナ…」
奥方様の弱々しい声が聞こえ、私は奥方様の方へ身体を寄せた。
奥方様の頬は痛々しく腫れあがり、私は「大丈夫ですか」と声をかける。
「ごめんなさい…
あの人がこんなふうに思っていたなんて…私も驚いた。
止められなくて本当にごめんなさい」
奥方様は泣きながら私を抱きしめた。
私も奥方様の肩にすがる。
執事のカミッロが「遅くなりました、外へ出てお嬢様の行方に関する情報を集めておりました」と走りこんできた。
もう壮年と言っても良いカミッロが走っている姿など初めて見た。
しかも息を切らし、顔色は真っ青で、凡そ普段とはかけ離れた姿に、今のこの現実を突きつけられた気がして、心臓が嫌な感じに大きく脈打つ。
お館様とカミッロは何事か話し、すぐにカミッロは私をぎろりとみて「承知しました」と言った。
そしてつかつかと近づいてくると「クレメンティナ様、こちらでございます」と慇懃無礼に会釈し、片手を扉の方へ差し延べる。
「ま、待ってください、兄がまだここにいるはずです。
一度会わせてください」
私がなんとか言葉を絞り出すと、カミッロは目を細め私を睨む。
「レオンツィオ・ステファネッリ殿におかれましては、先ほどお帰りになりました」
気取った口調で言って、卑屈な笑いを浮かべる。
「レオンツィオ殿も、このお話は承諾なさっておられますよ」
さらっと言うと「さ、参りましょう」とドアの方へ促す。
私はまた、足元がすっと冷えるような感覚に襲われた。
レオ兄様…私が、ヴァネッサの身代わりになることを承諾したの?
嘘でしょう?
「よし、それでいい。
そうと決まれば、もうすぐに出立しろ。
荷物はヴァネッサのために準備したものがそのまま転用できるだろう」
「え…そんな…」
私は唇をわななかせながら呟く。
「あなた、それはあまりにもクレメンティナが可哀想よ。
それに、すぐにヴァネッサが帰ってくるかもしれないじゃないの。
すぐにだなんて…」
奥方様がお館様に殴られた頬を抑えながら叫ぶように言う。
「うるさい!
ヴァネッサが帰ってきたらそれはそれですぐに都へ向かわせる。
その間の場繋ぎ程度で良いのだ。
いずれにせよ、どうせクレメンティナなどには期待してない」
お館様は吐き捨てるように言う。
「我が祖先に負けたくせに、いけ図々しくこの地に居座って。
目障りなのだ、ステファネッリ!
どんなに貶めてもプライドが高くて孤高を保つお前の母親も、どれだけ税を上げても毎年絶対にきっちり収めてくるお前の兄たちも、館中の使用人やヴァネッサまでも手懐けているクレメンティナ、お前も!」
吠えるように喚き、お館様は私に人差し指を突き付ける。
「何故、俺ばかりがこんな目に遭うのだ!
お前たちこそが不幸になるべきなんだ!」
私は今までに、誰かからこんなにも激しい憎悪を向けられたことがなかった。
ただただ恐怖で身体を震わせ、この場から逃げ出したい、とそればかりを考えていた。
この場から、この途方もない憎しみのエネルギーから逃れるためなら、今すぐに都へ行っても構わない。
追い詰められて私は「判りました」と震える声で答えた。
「カミッロを呼べ!」
とお館様は扉を開けて叫び、「畏まりました!」と小姓が叫んで走っていく音が聞こえる。
「クレメンティナ…」
奥方様の弱々しい声が聞こえ、私は奥方様の方へ身体を寄せた。
奥方様の頬は痛々しく腫れあがり、私は「大丈夫ですか」と声をかける。
「ごめんなさい…
あの人がこんなふうに思っていたなんて…私も驚いた。
止められなくて本当にごめんなさい」
奥方様は泣きながら私を抱きしめた。
私も奥方様の肩にすがる。
執事のカミッロが「遅くなりました、外へ出てお嬢様の行方に関する情報を集めておりました」と走りこんできた。
もう壮年と言っても良いカミッロが走っている姿など初めて見た。
しかも息を切らし、顔色は真っ青で、凡そ普段とはかけ離れた姿に、今のこの現実を突きつけられた気がして、心臓が嫌な感じに大きく脈打つ。
お館様とカミッロは何事か話し、すぐにカミッロは私をぎろりとみて「承知しました」と言った。
そしてつかつかと近づいてくると「クレメンティナ様、こちらでございます」と慇懃無礼に会釈し、片手を扉の方へ差し延べる。
「ま、待ってください、兄がまだここにいるはずです。
一度会わせてください」
私がなんとか言葉を絞り出すと、カミッロは目を細め私を睨む。
「レオンツィオ・ステファネッリ殿におかれましては、先ほどお帰りになりました」
気取った口調で言って、卑屈な笑いを浮かべる。
「レオンツィオ殿も、このお話は承諾なさっておられますよ」
さらっと言うと「さ、参りましょう」とドアの方へ促す。
私はまた、足元がすっと冷えるような感覚に襲われた。
レオ兄様…私が、ヴァネッサの身代わりになることを承諾したの?
嘘でしょう?
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