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第一章 辺境の地

6.主役不在のパーティー

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 領主館に着いて、私とレオ兄様が荷馬車から降りると、執事のカミッロが今まで見たこともないような丁寧な所作で出迎えた。
 「クレメンティナ・ベレニーチェ・ディ・ステファネッリ・ダ・シエーラとレオンツィオ・プラチド・ディ・ステファネッリ・ダ・シエーラだ。
 ペデルツィーニ殿に面会を申し込む。
 今すぐにだ」

 わぁレオ兄様ったら強気。
 わざわざ本名フルネームを名乗って。
 私はちょっとハラハラする。

 しかし普段はその大きな体躯を縮めるようにして館に入って行くレオ兄様が、背筋を伸ばし執事を鋭い眼光で射貫くように睥睨へいげいしながら朗々と声を発すると、威圧感が尋常ではなかった。
 いつも居丈高なカミッロも、レオ兄様のあまりの迫力にたじろいで後ずさり、「は、はい、承知いたしました」と吃りながら答えた。

 〈ダ・シエーラ〉
 このシエーラの地を古から治めていた我がステファネッリ家だけが名乗ることを許されている称号である。
 さすがのペデルツィーニ家の祖先も、元々余所者であったこともあって、この称号までは奪えなかった。
 殆ど使うことはないけれどこの称号だけが、我が家のプライドを支えていると言っても良い。

 あたふたとカミッロが去り、レオ兄様は私の方を向いて少し笑った。
 「ああなんか気持ちいいな、あの偉そうなカミッロがあんなに慌てて」
 あまりにも珍しい、レオ兄様の笑顔を凝視していると「なんだよ、その顔は」と苦笑して私の額をコツンと小突く。

 「お馬と馬車をお預かりいたします」
 と、いつもに似ず緊張の面持ちで丁寧に言い、小姓のエンニオが馬と荷馬車を曳いて厩舎へ向かっていった。

 「さあ、お手をどうぞ、お嬢様」
 レオ兄様は笑いを含んだ声で言って、気障な所作で手を差し出す。
 私も微笑んで気取ってレオ兄様の大きな掌に手を載せた。

 レオ兄様に手を引かれて玄関ホールへ入ると、中にいた人たちが驚いて私たちを見る。
 そうよね、自分でも異質な感じは否めない。
 いつもは粗末なドレスを着て、ヴァネッサの後ろに黙って付き従っているだけの私が、流行りのドレスを着て着飾って現れたらビックリするわよね。
 しかも、野良着のままのレオ兄様が常になく胸を張って周りにオーラを放つような感じで寄り添っていたら。
 はっきり言って怖いかも。

 「あの、ステファネッリ殿。
 お館様がお待ちでございます、ご案内いたします」
 カミッロが慌てたようにやってきて、レオ兄様に言う。
 私も一緒に行こうとすると、カミッロは私を押しとどめた。
 
 「クレメンティナ様は、ヴァネッサお嬢様のお部屋へお願いいたします。
 もうとっくに準備は終わられているはずなのですが…お部屋から出ていらっしゃらないのです」
 眉をひそめて言うカミッロに、私も「…どうしたのかしら」と呟く。
 パーティー大好きな彼女にしては、珍しい。
 珍しいというか、ちょっとおかしい。

 「じゃあ、行ってみます。
 レオ兄様、また後で」
 「ああ、帰りまで待ってるよ。
 家畜の世話はセノフォンテがやってくれているはずだから」
 カミッロの後について歩き出しながら、レオ兄様は片手をあげた。
 
 私も踵を返して階段を上がっていく。
 階下では「お集りの皆様、広間の方へお越しください」と執事の代わりに侍従が呼ばわっているのが聞こえた。

 ヴァネッサの居室の扉をノックする。
 「ヴァネッサ?
 もう皆さんいらっしゃってるわよ」
 
 声をかけると、中からがたっという音がした。
 私は訝しく思って「入るわよ」と声をかけてドアノブに手をかける。
 
 「入らないで!
 ちょっと頭が痛いの。
 すぐに行くから、先に降りててちょうだい!」
 ヴァネッサの切羽詰まったような金切り声がする。

 私が「え、大丈夫なの?」と尋ねているところに、奥方様が急ぎ足で来た。
 「ヴァネッサ!我儘もいい加減にしてちょうだい!
 クレメンティナも一緒に行ってくれることになったのよ。
 これで何も心配いらなくなったのよ!」
 
 「判ってるわ、すぐに行くから!
 あと少しだけ休ませてよ!」
 ヴァネッサはドアを抑えているのか、ノブを回しても扉は開けられない。

 「もう…本当に手に負えないわ」
 奥方様は諦めたように「すぐに来てちょうだい、ヴァネッサがいなきゃ話にならないのよ」と言って、私を目顔で促した。
 私はノブから手を離して、何となく後ろ髪引かれる思いで奥方様の後について部屋を後にした。

 この時、無理にでもドアを開けていたら。
 後のことはすべて変わっていたのだ。
 
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