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11:フィガロの相談

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 フィガロは、じっとガイナの顔を見た。先日、ラウトと2人でバーに飲みに行ってから、違和感を覚える程ガイナの機嫌がいい。ラウトと顔を合わせると、妙にそわそわしたりもする。ラウトも何やらいつもとは違う雰囲気な気がする。ラウトと何かあったのかもしれない。聞いてみたいが、聞いていいことなのか判断に困る。
 
 フィガロはご機嫌に朝食を食べているガイナをチラチラ見ながら、とりあえずアンジェリーナに話してみることにした。ガイナやラウト達を除けば、アンジェリーナくらいしか話す相手がいない。
 明日から一週間、ガイナは夏休みだ。アンジェリーナに話すのならば今日がいいだろう。フィガロは黙々と朝食を食べきり、いそいそとアンジェリーナの家の喫茶店に行く準備をした。

 アンジェリーナの自宅は喫茶店のニ階である。すっかり通い慣れた自宅の玄関の呼び鈴を押すと、すぐにアンジェリーナが出てきた。アンジェリーナがいつもの明るい笑顔で口を開いた。


「おはよう。フィガロ」

「おはよ」

「ガイナおじさん、明日から夏休みなんでしょ? 今日は少し多めに宿題しとく?」

「ん」


 居間に移動して、2人揃って小学校の宿題をテーブルに並べた。
 算数の宿題をやりながら、フィガロはアンジェリーナに話しかけた。


「なぁ」

「なぁに? 分からないところ? 私、四問目が分からないわ。フィガロはできた?」

「それはできてる」

「あら。流石ね。私、算数は苦手なのよね。教えてくれる?」

「ん」


 フィガロは、先に算数の問題の解き方をアンジェリーナに教えた。アンジェリーナは眉間にうっすら皺を寄せながらも、何とか無事に問題を解いた。答え合わせをすれば、フィガロと解答が同じである。アンジェリーナが満足そうに微笑んだ。


「ありがと。フィガロ。それで、さっき言いかけてたことはなぁに?」

「最近、父さんと先生がおかしい」

「あー……確かにちょっと前とは違うわよね。なんて言ったらいいのかしら……そわそわ? もじもじ? してる感じ」

「だよな」

「ガイナおじさん、家じゃどうなの?」

「めちゃくちゃ機嫌がいい」

「あらぁ。もしかしてガイナおじさんと先生、恋人にでもなったのかしら?」

「は?」

「だって、なんだか2人の雰囲気って甘くない? うちのパパ達みたい。パパ達よりずっと初々しい感じだけど」

「マジか」

「まだ恋人じゃなかったとしても、多分両片思いなんじゃないかしら」

「マジか」

「多分ね。フィガロ的にはどうなの?」

「なにが」

「2人が恋人だったら」

「……別に。父さんがいいならいい」

「そう」

「……先生、優しいし」

「そうね」

「……父さんだって恋くらいしてもいいだろ」

「まだ若いものね」


 ふと、あることが頭によぎった。フィガロはポロッとそれを口に出した。


「俺、邪魔になるかな」


 アンジェリーナがきょとんとした後、怒ったような顔をした。アンジェリーナが手を伸ばし、フィガロの額にピシッとデコピンをした。


「いってっ」

「邪魔になる訳ないじゃない! そんなこと言うの、ガイナおじさんに失礼よ! ガイナおじさんがどれだけフィガロのことを大事に思ってるかなんて、傍から見ていても分かるくらいじゃない。先生だってそうよ。先生もニーズを本当に大事に可愛がってる。貴方もニーズも2人の恋の邪魔になんかならないわ」

「……ん」

「もう! お馬鹿さんなこと言わないの!」

「……わりぃ」

「私に謝る必要はないわ。でもガイナおじさんには心の中で謝っておいて」

「ん」

「私にもまだよく分からないけど、恋って多分人それぞれの形があるのよ。ガイナおじさん達はガイナおじさん達なりの恋をしてるのよ。きっと」

「俺はどうしたらいい」

「フィガロはどうしたいの? 応援したい?」

「そりゃ、まぁ……父さん、ずっと1人で苦労ばっかしてた。殆ど俺のせいだけど……」

「ん? またデコピンほしい?」

「やめろ。単なる事実だ。父さんから愛されてるのは知ってる。でも俺、ガキの頃から身体弱ぇから、心配も迷惑もかけてる」

「心配はともかく、迷惑ではないんじゃない?」

「仕事を急に休まなきゃいけなくなったり、俺の看病で走り回って寝る間もない時もあるのに?」

「あー……」

「父親だった男は何もしない奴だった。父さんばっかりが大変な思いしてた。……父さんに、苦労した分、幸せになってもらいたい」

「そう……なら、まずはフィガロが元気で楽しく過ごすことね」

「は?」

「ガイナおじさんの最優先はフィガロだもの。フィガロが楽しそうだと、ガイナおじさん本当に嬉しそうに笑ってるもの。フィガロが楽しく笑っていられたら、ガイナおじさんも安心して恋ができるわ」

「……笑ってりゃいいのか?」

「心から楽しく! よ。愛想笑いとかじゃダメ。フィガロが本当に楽しく日々を過ごさなきゃ意味がないわ」

「……難しくないか?」

「私も協力するわよ。友達だし」

「……ん」

「じゃあ、とりあえず。まずはできることからしましょ。宿題をできるだけ片付けて、ガイナおじさんの夏休みにいっぱい遊べるようにするの」

「分かった」

「フィガロ」

「ん?」

「ガイナおじさんと先生、うまくいくといいね」

「ん」


 アンジェリーナがにっこりと笑った。フィガロは小さく頷き、宿題のノートに視線を落とした。アンジェリーナに話してみてよかったかもしれない。下手すれば、うっかり後ろ向きに悩んで、また熱でも出してしまうところだった。アンジェリーナには今度プリンでも作って渡そう。ガイナが作ってくれるプリンは本当に美味しい。フィガロがガイナと一緒に作ってもいい。

 明日から一週間、ずっとガイナと一緒だ。嬉しくて、楽しみで、気をつけていないと顔がだらしなく弛んでしまいそうだ。
 フィガロは無理矢理顔に力を入れながら、黙々と宿題を進めた。
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