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6:ラウト
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ラウトは溜め息を吐きながら、書きかけの原稿用紙を小さく折り畳み、机のすぐ側に置いてあるゴミ箱へと放り込んだ。書ける時は一気に書き上げられるのに、そうじゃない時は遅々として進まない。ラウトが書いているのは純文学の小説である。殆んど売れていないが。副業として書いているエロ小説の方が余程売れている。そろそろ副業のエロ小説の締切が近い。本業の方を書かずに副業の方を書かなくてはいけないのだが、いまいち気分が乗ってこない。ラウトは背伸びをして、椅子から立ち上がった。
仕事部屋である自室から出て玄関へと移動し、ドアを開けて外を覗くと、ニーズとフィガロ、それにガイナが3人で道端にしゃがみこんでいた。今日は何をしているのだろうか。そういえば、今日は確か世間一般は休日である。ガイナも仕事が休みなのだろう。
ラウトはボサボサの頭をカリカリ掻いて、3人に近寄った。
「こんにちは。ガイナさん。フィガロ君」
ガイナとフィガロが同時に顔を上げて、ラウトを見上げた。ガイナとフィガロはあまり似ていない。ガイナはとても体格がよく、顔は厳つい。ハッキリと言ってしまえば、怖い顔立ちである。フィガロはほっそりとしていて、割と優しい雰囲気の顔立ちをしている。きっとガイナの伴侶に似たのだろう。
ガイナがラウトを見上げて、ニッと笑った。ガイナは顔が厳つくて怖いが、笑うと少し愛嬌がある。
「よぉ。先生。今、絵しりとりしてんだよ」
「絵しりとり?」
「絵を描いて、それでしりとりしてんだ。これが俺が描いた猫で、こっちがニーズが描いたコップ、フィガロは今悩んでる」
「プなんてプリンくらいしか思いつかないじゃん」
「ははっ。プリンを描いたらフィガロの負けな」
「楽しそうですね」
ラウトは本当に楽しそうに笑っているガイナにつられて笑みを浮かべた。ガイナはよく笑う。ガイナが笑うと、フィガロもニーズも笑う。それを見るのが、ここ最近の密かな楽しみになっている。
ガイナが小枝をフリフリ軽く振りながら、ラウトを見上げた。
「先生。仕事が大丈夫なら喫茶店行かねぇか? アンジーん家の。まだ行けてねぇんだよ」
「あぁ。いいですねぇ。あそこのオムレツサンドイッチは本当に美味しいんですよ」
「へぇ。昼飯にどうだ?」
「ご一緒しますね。財布を取ってきます」
「おう。俺も取ってくるわ。途中で焼き菓子でも買って行きてぇんだが、前に貰った焼き菓子の店ってどこら辺にあるんだ? あれ、マジで美味かったぜ」
「焼き菓子のお店は大通りにありますよ。喫茶店には少し遠回りになりますけど」
「腹が減ってた方が飯が美味いしよ。一緒に歩いて行かねぇか? ニーズ坊が疲れたら俺がおぶるから」
「はい。ご案内しますね」
「頼んだぜ。先生」
ニッと笑って、ガイナが立ち上がった。ガイナは背が高いので、平均身長すれすれの身長しかないラウトは少し見上げなければガイナの目が見れない。ガイナの瞳は、甘そうなミルクチョコレートみたいな色をしている。顔に似合わず、優しい色合いだ。
ラウトは家の中に入り、居間でのんびり珈琲を飲んでいた父バスクに声をかけてから、自室へ行って財布を手に取った。バスクがニーズのお出かけ鞄を用意してくれたので礼を言って受け取り、家の外に出る。
フィガロがニーズの手を握って待っていてくれた。
「先生。父さんはすぐに来る」
「うん。ありがとう、フィガロ君」
「……別に」
「おにいちゃん。お歌歌おう」
「……俺、下手なんだけど」
「歌おーよ」
「……いいけど」
フィガロとニーズが、最近子供達の間で流行っている手遊び歌を歌い出した。微笑ましくて、思わず笑みを浮かべてしまう。
ニーズは普段は保育所に預けている。ラウトは仕事があるし、バスクは膝が悪く、毎日1日中ニーズの相手をするのはキツいからだ。ラウトはつい最近正式に離婚した。元妻シェリーには他に3人の夫がいて、元々あんまりラウトの家には来ていなかった。シェリーとはバスクの知り合いの紹介で結婚したのだが、夜の夫婦生活が上手くいかず、性格もあまり合わなかった。ニーズが生まれてくれたのが奇跡だと思う程、ラウトとシェリーは相性が悪かった。離婚を突きつけられた時は多少ショックであったが、今は逆に気分が楽になっている。家にバスクがいて子育てを手伝ってくれているし、最近はフィガロやアンジェリーナ、そしてガイナがニーズと遊んでくれるので、正直かなり助かっている。
ガイナが家から出てきたので、連れだって大通りへと向かい歩き始めた。手を繋いで歩く子供達の後ろを、ガイナと並んで歩く。チラッとガイナの顔を見上げれば、ガイナは機嫌よさそうに優しく子供達を見ていた。
ガイナがふっとラウトの方へ顔を向けた。ガイナがラウトにそっと身体を少し寄せ、小声で囁いた。
「先生。フィガロの誕生日が近ぇんだ。プレゼントに本を買ってやりてぇんだけどよ。いい店知らねぇか?」
「……それなら、児童書の品揃えがいい本屋さんがありますよ。僕は子供の頃にお小遣いを貯めて、よく買いに行っていました」
「お。マジか。場所はどこら辺なんだ?」
「第4地区にあります。ご案内しましょうか?」
「フィガロには渡す時まで秘密にしてぇんだけど」
「それなら、フィガロ君が学校に行っている時に行きますか?」
「いいのか? 何もなければ4日後が一応休みなんだわ」
「僕は大丈夫ですよ」
「締切は?」
「気分転換も大事です」
「ははっ。ちげぇねぇ。じゃあ、頼んでいいか?」
「えぇ。勿論」
「助かるわ。フィガロは本を読むのが好きでよ。俺はガキの頃から身体を動かすばっかで、あんま本を読まねぇから、どんな本がいいのかがよく分かんねぇんだ」
「売れ筋の最新流行の本から、不朽の名作まで揃ってますから、きっとフィガロ君が喜んでくれる本が見つかりますよ」
「ははっ。そいつはありがてぇな」
ガイナが嬉しそうに笑った。ガイナの妙に愛嬌がある笑顔を見ると、なんだかラウトまで顔が弛んでしまう。付き合いはまだ短いが、ガイナは本当にいい父親だと思う。いつもフィガロのことを気にかけている。
お菓子屋に行き、ガイナが焼き菓子の詰め合わせを買ってから、アンジェリーナの家の喫茶店へと向かった。
休日の昼頃なので、アンジェリーナの家の喫茶店は中々に客が多かったが、なんとか4人で座れた。店の手伝いをしていたアンジェリーナと、恰幅のいいアンジェリーナの祖父フレディが笑顔で迎えてくれた。
ガイナとフィガロは2人でオムレツサンドイッチとハムサンドイッチを分けっこして食べ、デザートにフルーツサンドイッチも美味しそうに食べていた。フィガロは食が細い方らしく、殆んどガイナが食べていた。ラウトもオムレツサンドイッチとフルーツサンドイッチをニーズと一緒に食べた。大人2人は珈琲を頼み、子供達は甘い蜂蜜入りの温かいミルクを頼んだ。ちょこちょこアンジェリーナがテーブルにやって来て、楽しそうにフィガロやニーズとお喋りしているのを、ラウトは目を細めて眺めた。ガイナも優しい顔をして、どことなく嬉しそうに子供達を眺めつつ、珈琲をのんびりと飲んでいた。
香りがいい美味しい珈琲と穏やかで楽しい昼食に、ラウトはなんだか久しぶりに気持ちがほっと落ち着いた。
ラウトが何気なくガイナを見ると、バチっとガイナと目が合った。ニッと楽しそうに笑ったガイナにつられて、ラウトもゆるく笑った。
なんて素敵な時間なんだろう。楽しくて、どこか温かくて。この時間がずっと続けばいいのに。ラウトは素直にそう思った。
仕事部屋である自室から出て玄関へと移動し、ドアを開けて外を覗くと、ニーズとフィガロ、それにガイナが3人で道端にしゃがみこんでいた。今日は何をしているのだろうか。そういえば、今日は確か世間一般は休日である。ガイナも仕事が休みなのだろう。
ラウトはボサボサの頭をカリカリ掻いて、3人に近寄った。
「こんにちは。ガイナさん。フィガロ君」
ガイナとフィガロが同時に顔を上げて、ラウトを見上げた。ガイナとフィガロはあまり似ていない。ガイナはとても体格がよく、顔は厳つい。ハッキリと言ってしまえば、怖い顔立ちである。フィガロはほっそりとしていて、割と優しい雰囲気の顔立ちをしている。きっとガイナの伴侶に似たのだろう。
ガイナがラウトを見上げて、ニッと笑った。ガイナは顔が厳つくて怖いが、笑うと少し愛嬌がある。
「よぉ。先生。今、絵しりとりしてんだよ」
「絵しりとり?」
「絵を描いて、それでしりとりしてんだ。これが俺が描いた猫で、こっちがニーズが描いたコップ、フィガロは今悩んでる」
「プなんてプリンくらいしか思いつかないじゃん」
「ははっ。プリンを描いたらフィガロの負けな」
「楽しそうですね」
ラウトは本当に楽しそうに笑っているガイナにつられて笑みを浮かべた。ガイナはよく笑う。ガイナが笑うと、フィガロもニーズも笑う。それを見るのが、ここ最近の密かな楽しみになっている。
ガイナが小枝をフリフリ軽く振りながら、ラウトを見上げた。
「先生。仕事が大丈夫なら喫茶店行かねぇか? アンジーん家の。まだ行けてねぇんだよ」
「あぁ。いいですねぇ。あそこのオムレツサンドイッチは本当に美味しいんですよ」
「へぇ。昼飯にどうだ?」
「ご一緒しますね。財布を取ってきます」
「おう。俺も取ってくるわ。途中で焼き菓子でも買って行きてぇんだが、前に貰った焼き菓子の店ってどこら辺にあるんだ? あれ、マジで美味かったぜ」
「焼き菓子のお店は大通りにありますよ。喫茶店には少し遠回りになりますけど」
「腹が減ってた方が飯が美味いしよ。一緒に歩いて行かねぇか? ニーズ坊が疲れたら俺がおぶるから」
「はい。ご案内しますね」
「頼んだぜ。先生」
ニッと笑って、ガイナが立ち上がった。ガイナは背が高いので、平均身長すれすれの身長しかないラウトは少し見上げなければガイナの目が見れない。ガイナの瞳は、甘そうなミルクチョコレートみたいな色をしている。顔に似合わず、優しい色合いだ。
ラウトは家の中に入り、居間でのんびり珈琲を飲んでいた父バスクに声をかけてから、自室へ行って財布を手に取った。バスクがニーズのお出かけ鞄を用意してくれたので礼を言って受け取り、家の外に出る。
フィガロがニーズの手を握って待っていてくれた。
「先生。父さんはすぐに来る」
「うん。ありがとう、フィガロ君」
「……別に」
「おにいちゃん。お歌歌おう」
「……俺、下手なんだけど」
「歌おーよ」
「……いいけど」
フィガロとニーズが、最近子供達の間で流行っている手遊び歌を歌い出した。微笑ましくて、思わず笑みを浮かべてしまう。
ニーズは普段は保育所に預けている。ラウトは仕事があるし、バスクは膝が悪く、毎日1日中ニーズの相手をするのはキツいからだ。ラウトはつい最近正式に離婚した。元妻シェリーには他に3人の夫がいて、元々あんまりラウトの家には来ていなかった。シェリーとはバスクの知り合いの紹介で結婚したのだが、夜の夫婦生活が上手くいかず、性格もあまり合わなかった。ニーズが生まれてくれたのが奇跡だと思う程、ラウトとシェリーは相性が悪かった。離婚を突きつけられた時は多少ショックであったが、今は逆に気分が楽になっている。家にバスクがいて子育てを手伝ってくれているし、最近はフィガロやアンジェリーナ、そしてガイナがニーズと遊んでくれるので、正直かなり助かっている。
ガイナが家から出てきたので、連れだって大通りへと向かい歩き始めた。手を繋いで歩く子供達の後ろを、ガイナと並んで歩く。チラッとガイナの顔を見上げれば、ガイナは機嫌よさそうに優しく子供達を見ていた。
ガイナがふっとラウトの方へ顔を向けた。ガイナがラウトにそっと身体を少し寄せ、小声で囁いた。
「先生。フィガロの誕生日が近ぇんだ。プレゼントに本を買ってやりてぇんだけどよ。いい店知らねぇか?」
「……それなら、児童書の品揃えがいい本屋さんがありますよ。僕は子供の頃にお小遣いを貯めて、よく買いに行っていました」
「お。マジか。場所はどこら辺なんだ?」
「第4地区にあります。ご案内しましょうか?」
「フィガロには渡す時まで秘密にしてぇんだけど」
「それなら、フィガロ君が学校に行っている時に行きますか?」
「いいのか? 何もなければ4日後が一応休みなんだわ」
「僕は大丈夫ですよ」
「締切は?」
「気分転換も大事です」
「ははっ。ちげぇねぇ。じゃあ、頼んでいいか?」
「えぇ。勿論」
「助かるわ。フィガロは本を読むのが好きでよ。俺はガキの頃から身体を動かすばっかで、あんま本を読まねぇから、どんな本がいいのかがよく分かんねぇんだ」
「売れ筋の最新流行の本から、不朽の名作まで揃ってますから、きっとフィガロ君が喜んでくれる本が見つかりますよ」
「ははっ。そいつはありがてぇな」
ガイナが嬉しそうに笑った。ガイナの妙に愛嬌がある笑顔を見ると、なんだかラウトまで顔が弛んでしまう。付き合いはまだ短いが、ガイナは本当にいい父親だと思う。いつもフィガロのことを気にかけている。
お菓子屋に行き、ガイナが焼き菓子の詰め合わせを買ってから、アンジェリーナの家の喫茶店へと向かった。
休日の昼頃なので、アンジェリーナの家の喫茶店は中々に客が多かったが、なんとか4人で座れた。店の手伝いをしていたアンジェリーナと、恰幅のいいアンジェリーナの祖父フレディが笑顔で迎えてくれた。
ガイナとフィガロは2人でオムレツサンドイッチとハムサンドイッチを分けっこして食べ、デザートにフルーツサンドイッチも美味しそうに食べていた。フィガロは食が細い方らしく、殆んどガイナが食べていた。ラウトもオムレツサンドイッチとフルーツサンドイッチをニーズと一緒に食べた。大人2人は珈琲を頼み、子供達は甘い蜂蜜入りの温かいミルクを頼んだ。ちょこちょこアンジェリーナがテーブルにやって来て、楽しそうにフィガロやニーズとお喋りしているのを、ラウトは目を細めて眺めた。ガイナも優しい顔をして、どことなく嬉しそうに子供達を眺めつつ、珈琲をのんびりと飲んでいた。
香りがいい美味しい珈琲と穏やかで楽しい昼食に、ラウトはなんだか久しぶりに気持ちがほっと落ち着いた。
ラウトが何気なくガイナを見ると、バチっとガイナと目が合った。ニッと楽しそうに笑ったガイナにつられて、ラウトもゆるく笑った。
なんて素敵な時間なんだろう。楽しくて、どこか温かくて。この時間がずっと続けばいいのに。ラウトは素直にそう思った。
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