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2:ガイナ

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 ガイナはフィガロを遊びに行かせてから、大きな溜め息を吐いた。フィガロはまだ誕生日がきていないので、10歳にもならない。それなのに、全然知らない土地に一緒に連れてきてしまった上に、遊ばずに家事をするという発想を持たせてしまった。ガイナが子供の頃は毎日幼なじみの友達2人と外を走り回って、しょうもない悪戯ばかりをして町の大人達から『悪ガキ3人衆』と呼ばれていたくらいなのに。

 ガイナは、中央の街とバーバラの街のちょうど中間くらいに位置する小さな町で生まれ育った。小さな頃から体格がよく、両隣の家に同い年の男児がいたので自然とその2人と仲良くなり、一緒に毎日外を走り回っては悪戯ばかりしていた。
 友達のティモンとダナンと3人で、女子供年寄り関係なく無差別に悪戯を仕掛けまくっていた。8歳の時に、そんなガイナ達に困り果てた親達が、町に引っ越してきたばかりの退役軍人に頭を下げて、悪戯っ子3人が彼から剣を教えてもらえるようにした。

 剣の師匠となったプルートは、厳つい顔の筋骨隆々な大男で、初対面ではビビった小心者のダナンが泣き出すくらい見た目が怖かった。3人揃って嫌々プルートから剣を習い始めたが、ガイナはすぐに剣を習うことが楽しくなった。プルートは見た目が怖いし、口が悪いし、すぐに拳骨をしてくるが、面倒見がよく、意外と冗談も分かる男だった。3人でやった悪戯を話すと、ゲラゲラ馬鹿笑いしてくれることもあった。

 とはいえ、女子供と年寄りに悪戯をすると、いつも拳骨が飛んできた。プルートに弟子入りをして三ヶ月くらいの頃に、プルートから言われて出産の立ち会いをさせられた。プルートが頼んだ妊婦の陣痛開始から子供が産まれる瞬間にまで立ちあうことになった。陣痛の痛みに何時間も苦しむ妊婦の姿を見て、分娩室に移動する前にダナンが堪えきれなくなって泣き出した。分娩室に移動して、産み落とす為に妊婦の局部をざっくり助産師が切ったところを見て、ティモンが気絶した。ガイナは泣いた。痛みに苦しみながらも必死で子供を産む姿は8歳の子供には衝撃的な上に壮絶過ぎて、完全にトラウマになった。しかし、今にして思えば、いい経験だったと思う。それ以降は自然と女に対して畏敬の念を抱くようになったし、母親と同じく命懸けで産まれてくる子供もとても尊い大切なものだと思えるようになった。子供を育て、今の暮らしを守ってきた年寄り達のことも、素直に尊敬するようになった。プルートは出産の立ち会いだけではなく、町の経産婦に頼んで、妊娠中の苦労や産んでからの話を3人に聞かせた。ガイナの中で、特に女子供は大切に守らなければならない存在になった。それからは悪戯の対象は男限定になり、そのうち、悪戯をするよりも剣を教えてもらうことの方が楽しくなり、自然と悪戯をしなくなった。

 ガイナはプルートが大好きだった。いつでも全力で構ってくれるし、とても厳しいが、ガイナの努力を認めてくれる。少しでも成長したら、不器用に褒めてガシガシと強く頭を撫でてくれた。

 プルートと一緒に過ごせたのは13歳の秋までだ。プルートはいつも家の鍵をかけていなかった。ガイナが無用心だと何度言っても、絶対に鍵をかけなかった。ベッドの中で冷たくなっているプルートを見つけたのはガイナだ。
 いつものようにプルートに剣を教えてもらう為に家に行って、いつものように勝手に家に入ってプルートを呼んでも、何の反応もなかった。暫く待っても家の中は静かなままで、なんとなく不安になったガイナは、プルートの私室に向かった。プルートはベッドに横になっていた。まるで幸せな夢をみているかのような穏やかな顔だったから、はじめは寝ているのかと思った。何度もプルートの名前を呼んでも全然起きないから、ガイナはプルートの頬に触れた。プルートは不自然な程に冷たかった。ガイナは慌てて医者を呼びに行き、結果、プルートが死んでいることを知った。

 プルートには毎月中央の街から会いに来る軍人の友達がいた。プルートの葬式の時に、その友達からプルートが病気だったことを初めて聞いた。治療法が確立していない珍しい病気で、いつ心臓が止まってもおかしくなかったそうだ。本来なら入院をしなくてはいけなかったそうだが、プルートは『死ぬ時くれぇ自由にさせろや』と言って、ガイナ達が住む町へとやって来たそうだ。
 プルートの友達から、ガイナ達は泣きながら礼を言われた。ガイナ達のお陰でプルートは最後まで楽しく生き、穏やかに死ねたと。
 ガイナが軍人になると決めたのはその時だ。プルートのような男になりたいと思った。優しくて、誰かを助けられるような男になりたい。幸い、ガイナには兄がいたから家を継ぐ必要はない。ガイナはそれからずっとプルートに言われたことを思い出しながら、1人で剣の鍛練を続けた。

 中央の街の高等学校を卒業し、無事にサンガレア領軍に就職ができた。ガイナは軍人が性に合っていたらしく、仕事が楽しくて仕方がなかった。

 この世界には神から遣わされる異世界から訪れる4人の神子がいる。風の神子、水の神子、土の神子、火の神子。神子は各々の宗主国に属し、神と人とを繋ぐ役割を担っている。
 神の恩恵が色濃い宗主国の王族は500年、神子は約1000年の時を生きる。故に、王族に仕える者と土の神子を戴く聖地神殿があるサンガレア領の公的機関に勤める者は、通称・長生き手続きというものをすることができる。長生き手続きをすると、神殿で神の祝福を受け、その時点から肉体が老化することなく生き続けることができるようになる。

 ガイナは魔力と肉体が一番いい状態だと言われている25歳の時に長生き手続きを受けた。単純に仕事が楽しくて、もっとずっとしていたいと思ったからだ。ガイナは同期の中では五本の指に入る程の実力があり、当然のように荒っぽい危険な職務が多い部隊に配属された。上司や同僚に恵まれ、ガイナは生き生きと働き続けた。

 ふと気がつけば、軍人になって80年以上が経っていた。ガイナは多少出世し、少ないが部下を持つ立場になっていた。その間に奇跡的に恋人ができたこともあったが、長くは続かなかった。仕事を優先していたのと、相手は全員女で、どうしても結婚が前提の付き合いとなるが、ガイナにはコンプレックスがあり、結婚、特に結婚したら必ずある夜の夫婦生活に、どうしても二の足を踏んでしまっていたからだ。

 ガイナは短小包茎だ。おまけに陰毛が生えていないつるりとした股間である。ガイナは勃起しても亀頭が全部出てこない真性包茎で、勃起しても自分の親指より僅かに長いくらいの大きさにしかならない。ガイナは体格がよく、筋骨隆々という言葉がピッタリ当てはまるような身体をしている。なのにペニスは完全に子供サイズの皮かむりだし、毛がない。陰毛が生え始めてくる年頃から密かに悩み始め、中学生になる頃には公衆浴場に行かなくなった。トイレも、小便でもいつも個室でしている。誰にも自分の股間を見られたくなかった。

 バーナードと出会ったのは13年前の春のことだった。職務中に酷い怪我をして、軍病院へ担ぎ込まれた。担ぎ込まれた病院の診察室に居たのが、まだ医者として駆け出しであったバーナードだった。怪我をした場所が脚の付け根に近いかなり際どいところで、その時軍服の腰から下がかなり汚れていたから、どうしてもズボンとパンツを脱ぐ必要があった。ガイナは躊躇したが、出血が酷いのが自分でも分かっていたので、嫌々ズボンとパンツを脱いだ。診察室に居た助手の男は思わずといった風に小さく吹き出したが、バーナードはガイナの股間を見ても笑わなかった。とても真剣な顔で治療をしてくれた。他にも何ヵ所か怪我をしていたので、短期間入院することになったのだが、担当医であるバーナードはとても親切で丁寧な態度で接してくれた。

 退院した後、偶然飲み屋で一緒になった時、声をかけてきたのはバーナードの方だった。2人で酒を飲まないかと誘われた。ガイナはバーナードに好印象を抱いていたので、すぐに頷いた。それから頻繁に一緒に酒を飲むようになり、バーナードから告白されて恋人になり、1年後には結婚をした。ガイナは男は恋愛対象外だったが、かなり年下のバーナードに情熱的に口説かれて絆された。恋人だった時に初めてセックスをして、ガイナが抱かれた。抵抗がなかったと言えば嘘になるが、その時は年下の恋人を本当に可愛いと思っていたので、バーナードが望むようにしてやりたかった。

 バーナードは結婚した頃はまだ24歳だった。結婚してすぐに、バーナードが子供が欲しいと言い出した。施設を利用して男同士で子供をつくるには、ざっくり庶民の年収10年分程の金銭が必要になる。使うことが少なくて貯金が貯まっていたガイナが全額を出して子供をつくった。

 生まれてきてくれたフィガロは、ガイナにとっては愛おしくて堪らない存在である。しかし、バーナードにとっては違ったようだ。
 フィガロは少し気難しく、身体が弱かった。幸い、重い病気になったことはないが、食が細いし、すぐに熱を出したりする。バーナードも最初のうちはフィガロを可愛がって積極的にフィガロの世話をしていたし、熱を出す度に心配しておろおろしていたが、そのうち、フィガロに関心を示さなくなった。フィガロは自分が思い描いていたような子供ではなかったらしい。バーナードの頭の中では、子供は無条件でバーナードに懐いて、いつでもニコニコ可愛らしく笑い、元気にすくすく育ってくれるものだったようだ。そんなわけがないのに。特に赤ん坊のうちは泣くのが仕事だ。自分の思いを言葉にできないうちは泣くことしかできないし、もどかしくなって手を出す時もある。それが普通だ。しかし、バーナードはそうは思わなかったらしい。

 2人揃って3年間の育児休暇をとったが、バーナードは1年で仕事に復帰した。フィガロが3歳になる頃には、同僚と飲みに行ったり、花街へ遊びに行くことが増えた。フィガロが5歳になる頃には、ガイナとセックスをしなくなった。ゆっくり寝たいからと寝室も分け、ガイナはフィガロと寝るようになった。フィガロが熱を出しても、『いつものことだろ』と言って、心配すらしなくなった。全然ガイナに触れてこなくなったバーナードのことを悩む日々が続いたが、セックスをしなくなって3年目くらいには諦めた。もう、多分駄目なんだろうな、と思い始めた。

 バーナードから離婚を切り出された時は、あぁついに……としか思わなかった。バーナードが女と浮気をしていて相手に子供ができたことにも、ガイナよりもその女を選ぶことにも、特に何も思わなかった。ただ、フィガロが捨てられることが憐れで悲しくて堪らなかった。最初に望んだのはバーナードなのに、自分の思い通りにいかないからといって我が子を捨てるだなんて。フィガロが可哀想だ。そしてフィガロに申し訳なくて堪らなかった。ガイナがバーナードのような男と結婚してしまったが為に、傷つかなくてよかったかもしれないことで傷つけてしまった。もっと早くにガイナがバーナードに見切りをつけて、フィガロが物心つく前に離婚をしていればよかったのだと気づいたのは、離婚が正式に成立してからだった。ガイナは、きっとバーナードもちゃんとフィガロと向き合って愛してくれると楽観視していた。バーナードは優しい男だから大丈夫だと。ガイナはバーナードを心から愛していた。
 でも、バーナードは、ガイナもフィガロも捨てた。

 ガイナは離婚が決まってから、別の街への異動を希望した。バーナードがいる中央の街にいたくなかった。フィガロをガイナの我が儘で振り回すことになるが、どうしても堪えきれなかった。
 引っ越しでバーバラに行く途中、生まれ故郷の町に寄った。とっくの昔に亡くなっている親兄弟、大事な幼なじみ2人、それからプルートの墓参りをした。プルートの墓前でガイナは少しだけ弱音を吐いて、それから頭を切り替えた。後悔してもどうしようもない。フィガロはガイナ1人で精一杯愛して育てる。
 新しい街なら、フィガロにもいい出会いがあるかもしれない。ガイナはとにかく前を向くことだけを考えた。


 夕食をのんびり作っていると、尻ポケットに入れていた端末の通知音が鳴った。魔導コンロの火を止めて、端末を取り出して操作すると、フィガロからだった。

『迷子発見。詰所の場所が分かんないし、現在地も分かんない。助けて』

 ガイナはエプロンを着けたまま、慌てて家から飛び出した。

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