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1:ジバルドの絶望

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ジバルド・ナインツは絶望の真っ只中にあった。
最愛の妻に捨てられた。1人息子にも嫌われ、顔もみたくないと言われた。
うだつの上がらない領軍の平軍人なりに仕事も頑張り、家事も率先してやって、妻に尽くしてきたつもりである。美男子ではない自覚はある。話上手でもないし、愛想がいい方でもない。剣の腕には多少自信があるが、探せばジバルド位の腕の者などいくらでもいるだろう。
26で結婚して10年。ジバルドはオッサンと呼ばれる年齢になっていた。

この世では男女比が平等ではなく、6:4で女の方が少ない。その為、ジバルドが住む火の宗主国では複婚や同性婚が法的に認められている。女は最大5人まで夫を持つことができる。
ジバルドが結婚した時は、妻には既に3人の夫がいた。ジバルドと結婚した翌年にも1人の男を夫とした。ジバルド以外の夫は皆ジバルドよりもずっと顔がよかった。そして仕事もできて、平の軍人のジバルドが一番給料が安かった。厳ついだけの、女に好かれるような見た目ではないジバルドは、親戚の紹介で結婚することになったのだが、妻に会って、すぐに若くて可愛らしい彼女に夢中になった。
ジバルドが妻と夜を共にできるのは、月に1度だけだったが、それでも良かった。複数いる他の夫との子供の世話もしたし、家事は殆どジバルド1人で行っていた。結婚して3年目に自分の子供が出来たときは泣いて喜んだ。産まれた子供はジバルドによく似た男の子だった。勉強はあまりできなかったジバルドが息子に教えられるのは剣だけだったので、息子が5歳になると、子供を対象にした練習用の剣を与え、家事の合間に息子に剣を教えるのが一番の楽しみであった。妻も息子も心から愛していた。
しかし、妻はそうではなかった。ジバルドの事など、家事と育児をする使用人のように思っていたのだろう。月に1度の夜の逢瀬も断られることが多かったし、ジバルドの子が産まれた時もジバルドに似た子供の顔を見て溜め息を吐いた。一応、子供に乳を与えてはくれたが、それ以外のことは何もしようとはせず、息子を抱き締めることもなかった。息子も母に好かれていないことを敏感に察していたのだろう。そして原因が自分が父親であるジバルドに似ているからだということにも気がついた。息子は大きくなるにつれ、ジバルドを疎むようになった。それでも息子を愛していたので、ジバルドは懸命に息子に話しかけたり、剣の稽古をしようと誘い続けた。しかし息子は嫌な顔をするだけだった。

ついに10日前。
妻から一方的に離婚を突きつけられた。ジバルドを追い出して、新しく夫を迎えるそうだ。何度も話し合おうとしたが無駄だった。最愛の息子にも出ていけ、2度と顔を見せるなと言われ、心が折れた。離婚届けに署名して、役所に提出し、少ない荷物を持って家を出た。幸い単身用の官舎に空きがあったので、すぐにそこに住めることになったが、ジバルドの心は沈みこんだままだった。
それでも仕事には行かねばならない。
酒に溺れたりできれば良かったのかもしれないが、ジバルドは酒が飲めなかった。剣を振るえば気が紛れるかと思ったが、そんなことはなく、今日の訓練中には新人でもしないような馬鹿なミスをして、怪我をしただけだった。
今日は事情を知る直属の上司から少し遠い所へ出張するようを言い渡された。意気消沈として、仕事でミスを連発するジバルドを見かねたのだろう。気分転換してこい、と優しく肩を叩かれた。






ーーーーーー
馬に乗って1週間。目的の村についた。
今回の出張の目的は、ジバルドが住む領地の中心である街から遠く離れた小さな村近くの森に、最近不審な人影をよく見ると村の住人から通報があり、その真偽を確かめることである。本来なら複数人で調査を行うべきだが、まずはジバルドが先行して、村の住人に聞き取り調査を行い、森の様子を見てみることになった。その結果次第では、本格的な調査隊を派遣してもらうことになる。
村の村長に挨拶をしてから、早速話を聞いていく。その日は村長と他数人に話を聞くだけで終わってしまった。村長の家に泊めてもらい、翌日は朝早くから、問題の森へと1人向かった。

馬を森の入り口の木に繋ぎ、単身森の中に入っていく。あまり整備されていない森の中を歩いて、奥に進む。黙々と歩いていると、少し開けた場所に出た。小さな水場がある。水筒に用意していた水が残り僅かになっていたので、ついている。ジバルドは背負っていた荷物から水筒を取り出すと、水場に近づき、水筒に水を汲んだ。水筒の口を閉めてから地面に置き、両手で水を掬って飲む。とても冷たい水が美味しい。2度、3度と飲んでいると、突然目の前が暗くなった。ジバルドはそのまま意識を失った。






ーーーーーー
ジバルドは身体を揺さぶられる感覚で目が覚めた。重たい瞼をこじ開けて目を開くと、黒髪の褐色の肌をした人物がジバルドを覗きこんでいた。ジバルドを起こしたのは、おそらくこの人物だろう。頭がぼんやりする。何度かパチパチと瞬きをした。


「君、大丈夫?」


ジバルドを起こしたであろう人物に声をかけられた。ぼーっとその人物の顔を見上げていると、あることに気づく。瞳も黒い。
黒髪。褐色の肌。黒い瞳。
該当する人物等、この世に1人しかいない。ジバルドの頭は一気に覚醒した。バッと起き上がり、その場に平伏する。


「うおっ!」


目の前の人物が少し驚いたように声を上げた。ジバルドは深く頭を下げ、地面に額を擦りつけた。
ジバルドを起こした人物は、火の神子のリー様だ。


この世には今4人の異世界から召喚されたという神子が存在する。
風の神子フェリ。水の神子マルク。土の神子マーサ。火の神子リー。
神子は各宗主国に属し、神と人とを繋ぐ役割を担っている。
火の神子リー様は現国王の伴侶でもある。ジバルドにとっては、はるか遠い雲の上の存在だ。写真で顔は見たことがあるが、実際に会えるような身分ではない。そのリー様が目の前にいる。ジバルドは急速に高まる緊張に冷や汗を流した。


「えぇーと……とりあえず顔を上げてくれない?」


リー様からまた声をかけられた。畏れ多いことこの上ないが、おずおずとジバルドは顔を上げた。ちょっと困ったような表情をしたリー様が首を傾げた。


「こんなところで何してたの?女の子1人じゃ危ないよ?」


ジバルドはポカンとした。ジバルドはどこをどう見ても男だ。顔も身体も厳ついし、密かに自慢な豊かな髭も生えている。


「あれ?でもその服確かここの領地の軍服だよね?君領軍の人?」

「は、はい」


掠れた声が出た。リー様がまた首を捻る。


「えー?ここの領軍って女の子も採用してるの?」


だからジバルドは男だ。
とても畏れ多いが、訂正しなければならない。


「あの……その、自分は男であります」

「え?いや、女の子じゃん」

「…………は?」


リー様がジバルドの胸元を指差した。その指の先を追って、自分の胸元を見下ろす。
胸元には男の時にはなかった膨らみがあった。思わず触ってみる。柔らかい感触が手に伝わった。


「…………は?」


どこをどうとっても女の乳房だ。女のおっぱいがジバルドの胸についている。ジバルドはリー様が目の前にいることを忘れて、急いで軍服のボタンを外し、バッと服の前を開けた。自分の身体におっぱいがついている。更に慌てて自分の股間に触れると、ない。生まれた頃からの相棒がない。ジバルドは白目を向いて再び意識を失った。


また身体を揺さぶられる感覚でジバルドは意識を取り戻した。リー様が心配そうな顔で見下ろしている。
ジバルドは身体を起こすと、勢いよく再び平伏した。


「や、それはもういいから。顔を上げてよ」

「はっ」


顔を上げてリー様を見る。リー様はちょっと困った顔をしていた。言いにくそうにしながら、リー様が口を開く。


「言いにくいんだけど……」

「は、はい」

「君、精霊に呪いかけられちゃってるよ」

「…………せ、精霊ですか……」

「うん。さっきの反応見る限り、君本当に男だったんでしょ?」

「……はい」

「今は女の子になってるよね」

「…………」


信じがたいことにジバルドの身体は女になっていた。現実を見たくなくて、視線はリー様の顔に固定したままだ。


「君この森でなんかした?」


特になにもしていない。強いて言うなら歩き回って、この水場で水を飲んだだけだ。ジバルドはつっかえながらも、森に来た経緯と森での行動をリー様に話した。リー様は話を聞き終えると頭を掻いた。


「あー……君やっちゃったね」

「……は」

「ここの水場さぁ。精霊の住処なんだよ。その水を飲んだことで精霊の怒りをかっちゃったんだな」


ジバルドは驚いて目を見開いた。そもそも精霊というものが、どういうものかが分からない。しかし、自分がかなりマズイことしてしまったのだということは理解できる。


「精霊の呪いってさー、かなり厄介なんだよね。1度かけられると、呪いをかけた精霊本人にも解けないんだよ。呪いをかける時には必ず解除の条件があって、その条件を満たせば呪いは解けるんだけど」

「そ、その条件というのは……?」

「んー……ちょっと向こうで待っててくれる?」

「は、はい」


ジバルドはよろよろと立ち上がって、リー様が指差した方向へと歩きだした。軍服がたぶついて勝手が悪い。ブーツも足に合っていない。歩きにくい状態でリー様から離れた。少し歩いて、そのままその場で立ち止まる。自分の手を見てみると、小さな傷と剣だこは変わりないが、明らかに小さくなっている。さっきはそれどころじゃなかったから気づかなかったが、小さく声を出してみると、女にしては少し低めではあるが、普段よりも明らかに高い声が出た。胸元を見下ろせば、おっぱいがある。再び自分の股間にズボンの上から手で触れると、いつでもあったはずの相棒の感触がない。本当の本当に女の身体になっている。
初めて聞く精霊とやらのことも分からないし、呪いとやらもよく分からない。
ジバルドはリー様に呼ばれるまで、呆然としていた。

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