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5年の月日が流れた。
ミーシャは正体不明の気持ちをそのままに、ひたすら薬学に尽力をそそぐ毎日を過ごした。
5年の間に後輩もでき、指導する立場にもなった。ルート先輩とはそれまで通り、一後輩として接している。
ミーシャが王宮薬師局に勤め始めて10年。
サンガレア領の薬事研究所から、そろそろ来ないかとの打診もあった。
ミーシャは悩んでいた。
地元に帰るために頑張ってきたので、打診を受けたことは純粋に嬉しい。しかし、どうしても気になることがあった。
ルート先輩のことだ。
ルート先輩に対する気持ちはこの5年で減るどころか、大きくなる一方だった。
正体不明のまま、ルート先輩と別れて地元に帰るのは、なんだか嫌だった。かといって、迷惑はかけたくない。
どうしたものか……。
最近のミーシャはそればかりが頭の中を占めていた。
稽古にも身が入らず、弟達にも心配をされているようだ。
(なんとか区切りをつけなきゃね……)
ーーーーーー
「いい加減好きだと認めたらいいだろう」
「……うーん」
西の軍詰め所の訓練場の隅っこでジル中隊長と並んで煙草を吸っていた。
ジル中隊長はやや呆れた顔をしている。
「宙ぶらりんな状態をあと何年続ける気だよ。いい加減諦めろ」
「認めたところで失恋確定じゃないですか」
「だが、そのまま故郷に戻るのも嫌なんなんだろ?」
「……はい」
ミーシャは下唇を噛んで俯いた。
「認めろよ。そんでフラれてこい。やけ酒には付き合ってやるよ」
「……ジル中隊長は優しいですね」
「まぁな」
「……認めてしまいましょうか……」
「ルート殿のこと好きなんだろ?」
「……はい」
「なら本人にサクッと言っちまえ」
「はい」
ーーーーーー
思い立ったが吉日。
ミーシャはその夜、ルート先輩に酒をのもうと誘った。
ちょうど軍人組は当直で不在だから、家には2人きりである。
ルート先輩は気軽に誘いにのってくれた。
将軍に貰ったとっておきの酒を出すと、ルート先輩は嬉しそうにつまみの準備を始めた。
つまみをいくつか作ると、早速酒の栓を開け、2人分のグラスに注いだ。
「これ飲んでみたかったんだ」
「美味しいですね。流石将軍」
チーズと生ハムをのせたクラッカーともよく合う。
ルート先輩はご機嫌でニコニコしながらグラスの酒を舐めた。
後輩たちの話や今取りかかってる研究の話などをしながら、杯を重ねていく。
ミーシャはどのタイミングで言えばいいか、さっぱり分からなかった。何かを誤魔化すように、いつもより早いペースで酒を飲んだ。
「ミーシャ。今日飲むなぁ」
「そうですか?」
「……最近さ、少し様子がおかしかっただろ?マーシャル達も気になってるようだった。何かあったか?」
「……サンガレア薬事研究所から、そろそろ来ないかって打診がありました」
「!?そうなのか!良かったじゃないか!」
「はい」
「やっと念願の地元に帰れるってのに、何悩んでるんだ?」
ミーシャはルート先輩の言葉に、やや俯かせていた顔をあげ、ルート先輩を真っ直ぐ見つめた。
「好きなんです」
「王都が?」
「いえ、王都ではなく……」
「じゃあ、今の職場か?」
「職場も好きですけど、ちょっと違います」
「……もしかしてジル中隊長か?」
「尊敬はしてますけど違います」
ミーシャは一度深呼吸した。
「ルート先輩が好きなんです。できたら結婚したいくらいに」
「……」
ルート先輩が目を見開いて固まった。
(言ってしまった……!!)
ミーシャは再び俯いた。
「先輩が男専門なのは重々承知してます。私なんか完全に恋愛対象外だってのも。諦めようと思って今まで黙ってました。でも、この中途半端な気持ちを抱えたままじゃ地元に帰れません。サクッとフッてやってください」
ミーシャは断罪を待つような気持ちでルート先輩の反応を待った。やはり言わなければよかったかと、後悔が押し寄せる。
「……ミーシャ」
「……はい」
「気持ちはありがとう」
「……はい」
「でも俺じゃダメなんだよ」
「……はい」
「ごめんな」
ルート先輩が俯いたままのミーシャの頭を優しく撫でた。
「お前の周りには俺なんかよりずっといい男が沢山いるよ」
「……でも私は先輩がいいです」
「……無理なんだよ。ごめんな。泣かせちまって」
グラスを持つ手にポタポタと涙が零れた。分かっていたことだったが、案の定の結果に涙を止めることができなかった。ルート先輩が優しく頭を撫で続けてくれている。その手の少し低い体温に切なくなって、益々涙が溢れでる。
「……お前、俺なんかのどこがいいんだよ。他にもいい男は山のように身近にいるだろ?」
「……薬師として尊敬してます。真面目で優しくて可愛いところが大好きです」
「……俺は別に可愛くないぞ」
「可愛いです。キスしたいくらいに」
撫でていた手が止まった。
目線をあげると、ルート先輩が顔を赤くしていた。
「……それに……」
頭にのせてあった手を優しく握る。
「先輩だけです。私の表情分かるの。好きなんです、本当に。諦めきれないくらい好きなんです」
ミーシャの剣ダコだらけの手に包まれたルート先輩の手がピクリと微かに動いた。
「どうしても無理ならフッてください。けど、ほだされる余地があるなら、ほだされてください。私、ルート先輩の幸せのために頑張ります。私……ルート先輩と家族になりたいんです」
「……家族……」
「ルート先輩。私と家族になってくれませんか?」
「……俺は平民で孤児だ。釣り合わない」
「そんなの関係ありません」
「あるよ」
「ないです」
「あるんだよ」
「世間なんて知りません。貴方を守るためならなんだってします。私の側にいて欲しいんです。貴方と離れたくない」
「……俺、男専門だぞ?しかも抱かれる方が多い。それなりに遊んでたから汚い体だ」
「先輩は綺麗です。昔リー君が言ってました。とても綺麗な魂してるって」
「……」
「考えてくれませんか?……少しでもいいから。私のこと」
「……わかった」
そう言ってルート先輩は自室へと戻っていった。ミーシャは流れる涙をそのままにグラスの中身を飲み干した。
本当は無理と言われたらサクッと引くつもりだったのに、つい追いすがってしまった。
ミーシャはため息を吐いて、グラスに酒を注いで飲み干した。
ミーシャは正体不明の気持ちをそのままに、ひたすら薬学に尽力をそそぐ毎日を過ごした。
5年の間に後輩もでき、指導する立場にもなった。ルート先輩とはそれまで通り、一後輩として接している。
ミーシャが王宮薬師局に勤め始めて10年。
サンガレア領の薬事研究所から、そろそろ来ないかとの打診もあった。
ミーシャは悩んでいた。
地元に帰るために頑張ってきたので、打診を受けたことは純粋に嬉しい。しかし、どうしても気になることがあった。
ルート先輩のことだ。
ルート先輩に対する気持ちはこの5年で減るどころか、大きくなる一方だった。
正体不明のまま、ルート先輩と別れて地元に帰るのは、なんだか嫌だった。かといって、迷惑はかけたくない。
どうしたものか……。
最近のミーシャはそればかりが頭の中を占めていた。
稽古にも身が入らず、弟達にも心配をされているようだ。
(なんとか区切りをつけなきゃね……)
ーーーーーー
「いい加減好きだと認めたらいいだろう」
「……うーん」
西の軍詰め所の訓練場の隅っこでジル中隊長と並んで煙草を吸っていた。
ジル中隊長はやや呆れた顔をしている。
「宙ぶらりんな状態をあと何年続ける気だよ。いい加減諦めろ」
「認めたところで失恋確定じゃないですか」
「だが、そのまま故郷に戻るのも嫌なんなんだろ?」
「……はい」
ミーシャは下唇を噛んで俯いた。
「認めろよ。そんでフラれてこい。やけ酒には付き合ってやるよ」
「……ジル中隊長は優しいですね」
「まぁな」
「……認めてしまいましょうか……」
「ルート殿のこと好きなんだろ?」
「……はい」
「なら本人にサクッと言っちまえ」
「はい」
ーーーーーー
思い立ったが吉日。
ミーシャはその夜、ルート先輩に酒をのもうと誘った。
ちょうど軍人組は当直で不在だから、家には2人きりである。
ルート先輩は気軽に誘いにのってくれた。
将軍に貰ったとっておきの酒を出すと、ルート先輩は嬉しそうにつまみの準備を始めた。
つまみをいくつか作ると、早速酒の栓を開け、2人分のグラスに注いだ。
「これ飲んでみたかったんだ」
「美味しいですね。流石将軍」
チーズと生ハムをのせたクラッカーともよく合う。
ルート先輩はご機嫌でニコニコしながらグラスの酒を舐めた。
後輩たちの話や今取りかかってる研究の話などをしながら、杯を重ねていく。
ミーシャはどのタイミングで言えばいいか、さっぱり分からなかった。何かを誤魔化すように、いつもより早いペースで酒を飲んだ。
「ミーシャ。今日飲むなぁ」
「そうですか?」
「……最近さ、少し様子がおかしかっただろ?マーシャル達も気になってるようだった。何かあったか?」
「……サンガレア薬事研究所から、そろそろ来ないかって打診がありました」
「!?そうなのか!良かったじゃないか!」
「はい」
「やっと念願の地元に帰れるってのに、何悩んでるんだ?」
ミーシャはルート先輩の言葉に、やや俯かせていた顔をあげ、ルート先輩を真っ直ぐ見つめた。
「好きなんです」
「王都が?」
「いえ、王都ではなく……」
「じゃあ、今の職場か?」
「職場も好きですけど、ちょっと違います」
「……もしかしてジル中隊長か?」
「尊敬はしてますけど違います」
ミーシャは一度深呼吸した。
「ルート先輩が好きなんです。できたら結婚したいくらいに」
「……」
ルート先輩が目を見開いて固まった。
(言ってしまった……!!)
ミーシャは再び俯いた。
「先輩が男専門なのは重々承知してます。私なんか完全に恋愛対象外だってのも。諦めようと思って今まで黙ってました。でも、この中途半端な気持ちを抱えたままじゃ地元に帰れません。サクッとフッてやってください」
ミーシャは断罪を待つような気持ちでルート先輩の反応を待った。やはり言わなければよかったかと、後悔が押し寄せる。
「……ミーシャ」
「……はい」
「気持ちはありがとう」
「……はい」
「でも俺じゃダメなんだよ」
「……はい」
「ごめんな」
ルート先輩が俯いたままのミーシャの頭を優しく撫でた。
「お前の周りには俺なんかよりずっといい男が沢山いるよ」
「……でも私は先輩がいいです」
「……無理なんだよ。ごめんな。泣かせちまって」
グラスを持つ手にポタポタと涙が零れた。分かっていたことだったが、案の定の結果に涙を止めることができなかった。ルート先輩が優しく頭を撫で続けてくれている。その手の少し低い体温に切なくなって、益々涙が溢れでる。
「……お前、俺なんかのどこがいいんだよ。他にもいい男は山のように身近にいるだろ?」
「……薬師として尊敬してます。真面目で優しくて可愛いところが大好きです」
「……俺は別に可愛くないぞ」
「可愛いです。キスしたいくらいに」
撫でていた手が止まった。
目線をあげると、ルート先輩が顔を赤くしていた。
「……それに……」
頭にのせてあった手を優しく握る。
「先輩だけです。私の表情分かるの。好きなんです、本当に。諦めきれないくらい好きなんです」
ミーシャの剣ダコだらけの手に包まれたルート先輩の手がピクリと微かに動いた。
「どうしても無理ならフッてください。けど、ほだされる余地があるなら、ほだされてください。私、ルート先輩の幸せのために頑張ります。私……ルート先輩と家族になりたいんです」
「……家族……」
「ルート先輩。私と家族になってくれませんか?」
「……俺は平民で孤児だ。釣り合わない」
「そんなの関係ありません」
「あるよ」
「ないです」
「あるんだよ」
「世間なんて知りません。貴方を守るためならなんだってします。私の側にいて欲しいんです。貴方と離れたくない」
「……俺、男専門だぞ?しかも抱かれる方が多い。それなりに遊んでたから汚い体だ」
「先輩は綺麗です。昔リー君が言ってました。とても綺麗な魂してるって」
「……」
「考えてくれませんか?……少しでもいいから。私のこと」
「……わかった」
そう言ってルート先輩は自室へと戻っていった。ミーシャは流れる涙をそのままにグラスの中身を飲み干した。
本当は無理と言われたらサクッと引くつもりだったのに、つい追いすがってしまった。
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