大きな薬師

丸井まー(旧:まー)

文字の大きさ
上 下
44 / 56

しおりを挟む

新薬試用の為の軍詰め所通いは終わり、また王宮での勤めに戻った。

季節は秋になっていた。
時折、冬を思わせるような寒々しい風が吹き始めた頃である。
朝晩冷え始めた頃だというのに、ミーシャは出勤前の朝稽古が終わる頃には汗だくになっていた。ざっとシャワーを浴びると、手早く着替えて台所へと向かう。
向かった先には既にルート先輩がいた。
味噌汁やご飯の炊けるいい匂いがする。


「おはようございます」

「おはよう。朝飯もうちょいで出来るぞ」

「ありがとうございます。手伝います」

「じゃあ、皿出してくれ」

「はい」


皿を2人分、食器棚から取り出す。
軍人組は一昨日から野外演習に行っていて不在である。
テーブルに二人分の食器を並べ、お茶の用意をする。
味噌汁以外にもベーコンエッグや果物のサラダ、昨日の残りの茸と牛肉のソテーが食卓に並んだ。
2人で向かい合って座る。


「いただきます!」


空きっ腹を抱えていたミーシャは朝からガッツリ食べ始めた。
ルート先輩も大量のベーコンエッグをご飯と共に美味しそうにパクついている。


「先輩。味噌汁美味しいです」

「それは良かった」


元々器用なルート先輩はあっという間に料理が上達した。
最初の頃はミーシャが料理を教えていたが、おおよそ一年足らずで料理をマスターした。今やレパートリーはミーシャよりルート先輩の方が多いくらいである。

食べ終わるとミーシャが後片付けをしながら、ついでに弁当箱に作りおきのおかずと余っているご飯をおにぎりにして詰めていく。

お弁当の準備ができたら、制服に着替えて準備完了である。
先に準備を終えて新聞を読んでいたルート先輩と温かいお茶を飲んでから、2人で家を出た。







ーーーーーー

今年の夏休みはルート先輩と合わせてとり、一緒に実家へと帰った。
一週間の休みを、ミーシャは剣術と狩り三昧で過ごした。ルート先輩は食い倒れツアーをしつつ、暇さえあればチーファと刺繍や縫製をしながらまったり過ごしていた。
リーも刺繍を始めたそうで、いつの間にか仲良くなっていた。
リーに友達が増えるのはいいことである。
ミーシャが彼らに街で見かけた綺麗な色の布と刺繍糸をプレゼントすると、とても喜んでくれた。

ルート先輩から、お礼にと、可愛らしい刺繍のされたハンカチを貰った。
使うのが勿体ないくらい綺麗だったので、箱にいれて大事に保管することにした。たまに取り出して眺めている。

まだまだ遠慮がちであるが、ミーシャの家族とも大分馴染んできたようで、ミーシャは一人安堵していた。






ーーーーーー

「飲み会ですか?」

「あぁ。ヒューブ先輩の発案でな。今夜仕事上がりに店に行くんだが、お前はどうする?」

「私もご一緒させてもらってもいいんですか?」

「いいんじゃないか?今までは若い娘だからってことで声かけなかったけど、お前ならまぁいいんじゃないかという結論に至ったそうだ」

「ご迷惑じゃなかったら行ってみたいです。王都じゃあんまり外食しないから、どんな店があるか、あんまり知らないです」

「店はヒューブ先輩が案内してくれる。まぁ多分馴染みの店だろうけどな」

「地元以外で外でお酒飲むの初めてです。楽しみです」

「そうか。楽しみの前に保管室の整理終わらせとけよ」

「はいっ!」


ミーシャは元気よく返事して作業を開始した。

その日の仕事終わり。
ヒューブ先輩らに連れられて繁華街へとやってきた。
ミーシャは初めて来る場所だったので、ついきょろきょろしてしまう。
半ば予想通りミーシャが目立ってしまっていて、通りを歩く人々からジロジロ見られてしまって、少し居心地が悪い。
先輩方は気にせず前を歩いている。


「ついたぞー」


先頭を歩いていたヒューブ先輩らにくっついてミーシャも店に入る。店内は小綺麗な様子で、女性客も何人かいた。ヒューブ先輩が店員に何か言うと、そのまま店の奥の個室に案内された。テーブルと椅子以外にも、洒落た置物などがセンスよく置いてある部屋である。


「ここの店は比較的手頃な値段で酒も食事も旨いんだよ」

「そうなんですか」

「ミーシャちゃん、初めてでしょ。頼みたいもの頼みなよ」

「ありがとうございます」

「子羊のシチューは中々だぞ」

「へぇ。じゃあ、試しにそれ頼んでみます。あと水牛のステーキお願いします」

「ガッツリいくな」

「ルート先輩はガッツリいかなくていいんですか?」

「んー。飯より酒の気分」

「ワインとつまみは適当に見繕って頼むか。ミーシャちゃんもワイン飲むだろ?」

「はい。いただきます」


側に控えていた店員に注文を頼むと、礼をして室内から出ていった。
今回の飲みの面子は、ヒューブ先輩、マルクス先輩、ブルック先輩、ルート先輩、ミーシャの5人だ。他の人は家庭持ちだったり、用事があったりして来れなかったらしい。

然程待たずに食前酒が運ばれてきた。
甘めの果実酒が炭酸で割られており、飲み口が爽やかで美味しい。その後運ばれてきた料理はどれも美味しく、ミーシャは上機嫌で舌鼓を打った。
皆、軽く食事をとると、本格的に酒を飲みだした。ミーシャも甘めのワインを飲む。


「このワイン美味しいですね」

「でしょ。それ近くの領地で作られてるワインなんだ。ここの店は品揃えが良くてさ。他にも色々あるよ。ミーシャちゃんにはちょっと珍しいものとかね」

「地元以外であんまり外食しないので、食事もお酒も珍しいものばかりです。水牛、初めて食べました」

「結構旨いよな」

「はい。美味しかったです」

「ミーシャちゃん、外食しないの?」

「普段は殆どしませんね。ただでさえ大喰らいですし、王都で美味しい店となるとお値段が高いので財布が厳しいんです。だから基本的に自炊してます」

「あー、なるほど。ミーシャちゃん舌が肥えてそうだもんね」

「舌が肥えてるというより、家のご飯に慣れてるだけだと思います。甘味屋にはたまに行きますよ」

「お前の場合、家のご飯が旨すぎるんだよ。だから舌が肥えてる」

「言えてるな」

「マーサ様のご飯美味しかったもんなぁ」


それから慰安旅行の思い出話に花を咲かせた。話しは尽きることなく、お店の閉店時間ギリギリまで笑い声が絶えることがなかった。


「ミーシャちゃん、本当に大丈夫?」

「全然大丈夫です。軽いので」


ミーシャはルート先輩をおんぶしていた。ルート先輩が途中から寝てしまって、気持ちよく寝てるところを起こしてしまうのは忍びなかったため、おんぶして連れて帰ることにしたのだ。


「ルートはどちらかと言えば、酒に弱い方だからな」

「盛り上がってつい飲ませ過ぎちゃいましたね」

「ミーシャちゃんも結構飲んでたけど、大丈夫かい?」

「はい。酒には強い方なので平気です」

「頼もしいなぁ」


ヒューブ先輩がクスクスと笑った。
現地解散となり、上級貴族街に家があるミーシャはその場で別れた。先輩方は解散と言いつつ、二軒目に行くらしい。

ミーシャはほろ酔いで上機嫌なまま、家までの道をゆっくり歩いた。冷え始めた空気の中、背中の温もりが心地よかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

完結 R18 媚薬を飲んだ好きな人に名前も告げずに性的に介抱して処女を捧げて逃げたら、権力使って見つけられ甘やかされて迫ってくる

シェルビビ
恋愛
 ランキング32位ありがとうございます!!!  遠くから王国騎士団を見ていた平民サラは、第3騎士団のユリウス・バルナムに伯爵令息に惚れていた。平民が騎士団に近づくことも近づく機会もないので話したことがない。  ある日帰り道で倒れているユリウスを助けたサラは、ユリウスを彼の屋敷に連れて行くと自室に連れて行かれてセックスをする。  ユリウスが目覚める前に使用人に事情を話して、屋敷の裏口から出て行ってなかったことに彼女はした。  この日で全てが終わるはずなのだが、ユリウスの様子が何故かおかしい。 「やっと見つけた、俺の女神」  隠れながら生活しているのに何故か見つかって迫られる。  サラはどうやらユリウスを幸福にしているらしい

初めての相手が陛下で良かった

ウサギテイマーTK
恋愛
第二王子から婚約破棄された侯爵令嬢アリミアは、王子の新しい婚約者付の女官として出仕することを命令される。新しい婚約者はアリミアの義妹。それどころか、第二王子と義妹の初夜を見届けるお役をも仰せつかる。それはアリミアをはめる罠でもあった。媚薬を盛られたアリミアは、熱くなった体を持て余す。そんなアリミアを助けたのは、彼女の初恋の相手、現国王であった。アリミアは陛下に懇願する。自分を抱いて欲しいと。 ※ダラダラエッチシーンが続きます。苦手な方は無理なさらずに。

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

R18 優秀な騎士だけが全裸に見える私が、国を救った英雄の氷の騎士団長を着ぐるみを着て溺愛する理由。

シェルビビ
恋愛
 シャルロッテは幼い時から優秀な騎士たちが全裸に見える。騎士団の凱旋を見た時に何で全裸でお馬さんに乗っているのだろうと疑問に思っていたが、月日が経つと優秀な騎士たちは全裸に見えるものだと納得した。  時は流れ18歳になると優秀な騎士を見分けられることと騎士学校のサポート学科で優秀な成績を残したことから、騎士団の事務員として採用された。給料も良くて一生独身でも生きて行けるくらい充実している就職先は最高の環境。リストラの権限も持つようになった時、国の砦を守った英雄エリオスが全裸に見えなくなる瞬間が多くなっていった。どうやら長年付き合っていた婚約者が、貢物を散々貰ったくせにダメ男の子を妊娠して婚約破棄したらしい。  国の希望であるエリオスはこのままだと騎士団を辞めないといけなくなってしまう。  シャルロッテは、騎士団のファンクラブに入ってエリオスの事を調べていた。  ところがエリオスにストーカーと勘違いされて好かれてしまった。元婚約者の婚約破棄以降、何かがおかしい。  クマのぬいぐるみが好きだと言っていたから、やる気を出させるためにクマの着ぐるみで出勤したら違う方向に元気になってしまった。溺愛することが好きだと聞いていたから、溺愛し返したらなんだか様子がおかしい。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【R18】異世界転移少女、イケオジと猫耳プレイする

チーズたると
恋愛
「異世界転移したら老紳士のお世話になることになりまして」の続編。 男性視点のお話です。

処理中です...