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しおりを挟む新薬試用の為の軍詰め所通いは終わり、また王宮での勤めに戻った。
季節は秋になっていた。
時折、冬を思わせるような寒々しい風が吹き始めた頃である。
朝晩冷え始めた頃だというのに、ミーシャは出勤前の朝稽古が終わる頃には汗だくになっていた。ざっとシャワーを浴びると、手早く着替えて台所へと向かう。
向かった先には既にルート先輩がいた。
味噌汁やご飯の炊けるいい匂いがする。
「おはようございます」
「おはよう。朝飯もうちょいで出来るぞ」
「ありがとうございます。手伝います」
「じゃあ、皿出してくれ」
「はい」
皿を2人分、食器棚から取り出す。
軍人組は一昨日から野外演習に行っていて不在である。
テーブルに二人分の食器を並べ、お茶の用意をする。
味噌汁以外にもベーコンエッグや果物のサラダ、昨日の残りの茸と牛肉のソテーが食卓に並んだ。
2人で向かい合って座る。
「いただきます!」
空きっ腹を抱えていたミーシャは朝からガッツリ食べ始めた。
ルート先輩も大量のベーコンエッグをご飯と共に美味しそうにパクついている。
「先輩。味噌汁美味しいです」
「それは良かった」
元々器用なルート先輩はあっという間に料理が上達した。
最初の頃はミーシャが料理を教えていたが、おおよそ一年足らずで料理をマスターした。今やレパートリーはミーシャよりルート先輩の方が多いくらいである。
食べ終わるとミーシャが後片付けをしながら、ついでに弁当箱に作りおきのおかずと余っているご飯をおにぎりにして詰めていく。
お弁当の準備ができたら、制服に着替えて準備完了である。
先に準備を終えて新聞を読んでいたルート先輩と温かいお茶を飲んでから、2人で家を出た。
ーーーーーー
今年の夏休みはルート先輩と合わせてとり、一緒に実家へと帰った。
一週間の休みを、ミーシャは剣術と狩り三昧で過ごした。ルート先輩は食い倒れツアーをしつつ、暇さえあればチーファと刺繍や縫製をしながらまったり過ごしていた。
リーも刺繍を始めたそうで、いつの間にか仲良くなっていた。
リーに友達が増えるのはいいことである。
ミーシャが彼らに街で見かけた綺麗な色の布と刺繍糸をプレゼントすると、とても喜んでくれた。
ルート先輩から、お礼にと、可愛らしい刺繍のされたハンカチを貰った。
使うのが勿体ないくらい綺麗だったので、箱にいれて大事に保管することにした。たまに取り出して眺めている。
まだまだ遠慮がちであるが、ミーシャの家族とも大分馴染んできたようで、ミーシャは一人安堵していた。
ーーーーーー
「飲み会ですか?」
「あぁ。ヒューブ先輩の発案でな。今夜仕事上がりに店に行くんだが、お前はどうする?」
「私もご一緒させてもらってもいいんですか?」
「いいんじゃないか?今までは若い娘だからってことで声かけなかったけど、お前ならまぁいいんじゃないかという結論に至ったそうだ」
「ご迷惑じゃなかったら行ってみたいです。王都じゃあんまり外食しないから、どんな店があるか、あんまり知らないです」
「店はヒューブ先輩が案内してくれる。まぁ多分馴染みの店だろうけどな」
「地元以外で外でお酒飲むの初めてです。楽しみです」
「そうか。楽しみの前に保管室の整理終わらせとけよ」
「はいっ!」
ミーシャは元気よく返事して作業を開始した。
その日の仕事終わり。
ヒューブ先輩らに連れられて繁華街へとやってきた。
ミーシャは初めて来る場所だったので、ついきょろきょろしてしまう。
半ば予想通りミーシャが目立ってしまっていて、通りを歩く人々からジロジロ見られてしまって、少し居心地が悪い。
先輩方は気にせず前を歩いている。
「ついたぞー」
先頭を歩いていたヒューブ先輩らにくっついてミーシャも店に入る。店内は小綺麗な様子で、女性客も何人かいた。ヒューブ先輩が店員に何か言うと、そのまま店の奥の個室に案内された。テーブルと椅子以外にも、洒落た置物などがセンスよく置いてある部屋である。
「ここの店は比較的手頃な値段で酒も食事も旨いんだよ」
「そうなんですか」
「ミーシャちゃん、初めてでしょ。頼みたいもの頼みなよ」
「ありがとうございます」
「子羊のシチューは中々だぞ」
「へぇ。じゃあ、試しにそれ頼んでみます。あと水牛のステーキお願いします」
「ガッツリいくな」
「ルート先輩はガッツリいかなくていいんですか?」
「んー。飯より酒の気分」
「ワインとつまみは適当に見繕って頼むか。ミーシャちゃんもワイン飲むだろ?」
「はい。いただきます」
側に控えていた店員に注文を頼むと、礼をして室内から出ていった。
今回の飲みの面子は、ヒューブ先輩、マルクス先輩、ブルック先輩、ルート先輩、ミーシャの5人だ。他の人は家庭持ちだったり、用事があったりして来れなかったらしい。
然程待たずに食前酒が運ばれてきた。
甘めの果実酒が炭酸で割られており、飲み口が爽やかで美味しい。その後運ばれてきた料理はどれも美味しく、ミーシャは上機嫌で舌鼓を打った。
皆、軽く食事をとると、本格的に酒を飲みだした。ミーシャも甘めのワインを飲む。
「このワイン美味しいですね」
「でしょ。それ近くの領地で作られてるワインなんだ。ここの店は品揃えが良くてさ。他にも色々あるよ。ミーシャちゃんにはちょっと珍しいものとかね」
「地元以外であんまり外食しないので、食事もお酒も珍しいものばかりです。水牛、初めて食べました」
「結構旨いよな」
「はい。美味しかったです」
「ミーシャちゃん、外食しないの?」
「普段は殆どしませんね。ただでさえ大喰らいですし、王都で美味しい店となるとお値段が高いので財布が厳しいんです。だから基本的に自炊してます」
「あー、なるほど。ミーシャちゃん舌が肥えてそうだもんね」
「舌が肥えてるというより、家のご飯に慣れてるだけだと思います。甘味屋にはたまに行きますよ」
「お前の場合、家のご飯が旨すぎるんだよ。だから舌が肥えてる」
「言えてるな」
「マーサ様のご飯美味しかったもんなぁ」
それから慰安旅行の思い出話に花を咲かせた。話しは尽きることなく、お店の閉店時間ギリギリまで笑い声が絶えることがなかった。
「ミーシャちゃん、本当に大丈夫?」
「全然大丈夫です。軽いので」
ミーシャはルート先輩をおんぶしていた。ルート先輩が途中から寝てしまって、気持ちよく寝てるところを起こしてしまうのは忍びなかったため、おんぶして連れて帰ることにしたのだ。
「ルートはどちらかと言えば、酒に弱い方だからな」
「盛り上がってつい飲ませ過ぎちゃいましたね」
「ミーシャちゃんも結構飲んでたけど、大丈夫かい?」
「はい。酒には強い方なので平気です」
「頼もしいなぁ」
ヒューブ先輩がクスクスと笑った。
現地解散となり、上級貴族街に家があるミーシャはその場で別れた。先輩方は解散と言いつつ、二軒目に行くらしい。
ミーシャはほろ酔いで上機嫌なまま、家までの道をゆっくり歩いた。冷え始めた空気の中、背中の温もりが心地よかった。
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