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大きな薬師の受難
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ミーシャ・サンガレアは自宅に戻るなり、大きな溜め息をついた。
(疲れた……何なのよ、もう)
瘴気との戦いが終わり、神子達が回復し、再度封印を施すのを見届けると王都に戻った。職場に復帰し、事情を知る王宮薬師局長から労りの言葉をかけられて、また王宮で働きはじめて5ヶ月が経とうとしていた。
働くのはいいのだ。
先輩にしごかれつつ、雑用をこなし、走り回る。
まだ3年目の新人として、上を目指し、頑張っていこうと日々奮闘している。
問題はそれを邪魔する者が現れたことだ。
王宮に戻ってから、仕事中だろうと、勤務前、勤務後だろうと、こちらの事情になんの配慮もなく、話しかけ、まとわりついてくる輩が出てきたのだ。
煩わしいことに、日を追う毎に増えていっている。
彼らはこの国の貴族や土の国に来ている他国の王族らだった。
故に無下にも扱えず、かといって職場に迷惑をかけるわけにもいかず、板挟みのような状態になり、ミーシャはとても疲れていた。
聞けば、無事、国軍に入隊できた弟のマーシャルも似たようなものだという。王公貴族のご令嬢方に詰めかけられ、訓練どころではないらしい。
何とかせねばならないが、未だ魔力が回復しきらない母や忙しい叔父達を、できるだけ頼りたくはない。
仕事の時はやめてくれ、と再三言っているのに聞く耳持たない彼らをどうしたらいいのか、ミーシャは頭を悩ませていた。
溜め息を何度も吐きながら、夕食を作っていると、呼び鈴がなった。濡れた手をエプロンで拭いて、玄関に行くと、そこにはフィリップ将軍が立っていた。
「あら、将軍こんにちは」
「よう。土産だ」
「あっ!!ケーキだ!ありがとう!!」
将軍にケーキの入った箱を手渡されるとミーシャはさっきまでの憂鬱な気分はあっけなく吹き飛び、上機嫌になった。
ケーキの箱を持ったまま、将軍を家の中に招き入れる。
「晩ごはん食べた?」
「いや、まだだ」
「じゃあ、時間大丈夫なら一緒に食べましょうよ。今作ってるところなの。マーシャル達ももうそろそろ帰ってくるし」
「それじゃあ、そうさせてもらおうか」
「はーい」
いそいそとケーキを魔導冷蔵庫にしまうと、夕食作りの続きを始めた。
今夜のメニューはメンチカツと野菜たっぷりのミネストローネ、カボチャのサラダである。メンチカツは多目に作って、明日の弁当に入れる予定だ。
ミーシャを含め、食べ盛りばかりなので、量は全て山盛りだ。
ガーリックトーストも作るが、米も炊いた。
家の台所はカウンターキッチンになっているので、将軍にお茶をだし、料理を作りながら、とりとめのない話をした。
ちょうど夕食が出来上がる頃に、マーシャルとロバートが帰って来た。
料理をダイニングに運び、4人で食卓を囲む。
「いただきます!!」
軍の訓練でしごかれて腹を減らしているマーシャル達は勢いよく食べ始めた。人並み以上の身体に人並み以上の食いっぷりのマーシャルは勿論、体格も食欲も人並みのロバートまで、がっついて沢山食べた。
将軍はそんな彼らの様子を苦笑して眺めながら、彼らに負けじとよく食べた。
「ミーシャもだいぶ料理が上手くなったな」
「本当?ありがとう」
「ミネストローネは母様並みだよ」
「母様の方が美味しいでしょ」
「マーサ様のは勿論美味しいけど、ミィのミネストローネとカレーはマーサ様と同じくらい美味しいよ」
「だなぁ。ということで、おかわり下さい」
「ふふっ。ありがとう」
マーシャルから皿を受け取って、ミネストローネのおかわりをよそってやる。皆満足いくまで食べると、お茶を入れ直し、将軍のお土産のケーキを出した。
「将軍ありがとう。ちょー美味しい」
「ありがとうございます」
「私、ここのケーキ好きなのよ」
「そいつは良かったな」
あまい苺がたっぷりのったタルトを味わうようにゆっくり食べた。自然と顔がほころぶ。(端から見たら無表情だろうが)
「ところでお前達、最近はどうだ?」
将軍の言葉に、3人のフォークがピタッと止まった。
「最近……ねぇ」
「あー……うん」
途端にしょっぱい顔をする3人に、将軍が苦笑をもらした。
「やれやれ、報告は本当だったか。お前達、職場に貴族達に押しかけられているのだろう?」
「そうなのよ」
ミーシャはげんなりした顔で溜め息をついた。
「仕事中はやめてください、って何度も言ってるのに、仕事中にも来るのよ。一緒にいる先輩を邪魔者呼ばわりして追い払おうとするし。もう本当に堪んないわ」
「俺も似たような感じかな。俺のところはご令嬢だけだから、ミィほどではないだろうけど」
「もう、俺達上官や先輩、同僚達に毎日謝りっぱなしですよ」
3人揃って大きな溜め息を吐いた。
「去年の今頃はこんなことなかったのに」
ミーシャがぶーたれて言うと、横に座る将軍が宥めるようにミーシャの頭をわしわし撫でた。
「先の瘴気戦の影響だろうな。勿論、マーサ様だけの功績ではないが、当代土の神子の力を改めて証明したからな。少しでも近づき、何かしらの恩恵を得ようと考えても何ら可笑しくない」
「それなら、前からあってもいいもんだけど。ミィ、去年はなかったんだろ?」
「なかったわよ。だから今困ってるのよ。どう対処したらいいか分からないんだもの」
「そりゃそうだろうよ。マーサ様が主要な貴族には圧力かけてたからな。あれで結構過保護なところがあるからな」
「え、そうだったの!?」
「あぁ」
「じゃあ、今なんでこんな自体になってるわけ?」
「考えられるのは、さっきも言ったように瘴気戦の影響だろうな。あとは、マーサ様が普段通り動けないからな。一時的に目が届かなくなったんだろう」
「なるほど」
「母様はまだ本調子じゃないし、陛下は忙しいから、できたら頼りたくないんだけど、どうしたらいいかしら?」
「軍の方は俺がなんとかできないことはないが、王宮の方は少々厳しいな」
「将軍も忙しいだろ?自分達でなんとかしたいんだけど……」
「だったら、せめて勤務中は来ないよう、説得するしかないな」
「うー。それしかないかぁ」
「来ないでくれって何度も言ってるんだけどなぁ」
ぐったりした様子の3人に、将軍は労るように新しいお茶を入れてやった。
(疲れた……何なのよ、もう)
瘴気との戦いが終わり、神子達が回復し、再度封印を施すのを見届けると王都に戻った。職場に復帰し、事情を知る王宮薬師局長から労りの言葉をかけられて、また王宮で働きはじめて5ヶ月が経とうとしていた。
働くのはいいのだ。
先輩にしごかれつつ、雑用をこなし、走り回る。
まだ3年目の新人として、上を目指し、頑張っていこうと日々奮闘している。
問題はそれを邪魔する者が現れたことだ。
王宮に戻ってから、仕事中だろうと、勤務前、勤務後だろうと、こちらの事情になんの配慮もなく、話しかけ、まとわりついてくる輩が出てきたのだ。
煩わしいことに、日を追う毎に増えていっている。
彼らはこの国の貴族や土の国に来ている他国の王族らだった。
故に無下にも扱えず、かといって職場に迷惑をかけるわけにもいかず、板挟みのような状態になり、ミーシャはとても疲れていた。
聞けば、無事、国軍に入隊できた弟のマーシャルも似たようなものだという。王公貴族のご令嬢方に詰めかけられ、訓練どころではないらしい。
何とかせねばならないが、未だ魔力が回復しきらない母や忙しい叔父達を、できるだけ頼りたくはない。
仕事の時はやめてくれ、と再三言っているのに聞く耳持たない彼らをどうしたらいいのか、ミーシャは頭を悩ませていた。
溜め息を何度も吐きながら、夕食を作っていると、呼び鈴がなった。濡れた手をエプロンで拭いて、玄関に行くと、そこにはフィリップ将軍が立っていた。
「あら、将軍こんにちは」
「よう。土産だ」
「あっ!!ケーキだ!ありがとう!!」
将軍にケーキの入った箱を手渡されるとミーシャはさっきまでの憂鬱な気分はあっけなく吹き飛び、上機嫌になった。
ケーキの箱を持ったまま、将軍を家の中に招き入れる。
「晩ごはん食べた?」
「いや、まだだ」
「じゃあ、時間大丈夫なら一緒に食べましょうよ。今作ってるところなの。マーシャル達ももうそろそろ帰ってくるし」
「それじゃあ、そうさせてもらおうか」
「はーい」
いそいそとケーキを魔導冷蔵庫にしまうと、夕食作りの続きを始めた。
今夜のメニューはメンチカツと野菜たっぷりのミネストローネ、カボチャのサラダである。メンチカツは多目に作って、明日の弁当に入れる予定だ。
ミーシャを含め、食べ盛りばかりなので、量は全て山盛りだ。
ガーリックトーストも作るが、米も炊いた。
家の台所はカウンターキッチンになっているので、将軍にお茶をだし、料理を作りながら、とりとめのない話をした。
ちょうど夕食が出来上がる頃に、マーシャルとロバートが帰って来た。
料理をダイニングに運び、4人で食卓を囲む。
「いただきます!!」
軍の訓練でしごかれて腹を減らしているマーシャル達は勢いよく食べ始めた。人並み以上の身体に人並み以上の食いっぷりのマーシャルは勿論、体格も食欲も人並みのロバートまで、がっついて沢山食べた。
将軍はそんな彼らの様子を苦笑して眺めながら、彼らに負けじとよく食べた。
「ミーシャもだいぶ料理が上手くなったな」
「本当?ありがとう」
「ミネストローネは母様並みだよ」
「母様の方が美味しいでしょ」
「マーサ様のは勿論美味しいけど、ミィのミネストローネとカレーはマーサ様と同じくらい美味しいよ」
「だなぁ。ということで、おかわり下さい」
「ふふっ。ありがとう」
マーシャルから皿を受け取って、ミネストローネのおかわりをよそってやる。皆満足いくまで食べると、お茶を入れ直し、将軍のお土産のケーキを出した。
「将軍ありがとう。ちょー美味しい」
「ありがとうございます」
「私、ここのケーキ好きなのよ」
「そいつは良かったな」
あまい苺がたっぷりのったタルトを味わうようにゆっくり食べた。自然と顔がほころぶ。(端から見たら無表情だろうが)
「ところでお前達、最近はどうだ?」
将軍の言葉に、3人のフォークがピタッと止まった。
「最近……ねぇ」
「あー……うん」
途端にしょっぱい顔をする3人に、将軍が苦笑をもらした。
「やれやれ、報告は本当だったか。お前達、職場に貴族達に押しかけられているのだろう?」
「そうなのよ」
ミーシャはげんなりした顔で溜め息をついた。
「仕事中はやめてください、って何度も言ってるのに、仕事中にも来るのよ。一緒にいる先輩を邪魔者呼ばわりして追い払おうとするし。もう本当に堪んないわ」
「俺も似たような感じかな。俺のところはご令嬢だけだから、ミィほどではないだろうけど」
「もう、俺達上官や先輩、同僚達に毎日謝りっぱなしですよ」
3人揃って大きな溜め息を吐いた。
「去年の今頃はこんなことなかったのに」
ミーシャがぶーたれて言うと、横に座る将軍が宥めるようにミーシャの頭をわしわし撫でた。
「先の瘴気戦の影響だろうな。勿論、マーサ様だけの功績ではないが、当代土の神子の力を改めて証明したからな。少しでも近づき、何かしらの恩恵を得ようと考えても何ら可笑しくない」
「それなら、前からあってもいいもんだけど。ミィ、去年はなかったんだろ?」
「なかったわよ。だから今困ってるのよ。どう対処したらいいか分からないんだもの」
「そりゃそうだろうよ。マーサ様が主要な貴族には圧力かけてたからな。あれで結構過保護なところがあるからな」
「え、そうだったの!?」
「あぁ」
「じゃあ、今なんでこんな自体になってるわけ?」
「考えられるのは、さっきも言ったように瘴気戦の影響だろうな。あとは、マーサ様が普段通り動けないからな。一時的に目が届かなくなったんだろう」
「なるほど」
「母様はまだ本調子じゃないし、陛下は忙しいから、できたら頼りたくないんだけど、どうしたらいいかしら?」
「軍の方は俺がなんとかできないことはないが、王宮の方は少々厳しいな」
「将軍も忙しいだろ?自分達でなんとかしたいんだけど……」
「だったら、せめて勤務中は来ないよう、説得するしかないな」
「うー。それしかないかぁ」
「来ないでくれって何度も言ってるんだけどなぁ」
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