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7:なんか、むずっ

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 不本意ながら、レックスと暮らし始めて5日目の朝。
 ライアンが目覚めると、レックスの寝顔が近くにあった。イラッとする程金色の睫毛が長い。レックスは中身はチンピラもどきだが、見た目だけはいい。見た目だけは。軍人のくせに、透明感のある白い肌をしており、間近で観察しても、毛穴やニキビ痕が見つからない。うっすら髭が伸びているが、まばらでそんなに目立たない。無駄に顔がいいのが、なんともイラッとする。

 レックスは、ライアン以外には比較的物腰が柔らかいので、無駄にモテる。男も女も取っ替え引っ替えしているヤリチンクソ野郎である。ちんこもげろ。ライアンは、レックスの不誠実な交際が心底嫌いだ。結婚をする前にセックスをするだなんて言語道断である。本気の相手こそ大事にするべきだ。遊びで素人とセックスをするなんて許しがたい。ライアンも娼婦を買うことがあるが、それは相手が玄人だから構わないのだ。それに、恋人ができた時には娼婦も買わない。ちゃんと誠実に交際をしている。

 レックスとは、軍学校で顔を合わせた瞬間に、こいつとは合わないなと思った。実際、レックスの言動は、ライアンを苛立たせるものばかりだ。不誠実な交際も心底軽蔑している。

 ライアンは朝からイライラして、ぐっすり寝ているレックスの腹を蹴り、ベッドから落とした。『ぶべっ!?』と変な声を上げたレックスが立ち上がり、キレた顔でライアンを見下ろしてきた。


「朝っぱらから何しやがる。てめぇこの野郎」

「うるっせぇ。俺のベッドで寝てんじゃねぇよ。ヤリチンカス野郎」

「寝落ちちゃったんだから、しょうがねぇだろうが! 受け入れる側の方が負担がでけぇんだよ!」

「うるっせぇ。叫ぶな。クソうぜぇ」

「あ゛ぁ? やんのかごらぁ?」

「上等だごらぁ」


 ライアンは素早く起き上がりながら、レックスの脇腹に蹴りを入れた。レックスがライアンの足を掴み、ベッドに上がって、生意気にも関節技をかましてきやがった。地味にクソ痛い。ライアンは、なんとか関節技から逃れようとしたが、がっちり固められていて、中々逃げ出せない。


「おらおらぁ。とっとと『ごめんなさい』しろぉ」

「ふっっざけんな!! クソヤリチン!!」

「おぉん? このまま関節外すぞ。下手くそ野郎」

「ぶっっっっ殺す」

「できねぇことを言うな。ハゲ。毛根を死滅させんぞ」

「あ゛? クッソがぁぁ!!」

「はぁー。腹減った。おい。飯」

「その前に関節技をときやがれ!!」

「チッ。しょうがねぇな」


 関節技をきめられたせいで、背中に嫌な汗がじんわり滲んでいる。地味にクッッソ痛かった。レックスの腹立つ顔面に拳を叩き込みたいが、少し急がないと仕事に遅れる。ライアンは、腹いせに悪趣味な枕をレックスの顔面に叩きつけてから、全裸のまま、シャワーを浴びに風呂場へ向かった。

 パンツだけを穿いて、手早く朝食を作ると、ライアンは居間のテーブルに朝食を運んだ。料理は得意だ。ライアンの母親は、ライアンが12歳の時に病気で亡くなったので、それから実家を出るまでは、ライアンが炊事を含めた家事の殆どをしていた。ライアンの母親は、元々身体が弱かった。ライアンが一緒に料理をすると、いつも母親がとても嬉しそうに笑ってくれたので、ライアンは母親と一緒に料理をするのが好きだった。

 今朝のメニューは、チーズたっぷりのリゾットに、手作りのドレッシングをかけた野菜サラダ、分厚いハムを焼いて、目玉焼きをのせたもの、デザートには今が旬の杏もある。

 洗濯物をベランダに干し終えたレックスが、居間のテーブルにやって来た。無言で椅子に座ったレックスが、食前の祈りを口にしてから、バクバクと食べ始めた。無言でガツガツ食べているレックスは、なんとも美味しそうな表情をしている。ライアンが作った料理は、レックスの口に合うのだろう。いつも無言だが、なんとなく美味しそうに食べるし、ライアンの料理を残したことは無い。
 ライアンもガツガツ急いで食べながら、ほんのちょっとだけ、本当ーーにちょっとだけ、胸の奥が擽ったい感じがした。

 ライアンが食器を洗っていると、バタバタと掃除をしていたレックスが、家から出ていく気配がした。ライアンも、そろそろ出ないと遅刻する。ライアンは手早く洗い物を済ませてから、大急ぎで着替えて、家を出た。

 足早に職場に向かいながら、ライアンは欠伸を噛み殺した。午前中勤務になったとはいえ、毎日毎日、五~六発もセックスをしているから、地味に疲れが溜まっている。ついでに、睡眠不足気味だ。最初の三発くらいまでは割とすんなりイケるようになったが、そこからが地味に長くなる。ライアンはまだ25歳と若いが、毎日、セックス五~六発は、若干辛いものがある。早く『暁の魔女』になんとかしてもらわないと、ライアンの身が保たない。
 今日は、訓練日だ。疲れた身体で帰ったら、またセックスをするのかと思うと気が重くなる。レックスのアナルは確かに気持ちがいいが、何事も程々がいいし、何より、毎回気合でなんとか勃起させているので本当に辛い。
 ライアンは、溜め息を連発しながら、訓練場へと向かった。

 午前中いっぱい訓練に励むと、ライアンは地味に疲れた身体で職場を出た。レックスが馬鹿みたいに食うから、毎日買い物をしないと、すぐに食材が足りなくなる。ライアンとしても、食事はしっかり摂りたい方だ。身体が資本の仕事なので、バランスのよい、ちゃんとした食事を作るよう心掛けている。

 馴染みの市場で新鮮な魚を見つけたので、今夜は魚の香草焼きをメインにする。それから、豆と挽肉をトマトで煮て、野菜ゴロゴロのスープを作ればいいだろう。馴染みのパン屋でパンも多めに買って、ライアンは仮住まいの家に帰った。

 ライアンが家に帰り着くと、レックスが居間でシャツにアイロンをかけていた。ライアンをチラッと見たレックスが口を開いた。


「飯」

「待ってろ。ヤリチン」

「てめぇのシャツを焦がすぞ。下手くそ」

「その下手くそに、あんあん喘がされてるくせに」

「あ゛ぁ? アイロンでじゅっとやられてぇのか」

「あ゛? 飯が食いたかったら大人しくしてろ。ボケカス」

「「チッ」」


 ライアンは腹立たしいレックスに舌打ちをしてから、台所へ向かった。手早く昼食を作り始める。昼食後はセックスをするから、軽めのものを作る。下味をつけ、小麦粉をつけた鶏胸肉に卵をつけて焼いて、野菜サラダを作り、ベーコンと根菜がゴロゴロのスープを手早く作り上げる。パンは焼きたてのものを買ってきたから、焼き直す必要は無い。

 ライアンは、出来上がった昼食を居間のテーブルに運んだ。大人しく椅子に座ったレックスが、テーブルの上に並べた料理を見て、無意識なのか、目を輝かせた。なんか、腹の奥がむずっとする。

 ライアンは気にせず椅子に座り、食前の祈りを口にしてから、早速食べ始めた。下味をつけて、卵をつけて焼いた鶏胸肉は、パサパサしておらず、素直に美味しい。我ながら上出来である。野菜サラダのドレッシングもいい出来だし、スープも上手く出来ている。馴染みのパン屋のパンも美味しい。完璧な昼食である。

 ガツガツと無言で美味しそうに食べているレックスをチラッと見て、ライアンは、また腹の奥がむずっとするのを感じた。
 レックスは心底嫌いな相手だが、食事に文句を言わずに残さず食べるところは、まぁ数少ない美点だと思う。他に美点が無い気がするので、唯一といった方が正確かもしれない。

 ライアンは、お代わりまでしてがっつり食べたレックスに、ちょっと呆れつつ、やはり腹の奥がむずっとするのを感じた。

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