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中央の街での遭遇

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カミロは1人で大きな本屋から出て、むふーっと満足気な息を吐いて、手に持っている、本が3冊も入っている紙袋を見下ろした。

『公的機関交流会』から1ヶ月程経っている。季節は初夏から夏本番に移り変わり、毎日が息苦しい程蒸し暑い。サンガレアは夏場は領地外からの来領を自粛するよう通達を出す程暑くなる。慣れない暑さに熱中症になり倒れる者が続出した為、来領自粛の通達が出されるようになったらしい。故に、いつもは観光客が多く賑やかな中央の街も、夏本番になった今は人通りもまばらで、なんとなく静かである。

今日はカミロはアフラックと2人で朝から中央の街に来ていた。今日から仕事が3連休に入るため、アフラックが花街に行くついでに中央の街を案内してくれることになったのだ。カミロは今日は黒い無地のぴったりとしたラインのタンクトップにカーキ色のサルエルパンツ、濃い紺色のドルマン袖の夏用カーディガンを着ている。財布と家の鍵、ポケットに入るサイズの小さめのタオルだけをポケットに突っ込んで自宅を出てきた。
アフラックに劇場に連れていってもらい、生まれて初めて芝居というものを観た。様々な魔導製品や演出用の派手な魔術で巧みに演出される芝居は、内容はいまいち理解できなかったが、観ていて飽きなかった。劇場には特殊な結界がいくつか張られており、劇場の建物や観客席の外に音が漏れないように通常使用されるものよりも複雑な防音結界が張られていたり、劇場の建物そのものに、害意のある人間は侵入することができないという非常に特殊で複雑かつ難易度の高い結界が張られていた。芝居を行う役者達や観客を守る為のものらしい。役者達には熱狂的なファンがいる者もいるし、芝居は小学生以下は無料で子供の客も多いため、こういった特殊な結界が使用されているらしい。非常に興味深い。
興奮冷め止まぬままアフラックと劇場近くの拉麺屋というものに行き、初めて拉麺なるものを食べた。土の神子マーサが様々な調味料や料理を開発したりして普及させたので、サンガレアは食文化が豊かで、少々特殊らしい。食文化だけではなく、衣服もマーサの故郷のものが取り入れられて普及している。サンガレアの気候がマーサの故郷に似ているそうで、甚平という服は夏場の公的機関の制服にもなっている。
拉麺でそれなりに腹を満たした後は、『馴染み』に土産を買うというアフラックについていき、装飾品を扱っている店に行った。ここにも結界魔術が使用されていた。高価な装飾品の盗難防止用のものらしい。装飾品を選ぶアフラックに時折どういう意図でどういう風に身につけるものなのか、説明を受けながら、キラキラと光る様々な装飾品を眺めた。
その後はかき氷というものが食べられる喫茶店とやらに行き、器に山盛りのかき氷を食べ、腹を冷やしすぎるといけないからと熱い珈琲を飲み、喫茶店の前でアフラックとは別れた。アフラックはこれから花街に行き、まる2日、通いなれた『娼館』とやらにいる『馴染み』と遊ぶらしい。『娼館』も『馴染み』とやらもよく分からないが、とても楽しいらしい。しかし、『流石にお前を連れていくのはマズイ』とアフラックが言っていた。何がマズイのかよく分からないが、そういうものらしい。
アフラックと別れた喫茶店がある大きな通りを真っ直ぐ歩けば馬車乗り場がある街の入り口に行ける。1人でも帰ることができるので、アフラックにお礼を言ってから、カミロは馬車乗り場を目指して歩き始めた。
その途中で大きな本屋を見つけた。本屋とは本を売っている場所だ。カミロは本を買ったことがないし、1冊も自分の本というものを持っていない。カミロにとっては、本は誰かに与えられて読むか、借りて読むものである。
カミロは本屋の前で立ち止まり、少し考えた。カミロはサンガレアに来て自由になった。よく魔術書を貸してくれるイアソンのように、自分だけの本を持ってもいいのではないだろうか。
カミロは本屋に入り、本屋の魔術書コーナーを何度もぐるぐる回って悩み、結局3冊の魔術書を購入した。カミロは生まれて初めて、自分だけの本を手に入れた。

カミロは大事に本が入った紙袋を胸に抱き締めて、馬車乗り場へと向かい歩き始めた。
すると、歩いて5分もしないうちに、背後から肩を叩かれた。立ち止まって後ろを振り返ると、『黒い男』がいた。


「アンタ、魔術師街まで歩いて帰るの?」


突然現れた『黒い男』の存在と唐突な発言に驚いて、咄嗟に声が出ずに、カミロは無言で首を横に振った。


「魔術師街行きの馬車って確か1日3便だろ。で、最終便は夕方。具体的な出発時間は?」

「……4時」

「今は5時過ぎてる」


カミロは驚いて目を見開いた。最終便の出発時間に余裕で間に合うような時間にアフラックとは別れた。本屋でそんなに時間が経ってしまっていたのか。カミロは時計を持ち歩く習慣がない。ピシッと固まったカミロに、ジャファーがズボンのポケットから取り出した時計を見せた。……確かに5時をもう30分以上過ぎている。なんなら6時に近いくらいだ。魔術師街は中央の街からそれなりに離れており、歩けない距離ではないのだろうが、道を覚えていないので1人で歩いて帰れる自信がない。どうしよう。
固まって嫌な汗をかき始めたカミロに、ジャファーが話しかけてきた。


「晩飯と酒に付き合ってくれたら馬で送るけど」

「……え?」

「俺、郊外にある公爵家の畑んとこに建ててもらった家にディオと住んでんのよ」

「……あ、はい」

「で、今夜はディオの恋人が家に来るわけ。恋人ってのが俺の同い年の甥っ子なんだけど。2人きりにしてやろうと気を利かせて街に来たんだわ」

「……はぁ……」

「でも、よくよく考えたらさ、1人でそこそこ遅い時間まで時間潰すってやったことねぇし。1人で飯食うのも嫌だし。つーわけだから、付き合って。お礼に馬で送るし。あ、なんならアンタん家に泊めてよ。あいつら家に2人きりならイチャイチャしまくってるだろうし」

「……は、はぁ……」

「どうする?」

「え?あ……」

「じゃあ飯食いに行こう」


カミロは承諾した覚えはないのだが、ジャファーに腕をとられて馬車乗り場とは反対方向に一緒に歩き始めてしまった。
ジャファーの案内で安くて美味しく量が多いという定食屋へ行き、カツ丼というものを食べている時に、完全に固まっていた脳ミソが漸く動き始めた。
ジャファーと夕食を一緒に食べて、一緒に酒を飲んだら、魔術師街まで馬で連れていってくれるらしい。正直かなり助かる。酒は殆んど飲んだことがないが、多分なんとかなるだろう。財布に金はそれなりに入れてきているので、金銭的な意味でもなんとかなる。
カミロは今更ながら、ジャファーに付き合うことを決めた。







ーーーーーー
定食屋を出て、今は繁華街にあるダーツバーという店に来ている。ダーツというもので遊びながら酒を飲む場所らしい。
初めて見るダーツというものに目を白黒させていると、矢と呼ばれるものをジャファーに渡された。壁にかけてある的とやらに矢を投げて当てるという遊びらしい。
酒を注文してすぐに、ジャファーが矢を的に投げた。矢はストンと丸い的の真ん中に刺さった。


「次アンタ」

「あ、あぁ」


定食屋を出るときに『歳が一緒なんだからタメ口でいい』とジャファーに言われたので、言葉は崩している。カミロはジャファーの真似をして矢を投げてみたが、矢は的に当たる前に床に落ちた。
ジャファーと交互に矢を投げるが、何度やっても的に当たらない。見かねたのか、ジャファーが矢を投げるコツを教えてくれた。教えられた通りに矢を投げると、なんとか的に矢が刺さるようになった。それでもジャファーのようにど真ん中に刺さることはない。
カミロ達の元に、店員が3杯目の酒のグラスを運んできた。カミロはカクテルというらしい甘い酒を飲んでいる。甘くないカクテルもあるのだそうだ。ジャファーは甘くないカクテルを飲んでいた。甘くないものよりも甘いものの方が飲みやすい。カミロはカクテルの入ったグラスを片手に、また的に向かって矢を投げた。

ジャファーが満足するまでダーツをやりながらカクテルを何杯も飲んでダーツバーを出た。次は花街にあるバーに行くらしい。
なんだか身体が熱いし、ふわふわしている気がする。カミロは自分の状態に首を傾げながら、ジャファーと並んで花街へと向かって歩いた。

花街の静かなバーでまた何杯も甘い酒を飲み、日付が変わる頃にバーを出て、ジャファーの馬を預けている街の入り口にある馬小屋へと向かい歩きだした。
身体がふわふわして、頭がなんだかぼんやりする。
並んで歩きながら、ジャファーが話しかけてきた。


「アンタ、結構酒に強いな。あんだけ飲んだのに普通に歩けるし。吐きもしない」

「……あぁ」

「予定より遅くなったから泊めてよ」

「……あぁ」


カミロはぼんやりしたまま、何も考えずにジャファーの言葉に頷いた。
馬小屋に行って、2人で馬に乗り、とりあえず魔術研究所まで行って、魔術研究所の敷地内にある馬小屋に馬を置き、そこからは歩いてカミロの住む官舎へ向かった。
玄関の鍵を開けて家の中に入ると、灯りもつけずにふらふらとカミロはベッドに行き、そのままベッドに倒れこんだ。何だろう。酷く眠い。
カミロはそのまま目を閉じて、深い眠りに落ちた。
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