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公的機関交流会

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カミロはイアソン達と一緒に買いに行った服を着て、財布と家の鍵だけをズボンのポケットに突っ込んだ状態で、手ぶらで中央の街の郊外にある『公的機関交流会』の会場に足を踏み入れた。イアソンとアフラックも一緒である。イアソンも手ぶらだが、アフラックは小さめの肩掛け鞄を持っていた。
会場である街の郊外にある広い原っぱには沢山の屋台が並んでおり、『振る舞いコーナー』と大きく書かれた布地がはためく幟というものが立っている場所もあった。朝一番の臨時馬車に乗ってきたが、会場は既に多くの人で賑わっている。

『公的機関交流会』は、通称・お見合い祭りとも呼ばれている。参加条件があり、参加できるのは公的機関で働く独身・恋人なしの完全に独り身の者だけ。以前は10年以上勤務していることも条件に入っていたらしいが、今はそれはなくなった。公的機関に勤める独り身の者ならば誰でも無料で参加できる。
1番大きな祭りである秋の豊穣祭やその他の小さな祭り、中央の街でイベントがある時などは、家庭持ちや恋人がいる者が優先的に仕事の休みをとる。祭りやイベントには家族や恋人と参加するらしい。友人と参加することもあるのだそうだが、休暇申請は家庭持ちや恋人持ちの方が優先されやすい。結果、独り身の者は祭りやイベントの時は仕事であることの方が多い。祭りに中々参加できない者達に祭りを楽しんでもらいつつ、寂しい独り身の者達に出会いの場を提供することが目的の、比較的小規模な祭りなのだそうだ。実際にこの通称・お見合い祭りで知り合って最終的に結婚した者達が結構な数いるらしい。
参加者の殆んどが男である。女はそもそも男よりも人口の割合的に少なく、16~20歳の間には結婚して家庭に入るのが一般的だ。働いている女もいるが、人並みよりも魔力が多い人間しかなれない魔術師や薬師、医者、あるいは教師などの特殊な仕事についている者ばかりだ。その数はかなり少ない。お見合い祭りでその数少ない女をめぐって男達による争奪戦が起きるのかと言えばそうでもない。
サンガレアは同性愛に寛容な土地柄だ。他所の領地では、国が同性婚を認めていても、実際は自然に子供ができない男同士の結婚は敬遠されるし、白眼視されることが多い。王都とサンガレアには男同士で子供をつくることができる施設があるのだが、子供を施設でつくるには多額の金銭が必要になる。普通に働いていたのでは、どれだけ真面目に働いて貯金をしても、子供をつくれるだけの金額が用意できるのは、それなりに年老いた頃になる。男しか愛せないし、子供もほしい、という男は、同性愛に寛容な上に長生き手続きができるサンガレアの公的機関に就職するのが1番だと言われているそうだ。街中を男同士で手を繋いで歩いても誰にも白い目で見られることもないし、長生き手続きをして通常よりも長く働けば、若い肉体のまま子づくり資金を貯めることができる。領地の男夫婦の子育てへの支援も充実しているし、男しか愛せない男にとってはサンガレアは夢のような場所なのだとか。故にサンガレアの公的機関で働く男専門の男の割合は高いらしい。
昨日の夕食の時にイアソンが話していた。

カミロはアフラックと一緒に、イアソンが手に持っている会場に入る時に渡された1枚のチラシを覗き込んだ。チラシには屋台の紹介や振る舞いの説明、イベントのタイムスケジュールなどが書かれている。振る舞いはサンガレア公爵家が用意したもので、マーサを筆頭とする公爵家の者達が作った料理が振る舞われるそうだ。あとは他国から提供してもらったサンガレアでは珍しい酒や果物なども振る舞われる。普通の飲食店で提供されることがない、屋台でしか味わえない食べ物も多いらしい。会場に設営されているステージでは子供合唱団による歌の披露や楽器の演奏が趣味の者が集まっている素人楽団の演奏会、大道芸、誰でも参加できるクイズ大会などが行われる予定である。


「とりあえず振る舞い行ってみるか?」

「そうですね。俺は海鮮汁が食べたいです。うちの領地って内陸部ですから海産物とは縁が薄いですし」

「だよな。俺はこの火の国の酒も気になるわ」

「あー……砂漠に生えるサボテンとかいう植物から作られるってやつですね。酒精がかなり強いから要注意って書いてますけど」

「大丈夫だろ。多分。そんなに酒に弱い方でもないし、俺」

「まぁ、そうですね」

「カミロは振る舞いで気になるもんあるか?」

「……どれも初めて聞くものなので……」

「ワインくらいは知ってるだろ?」

「…………えっと……確か、酒の一種でしたか?」

「まぁ、そうだな。葡萄という果実から作られる酒だ」

「豚汁はたまに食堂で出るじゃん。猪汁ってあれの猪肉版。食堂で出るのは豚肉な」

「豚汁……あ、えーと、肉と野菜がいっぱい入った味噌汁?」

「そうそう」

「じゃあ、まずは振る舞いに行きますか」

「そうだな」


カミロはイアソンとアフラックに挟まれるようにして並んで歩き、振る舞いコーナーに移動した。なんともいい匂いが漂っている。空腹な胃が刺激される匂いだ。今朝は朝食を食べなかった。振る舞いも屋台もある『公的機関交流会』で色々食べればいいとイアソンが言っていたからだ。
土の宗主国には土の神子マーサが開発・普及させた調味料や料理が様々あり、特にサンガレアは食文化がかなり豊かである。
振る舞いコーナーには、既にいくつもの行列ができていた。とりあえずアフラックが目当ての海鮮汁の列に並ぶ。チラシに載っている屋台の詳しい説明を3人で読んでいると、そう待たずにカミロ達の順番が来た。かなり大きな鍋があり、土の神子マーサが鍋の中の汁物を木の器に注いでいた。


「あら。めっずらしー。イアソンじゃない」

「どーもー」

「どうしたのよ。引きこもりの貴方がお見合い祭りに来るなんて」

「世間知らずのカミロの社会見学の引率、みたいな?」

「あぁ。なるほど。カミロちゃん、久しぶり。元気そうね。アフラックも。アフラック、貴方も花街以外に行くって久しぶりなんじゃない?」

「…………お久しぶりです。マーサ様」

「どーも。マーサ様。たまには珍しいもんが食いたくて」

「あら。ふふっ。今日の海鮮汁は美味しいわよー?水の宗主国から新鮮なお魚とか貝とかいっぱい貰って、ふんだんに使ってるもの。他にも色々珍しいものがあるし、まぁ楽しんでいってちょうだい」

「はい」

「あ、器と箸は貸し出しだから。使い終わったら返却コーナーがあるから、そこに持っていってね」

「りょーかいでーす」

「ありがとうございます」

「……ありがとうございます」

「楽しい1日を過ごしてねー」


マーサから海鮮汁なるものを受け取り、振る舞いコーナーの近くにあるテーブルと椅子が多く用意されている飲食コーナーへと移動して、早速海鮮汁を食べ始めた。初めて感じる香りと味がするが、美味しい。熱々の美味しい海鮮汁を3人は味わって食べて、返却コーナーに木の器だけ持っていった後、次はおにぎりとかいうものと猪汁を貰うために、再び振る舞いコーナーへと移動した。
列に並んで少し待って、おにぎりという米の塊みたいなものを受け取り、おにぎり片手に隣にある猪汁の列に並ぶ。

並んで少し待つと、カミロ達の順番がきた。かなり大きな鍋の前に『黒い男』ジャファーがいた。


「あ、イアソンさん達だ」

「どーもー。こないだぶりっす。ジャファー様」

「こんにちは。ジャファー様。先日はありがとうございました」

「……こんにちは」

「これ、ミー姉様が狩った猪使ってんの。旨いよ」

「おー。いいっすねー」

「ジャファー様はお家のお手伝いですか?」

「そ。人手が足りないって駆り出された。ディオもどっかにいる。あ、ちなみに今日の振る舞いで使ってる野菜は俺らが育てたやつなのよ」

「へぇー。さっき食べた海鮮汁めちゃくちゃ旨かったっすよ。魚とかもだけど、キャベツとか人参が甘くて」

「でしょ?まぁ、母様が作ったってのも大きいんだけどね」

「マーサ様、料理上手っすからね」

「そうそう。というわけで、はい。猪汁も楽しんでよ」

「あざーっす」

「ありがとうございます」

「……ありがとうございます」


イアソンとアフラックがジャファーから猪汁の入った器を受け取った。カミロもジャファーから器を受け取ったのだが、何故かじっと黒い瞳に見つめられた。なんとなくカミロが見つめてくる黒い瞳から目を離せずにいると、ジャファーが口を開いた。


「アンタの目、面白いな。パッと見、白目むいてるようにしか見えないのに、よくよく見れば白目と瞳がなんとなく分かる」

「……はぁ……」

「甘いもん好きなら果物コーナーもオススメ。火の宗主国提供のもんとか、うちの領地の南でしか栽培してないもんがあるし。完熟したものは足が早いから基本的に中央の街じゃ殆んど出回ってない。どれも旨いぜ」

「……どうも」


カミロはジャファーに小さく頭を下げて、その場から離れた。先に飲食コーナーに向かって歩いているイアソンとアフラックを急ぎ足で追いかける。会うこともないと思っていた『黒い男』にまた会った。見慣れない黒い瞳の感情はやはりよく分からなかった。

猪汁もおにぎりも美味しく、果物コーナーに行って初めて名前を聞く果物ばかりの果物の盛り合わせを貰って食べ、酒コーナーでワインを1杯だけ飲んだ。ワインは甘くて飲みやすい。辛口のワインというのもあるらしい。火の宗主国の酒は、いい香りがしたが一口飲んで噎せた。酒精がキツいとそうなるらしい。酒に慣れていないなら一口で止めとけ、とイアソンに言われ、殆んど酒が残っている木のコップをイアソンに渡して飲んでもらった。
振る舞いを一応制覇すると、合間にステージで行われているものを見たりしながら、屋台を全て見て回り、気になったものは食べてみて、あっという間に『公的機関交流会』終了の時間になった。

満腹の状態で茜色に染まる道を馬車に揺られて魔術師街へと帰る。
楽しかったと思う。初めて見るもの、初めて聞くもの、初めて食べるもの。カミロにとって、初めてのものばかりだった。なんだかとても新鮮で、気分がすごく高揚した。
祭りというものは、とても楽しいものだと知った。カミロは高揚した気分のまま自宅に帰り、薄汚れたシーツに寝転がって、今日1日のことを思い出しながら気持ちのいい眠りに落ちた。
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