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7:待ちに待った日

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ミゲルは数日前からずっとそわそわして落ち着かない日を過ごしていた。
いよいよ明日、念願の我が子との対面である。ムートと契約結婚をしてから1年後に子供を施設でつくる為に必要な諸々をして、それから約10ヶ月が経ち、いよいよ子供がミゲル達の元へとやって来る。
ムートもそわそわして、何度も子供を引き取る時に必要な書類や役所に提出する書類等を確認したり、この2ヶ月程で揃えた子育てに必要なものを再度洩れがないか確認したり、2人で行った父親教室で貰った冊子を何度も読み返したりしている。ミゲルも付箋だらけの育児書を読み返したり、首のすわらない赤ちゃんを抱っこしたり、ミルクを飲ませたり、お風呂にいれたりするイメージトレーニングに余念がない。
明日からは乳児の世話でてんてこ舞いになるのが目に見えているので、引き取りに行く前日である今夜、普段は絶対に買わないような高価な上物の酒を買い、2人で新しい家族の誕生を祝うことにした。2人の子供は1週間前には産まれている。しかし、産まれた後の検査があったり、産まれてすぐに移動させるよりも1週間程施設で過ごした方がいいとのことなので、明日子供を引き取りに行く。

夕食の後、2人で乾杯をして美味しい酒を楽しみ、飲み終えるとミゲルの部屋に移動した。
明日からはミゲルは子供と同じ部屋で寝るので、ある程度子供が大きくなるまでは基本的に別々の部屋で寝ることになる。乳児のうちは約3時間おきにミルクを飲ませなければならないし、夜泣きしたらムートが眠れない。先週からミゲルは育児休暇に入っているが、ムートは普通に子供が家にきても働くのだ。ムートが寝不足になってはいけないので、話し合ってそう決めた。セックスもそれどころでは多分なくなるので、暫くはお預けである。

ミゲルのベッドに横になるなり、ムートがミゲルの唇にキスをしてきた。


「しようか。明日から暫くお預けだし。なにより明日が楽しみすぎて眠れそうにないんだよね、僕」

「遠足前日の子供ですか」

「だってー。そわそわしちゃうんだもん」

「まぁ、いいですけど」

「僕が抱いていい?」

「どうぞ」


ミゲルはムートと暮らすこの約2年で、ムートとセックスをすることにすっかり慣れていた。本格的にキスをしてきたムートに応えながら、ムートの首に両腕を絡めた。明日が楽しみすぎて、そわそわして眠れないのはミゲルも同じだ。触れてくるムートの手を素直に受け入れながら、ムートの熱をミゲルも求めた。








ーーーーーー
翌朝。2人はやや疲れた顔で施設へと歩いて向かっていた。結局盛り上がってしまい、年甲斐もなく、朝方近くまでセックスをしていたのだ。ムートに抱かれるだけでなく、ムートを抱いたりもした。


「……ヤバい。はしゃぎすぎた」

「ねむい……」


2人は大きな欠伸をしながら、手を繋いで歩き、施設へと入った。待合室で名前を呼ばれるのを待ち、名前が呼ばれて対面室へと向かう。いよいよだ。ミゲルは緊張と期待で頬を赤らめ、ぎゅっとムートと繋いでいる手に力を込めた。
対面室の赤ちゃん用のベッドに寝かされている小さな赤ちゃんを2人で覗き込む。すやすやとよく寝ている子供は、どことなくムートに似ている気がする。施設の職員がそっと寝ている子供を抱き上げて、ミゲルに抱っこさせてくれた。腕に感じる軽い重さと温かな体温が嬉しくて堪らない。ミゲルはそっと自分の子供の名前を呼んだ。


「カート。よろしくね」


名前を呼ばれたカートが小さく口をむにむに動かした。ミゲルはムートと顔を見合わせて微笑んだ。
ミゲルがカートと名付けた小さな男の子を抱っこして、ムートと共に諸々の手続きを済ませてから施設を出た。来るときに感じていた眠気なんて、カートの顔を見た瞬間吹き飛んだ。ムートが歩きながら、ミゲルが抱っこしているカートを覗き込んで嬉しそうに微笑んだ。


「本当にちっちゃいねー。可愛いなぁ」

「貴方に似てますね」

「そうかな?口元はミーちゃんに似てるよ」

「そうですか?」

「うん。よく寝てるなぁ。帰ったらさ、ちょっと抱っこさせてよ」

「いくらでもしてくださいよ。貴方の子供でもあるんですから」

「ふふふっ。そうだね。端末と撮影機で撮ってもらった写真を現像しなきゃね。アルバム作らなきゃ。その為に撮影機も買ったしね」

「はい。帰ったらまた写真を撮りましょうか。カートが我が家にやって来た記念に」

「いいねぇ。あ、できたら3人で撮りたいな。適当な通行人に頼む?」

「あー……人が良さそうな人に頼んじゃいます?」

「そうしよう。ふふふっ。本当に可愛いなぁ」


ムートの顔がデレデレに溶けている。ミゲルも気持ちは分かる。初めて顔をみたカートは超絶可愛らしい。うちの子マジ天使。
家に着くと、家に入る前に、本当に家の前を歩く通行人にムートが声をかけて、端末と撮影機で写真を撮ってもらった。端末とは遠隔地同士でも会話や文章のやり取りができ、更には写真まで撮れる便利な魔導製品である。笑顔で快く写真を撮ってくれた善良な通行人に感謝しつつ、ムートが家の鍵を開けて、家の中に入る。居間に行き、ムートにそっとカートを受け渡した。


「わ、わ、すごい。軽いなぁ。小さいなぁ」


ムートがすごく嬉しそうに笑った。ミゲルは笑顔のムートと眠るカートを端末と撮影機で撮った。何枚も写真を撮っていると、ふにゃぁと突然カートが泣き出した。


「おわっ!泣いた!ミーちゃん!カートが泣いた!」

「ミルクですかね?確かそろそろ施設でミルクを飲ませてもらってから3時間くらい経つんじゃないですか?」

「一応オムツもみてみる?」

「はい」

「ベッドに寝かせるね」

「はい。あ、そーっとですよ。そーっと」

「分かってるよ。うぅ、なんか緊張する」


ムートが泣いているカートをおそるおそる、そーっと居間に置いている赤ちゃん用のベッドに寝かせた。初めて聞くカートの泣き声は中々に元気である。ミゲルは先にカートのおむつを確認した。濡れているので、おしっこもしていたようだ。慣れない手つきでミゲルがオムツを替えている間に、ムートが哺乳瓶を持ってきた。


「はい。ちゃんと説明書通りにきっかり計って作ったよ。温度も大丈夫……な筈」

「ありがとうございます。じゃあ、抱っこします」

「そーっとね。そーっとだよ」

「分かってます。緊張するじゃないですか」


ミゲルはおそるおそる慎重にカートを抱っこした。首がすわっていないふにゃふにゃに柔らかいカートは可愛いけれど、少し怖い。うっかり力加減を間違えたりしたら潰してしまいそうだ。ソファーに座り、首を支えながら、片腕で抱っこして、哺乳瓶をカートの口元に持っていくと、カートは哺乳瓶の吸い口を咥えて、ちゅくちゅく飲み始めた。


「おぉ!飲んだ!」

「飲んでますね。わー。わー」

「一心不乱に飲んでるねぇ」


目を開けて涙を少し溜めたまま一生懸命ミルクを飲むカートになんだか感動してしまう。目を開けたカートはやはりムートに似ていると思う。将来男前になりそうで、楽しみだ。少なくともミゲルのように人に顔を覚えてもらえないなんてことにはならないだろう。安心である。
ミルクを飲み終えたカートをおそるおそる縦抱きにして、げっぷをさせる。カートの背中を優しく擦ると、けふっと小さなげっぷをした。げっぷが上手にできて実に素晴らしい。我が子は天才か。満腹になったのか、カートがうとうとし始めた。ムートが抱っこをしたそうに、うずうずしていたので、すぐ隣に座っているムートにカートをそっと受け渡した。ムートが抱っこしているカートにニコニコ笑いながら話しかけた。


「カート、お腹いっぱいになったねー」


ムートに話しかけられると、カートが半分閉じていた目を開いた。やっぱり目を開けていると、抱っこしているムートと似ている。


「わぁー。見てよ、ミーちゃん。カートったら、こんなに小さいのにちゃんと爪が生えてるよ」

「そりゃ生えてますよ。でも本当に小さいですね」

「この爪を切らなきゃいけないのかぁ……」

「……赤ちゃん用の爪切りは買ってありますけど、本当にこんなに小さい爪を切るんですか?ていうか、切れるんですか?」

「切らなきゃいけないんじゃないの?爪が伸びてたら、引っ掻いたりして危ないじゃない」

「そうなんですけど」

「とりあえず初回はミーちゃんお願い。僕は横で見て応援してるよ」

「えぇっ!ムーちゃんやってくださいよ!僕は不安しかないです。ていうか怖い」

「僕だって怖いものー」

「分かりました。片手片足ずつやりましょう。やる時はどっちが先かはじゃんけんで決めるってことで」

「えぇー。マジでー」

「どうせやらなきゃいけなくなるんですよ。2人目の時とかに」

「あ、そうか」

「1人目のカートである程度慣れとかないと」

「うぅ……カート……パパ頑張る」

「あ、そういえば。カートになんて呼ばせます?僕達のこと」

「僕はパパがいい」

「じゃあ、僕は父さんで。一応聞いときますけど、カートが大人になってもパパって呼ばれるつもりですか?」

「え?うん。当たり前じゃない」

「……中学校に上がる頃くらいから、親父とか言われだすのに僕のお小遣い2ヶ月分賭けます」

「えぇっ!親父は嫌だよ!ずっとパパって呼んでもらうしぃ。あ!なら僕は中学校卒業してもパパって呼んでくれるのに、お小遣い2ヶ月分賭けるよ」

「それ完全に分が悪い賭けですよ」

「ふふん。カートはマジ天使だから、ずっとパパって呼んでくれるもんね。ねー。カート」

「親バカ早くないですか」

「大丈夫。多分君もそんなに変わらない」


ミゲルがムートと話していたら、気づけばカートはムートの腕の中ですやすや眠っていた。ムートに声をかけて、カートを赤ちゃん用のベッドに寝かせてもらう。
眠るカートは本当に天使である。何時間でも眺めていられる程可愛らしい。


「このままずっと見てたいねぇ」

「本当に。が、僕はその誘惑から逃れて、今からお昼ご飯を作ります」

「あ、もうそんな時間か」

「子育ては体力勝負です。食べられる時にしっかり食べとかないと」

「離乳食始まったら、ろくに食べる暇もないって話だしね」

「はい。ミルクだけのうちに食いだめしとこうかと」

「そうだね。僕が作ろうか?」

「いえ。僕は育児休暇中ですから僕が作りますよ」

「それなんだけどさぁ。君はカートのお世話に集中、僕は家事を引き受けるってのはどう?カートの世話しながら家事までって大変だよ?今はまだカートは寝返りもうてないけど、ハイハイし始めたら兎に角動き回って目が離せなくなるわけだし。お互い協力しあおうよ」

「……それもそうですね。じゃあ僕は2人目の時は上のカートの世話をしつつ、家事をやりますね」

「うん。で、どっちかが大変そうだったらお手伝いって形にしようか」

「はい」

「ミーちゃん。一緒に頑張ろうね」

「はい。ムーちゃん」


ミゲルとムートはカートが眠る赤ちゃん用ベッドの前で、かたく握手を交わした。息子よ。父さん達ちょー頑張る。
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