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第二部
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(あぁ……まただ……)
ずっしりと肩にのし掛かる罪悪感に思わず唇を強く噛む。嫌々ながら確認すると下着が汚れていた。益々罪悪感がどっと襲ってくる。
大きな溜め息を吐いて、のろのろと部屋に備え付けてあるシャワー室へと向かい、手早く服を脱いでから、まだ冬半ばだというのに冷水を頭から浴びる。
冷たい水を浴びながら、情けない顔で汚れた下着を洗った。
切っ掛けが何かは分からないが、ここ最近、頻繁に似たような夢を見る。そして、その夢を見た日は毎回こうだ。いい加減ツラい。
下着と体を冷水で洗い終えた後、ベッドの上で 全裸である方向に向かって土下座して、謝罪の言葉を延々垂れ流すところまでが、数日に一回の日課になりつつある。
この状況を何とかしなければならない。
具体的な解決策はまだ思いつかないが、それでも何かしらの行動を起こす決意をした。
ーーーーーー
アーチャは家事が全て終わり、あまりにも暇だったので、暖炉の前のラグの上で腕立て伏せをしていた。
筋トレを始める前に危惧していたことが当たっていた。体が明らかに鈍っている。
仕事を休む前までは、もっとスムーズに何回もできていたのに、わりとすぐに息が荒くなってきてしまった。結局、以前できていた回数の三分の二で諦めた。
(まっじかよぉ……)
一応毎日料理や洗濯をしている腕でこれだけ鈍っているのならば、全然歩いていない足腰はどうなっているのだろうか。
春がきてからの仕事復帰が不安になってくる。
しかし、残念なことに歩くのは好きだが、学生時代、体育の授業が大嫌いだったアーチャには室内でできる筋トレなんて、腕立て伏せと腹筋くらいしか知らない。下半身の衰えをなんとかせねばならないが、その為の方法がまるで思いつかない。
歩きたくても、外は毎日のように雪が降っているし、たまに晴れても雪降ろしと雪かきと食料品等の買い物で一日が潰れて散歩どころではない。ぶっちゃけ詰んでる。
思わずラグに突っ伏してしまう。
(あー……やっべぇよなぁ……)
この歳で一度衰えた筋力を元に戻すのは、結構大変なのだ。男ならまだなんとかなりそうだが、元々筋肉量が男よりも少ない女の体は年取ると代謝が落ちる一方なのだ。常に鍛え続けている様なアスリート等一部を除いて、だが。
完全に春になるまで少なくともあと二月はかかる。その間にもじわじわと筋力も体力も衰えていくだろう。想像するだけで、ぞっとする。
多少の蓄えがあるとはいえ、働かなければ生きてはいけない。一応結婚はしているが、あくまで偽装結婚であり、ケディに生活の全てを頼る気はまるでない。
なんとかして足腰を動かしたいが、プールの授業の始めにやっていた柔軟体操くらいしか、どんなに頑張って考えても思いつかない。
(何もやらねぇよりマシ……なのかなぁ……)
疑問に思いつつも、ラグから身を起こして、屈伸をし始めた。
アーチャは歩くのが趣味だったからか、子供の頃からずっと細身の体型で、今までダイエット等しようとも思ったことすらなかった。その為、筋トレその他、体を鍛えるための術をほぼ知らない。僅かにある知識にダメ元ですがり付くしかなかった。
アーチャは昼食の時間まで、一人柔軟体操に勤しんだ。
ーーーーーー
そろそろ夕飯の支度を始めようか、という時間に風呂場のドアが開く音がして、こちらに向かう足音もしている。ケディの足音ではないので、ケディが帰ってきたわけではないようだ。
ベッドにだらしなく寝転がって本を読んでいたアーチャは、本を脇に置き、起き上がってベッドの上に胡座をかいて座った。
おずおずと、大きめの箱を抱えたヒューが顔を出した。ヒューと顔を会わせるのは、わりと久しぶりな気がする。確か、最後に見たのは強盗殺人犯に襲撃された時だ。
「こ、こ、こ、こんにちはっ!」
「はい、こんにちはー」
何故か赤い顔で目が忙しなく泳いでいて、アーチャの顔を見ていない。動きもどこかギクシャクとしている。
(なんだ?)
少し訝しく思っていると、ギクシャクとした動きでアーチャの側に来たヒューがずいっと持っていた箱を無言でアーチャに差し出した。
「あ?なにこれ」
「ああああの!……そ、そのっ……ど、どうぞ!!」
「……はぁ。どうも」
俯いてこちらの顔を全然見ずにいるヒューから、とりあえず大きい箱を受け取った。特に装飾がしてあるわけではない武骨な木の箱は、手に取ると、かなり重い。
「なにこれ」
「あのっ!そのっ……えっと!…………受け取ってくださいぃぃぃぃぃぃぃ………………」
何故か上擦った声でそう叫ぶと、バタバタと風呂場の方へ走り去っていってしまった。
部屋に残されたアーチャはとりあえず箱を開いて中を覗いてみる。
箱の中には生肉がみっちり詰まっていた。
「……なんで肉?」
先程のヒューの様子といい、貰った生肉といい、突然訳が分からない。
アーチャは首を捻りながら、箱を持ったままベッドから降り、とりあえず貯蔵庫に生肉を運んで入れた。
どうぞと言っていたから食べていいのだろう。
今夜は干し肉のスープの予定だったが、貰った肉を焼いてステーキにでもするか。
アーチャはポリポリ頭を掻きながら、そう考え、挙動不審なヒューのことについては、ぶっちゃけヒュー個人にたいした興味を持っていないこともあって、スルーすることに決めた。
貰えるものはありがたく貰うが、興味のない人間に思考をさくのも面倒だ。
(……夕飯作るかー)
アーチャは緩慢な動作で食事の準備を始めた。
ーーーーーー
帰ってきたケディが、今夜の夕飯のメニューを見ると右眉をくいっと上げた。
「どうした?こんな肉なかったろ」
「貰った」
「誰にだ?」
「ヒュー」
「あん?何でまた」
「さぁ?知らねぇよ。箱にみっちり生肉詰めてくれたのよぉ」
「……なんで生肉?」
「だから知らねぇって」
訝しげな顔をするケディを放っておいて、塩コショウだけで味付けたシンプルなステーキを切り分け、口に放り込む。単に適当に焼いただけなのに、いつも食べている肉より明らかに美味い。もっきゅもっきゅ咀嚼しながら思わず口角が上がる。程よく脂がのっているがしつこくなく、柔らかい肉質だが噛む度に口のなかに肉の旨味が広がる。これは酒にも合いそうだ。
美味そうに食べるアーチャを見たケディも手早く祈りを捧げ、キレイに切り分けた肉を口に入れた。
「……美味いな、これ」
「うん。やべぇ」
「これかなりいい肉だぞ」
「あ、やっぱり?」
「本当、何でヒューの奴、こんな上等なもん急に寄越してきたんだ?」
「さぁ?なんか挙動不審だったけど、なんなのかね」
「挙動不審?」
「なんか動きがおかしかった」
「……明日、本人に直接聞いてみるか……」
「気になるならそうしたら?」
「おう」
美味い肉を飲み込んだ後、すかさず注いでおいたグラッパを口に含む。相性抜群で実に美味い。アーチャはニンマリと笑った。
まるでヒューの行動の意味が分からないが、いいものを貰えた。実にラッキーである。
ケディもステーキが気にいったのだろう。
味わうように食べている。アーチャはまだステーキが半分残っているが、一度立ち上がり、台所へと向かった。家に置いてある中でも上等な部類の酒の瓶を一本掴み、新しいグラスを二つ持って、テーブルへと戻る。
「この肉さぁ、絶対この酒も合うよな」
「間違いなく合うな」
「飲む?」
「飲む」
真顔で即答するケディにニヤッと笑って、グラスに酒を注ぎ分け、椅子に座ってから、再び肉を切り分けて口に入れる。よく咀嚼してから肉の味で口の中がいっぱいなうちに新たに持ってきた酒を口に含む。絶妙に美味い。
思わず、ぐっと拳を握ってしまうほど美味い。
普段、ケディが翌日仕事の日には、晩酌で二人で一本の酒しか開けないことにしているが、この日は美味い肉に釣られて、ついつい合わせて三本も酒を開けて飲んでしまった。
のんびりとした食事を終え、交代で風呂に入ると、アーチャは満足感いっぱいのままベッドに潜り込んだ。
ご機嫌なアーチャは、なんとなくケディの胸板に額をぐりぐり押しつけて眠りについた。
ずっしりと肩にのし掛かる罪悪感に思わず唇を強く噛む。嫌々ながら確認すると下着が汚れていた。益々罪悪感がどっと襲ってくる。
大きな溜め息を吐いて、のろのろと部屋に備え付けてあるシャワー室へと向かい、手早く服を脱いでから、まだ冬半ばだというのに冷水を頭から浴びる。
冷たい水を浴びながら、情けない顔で汚れた下着を洗った。
切っ掛けが何かは分からないが、ここ最近、頻繁に似たような夢を見る。そして、その夢を見た日は毎回こうだ。いい加減ツラい。
下着と体を冷水で洗い終えた後、ベッドの上で 全裸である方向に向かって土下座して、謝罪の言葉を延々垂れ流すところまでが、数日に一回の日課になりつつある。
この状況を何とかしなければならない。
具体的な解決策はまだ思いつかないが、それでも何かしらの行動を起こす決意をした。
ーーーーーー
アーチャは家事が全て終わり、あまりにも暇だったので、暖炉の前のラグの上で腕立て伏せをしていた。
筋トレを始める前に危惧していたことが当たっていた。体が明らかに鈍っている。
仕事を休む前までは、もっとスムーズに何回もできていたのに、わりとすぐに息が荒くなってきてしまった。結局、以前できていた回数の三分の二で諦めた。
(まっじかよぉ……)
一応毎日料理や洗濯をしている腕でこれだけ鈍っているのならば、全然歩いていない足腰はどうなっているのだろうか。
春がきてからの仕事復帰が不安になってくる。
しかし、残念なことに歩くのは好きだが、学生時代、体育の授業が大嫌いだったアーチャには室内でできる筋トレなんて、腕立て伏せと腹筋くらいしか知らない。下半身の衰えをなんとかせねばならないが、その為の方法がまるで思いつかない。
歩きたくても、外は毎日のように雪が降っているし、たまに晴れても雪降ろしと雪かきと食料品等の買い物で一日が潰れて散歩どころではない。ぶっちゃけ詰んでる。
思わずラグに突っ伏してしまう。
(あー……やっべぇよなぁ……)
この歳で一度衰えた筋力を元に戻すのは、結構大変なのだ。男ならまだなんとかなりそうだが、元々筋肉量が男よりも少ない女の体は年取ると代謝が落ちる一方なのだ。常に鍛え続けている様なアスリート等一部を除いて、だが。
完全に春になるまで少なくともあと二月はかかる。その間にもじわじわと筋力も体力も衰えていくだろう。想像するだけで、ぞっとする。
多少の蓄えがあるとはいえ、働かなければ生きてはいけない。一応結婚はしているが、あくまで偽装結婚であり、ケディに生活の全てを頼る気はまるでない。
なんとかして足腰を動かしたいが、プールの授業の始めにやっていた柔軟体操くらいしか、どんなに頑張って考えても思いつかない。
(何もやらねぇよりマシ……なのかなぁ……)
疑問に思いつつも、ラグから身を起こして、屈伸をし始めた。
アーチャは歩くのが趣味だったからか、子供の頃からずっと細身の体型で、今までダイエット等しようとも思ったことすらなかった。その為、筋トレその他、体を鍛えるための術をほぼ知らない。僅かにある知識にダメ元ですがり付くしかなかった。
アーチャは昼食の時間まで、一人柔軟体操に勤しんだ。
ーーーーーー
そろそろ夕飯の支度を始めようか、という時間に風呂場のドアが開く音がして、こちらに向かう足音もしている。ケディの足音ではないので、ケディが帰ってきたわけではないようだ。
ベッドにだらしなく寝転がって本を読んでいたアーチャは、本を脇に置き、起き上がってベッドの上に胡座をかいて座った。
おずおずと、大きめの箱を抱えたヒューが顔を出した。ヒューと顔を会わせるのは、わりと久しぶりな気がする。確か、最後に見たのは強盗殺人犯に襲撃された時だ。
「こ、こ、こ、こんにちはっ!」
「はい、こんにちはー」
何故か赤い顔で目が忙しなく泳いでいて、アーチャの顔を見ていない。動きもどこかギクシャクとしている。
(なんだ?)
少し訝しく思っていると、ギクシャクとした動きでアーチャの側に来たヒューがずいっと持っていた箱を無言でアーチャに差し出した。
「あ?なにこれ」
「ああああの!……そ、そのっ……ど、どうぞ!!」
「……はぁ。どうも」
俯いてこちらの顔を全然見ずにいるヒューから、とりあえず大きい箱を受け取った。特に装飾がしてあるわけではない武骨な木の箱は、手に取ると、かなり重い。
「なにこれ」
「あのっ!そのっ……えっと!…………受け取ってくださいぃぃぃぃぃぃぃ………………」
何故か上擦った声でそう叫ぶと、バタバタと風呂場の方へ走り去っていってしまった。
部屋に残されたアーチャはとりあえず箱を開いて中を覗いてみる。
箱の中には生肉がみっちり詰まっていた。
「……なんで肉?」
先程のヒューの様子といい、貰った生肉といい、突然訳が分からない。
アーチャは首を捻りながら、箱を持ったままベッドから降り、とりあえず貯蔵庫に生肉を運んで入れた。
どうぞと言っていたから食べていいのだろう。
今夜は干し肉のスープの予定だったが、貰った肉を焼いてステーキにでもするか。
アーチャはポリポリ頭を掻きながら、そう考え、挙動不審なヒューのことについては、ぶっちゃけヒュー個人にたいした興味を持っていないこともあって、スルーすることに決めた。
貰えるものはありがたく貰うが、興味のない人間に思考をさくのも面倒だ。
(……夕飯作るかー)
アーチャは緩慢な動作で食事の準備を始めた。
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帰ってきたケディが、今夜の夕飯のメニューを見ると右眉をくいっと上げた。
「どうした?こんな肉なかったろ」
「貰った」
「誰にだ?」
「ヒュー」
「あん?何でまた」
「さぁ?知らねぇよ。箱にみっちり生肉詰めてくれたのよぉ」
「……なんで生肉?」
「だから知らねぇって」
訝しげな顔をするケディを放っておいて、塩コショウだけで味付けたシンプルなステーキを切り分け、口に放り込む。単に適当に焼いただけなのに、いつも食べている肉より明らかに美味い。もっきゅもっきゅ咀嚼しながら思わず口角が上がる。程よく脂がのっているがしつこくなく、柔らかい肉質だが噛む度に口のなかに肉の旨味が広がる。これは酒にも合いそうだ。
美味そうに食べるアーチャを見たケディも手早く祈りを捧げ、キレイに切り分けた肉を口に入れた。
「……美味いな、これ」
「うん。やべぇ」
「これかなりいい肉だぞ」
「あ、やっぱり?」
「本当、何でヒューの奴、こんな上等なもん急に寄越してきたんだ?」
「さぁ?なんか挙動不審だったけど、なんなのかね」
「挙動不審?」
「なんか動きがおかしかった」
「……明日、本人に直接聞いてみるか……」
「気になるならそうしたら?」
「おう」
美味い肉を飲み込んだ後、すかさず注いでおいたグラッパを口に含む。相性抜群で実に美味い。アーチャはニンマリと笑った。
まるでヒューの行動の意味が分からないが、いいものを貰えた。実にラッキーである。
ケディもステーキが気にいったのだろう。
味わうように食べている。アーチャはまだステーキが半分残っているが、一度立ち上がり、台所へと向かった。家に置いてある中でも上等な部類の酒の瓶を一本掴み、新しいグラスを二つ持って、テーブルへと戻る。
「この肉さぁ、絶対この酒も合うよな」
「間違いなく合うな」
「飲む?」
「飲む」
真顔で即答するケディにニヤッと笑って、グラスに酒を注ぎ分け、椅子に座ってから、再び肉を切り分けて口に入れる。よく咀嚼してから肉の味で口の中がいっぱいなうちに新たに持ってきた酒を口に含む。絶妙に美味い。
思わず、ぐっと拳を握ってしまうほど美味い。
普段、ケディが翌日仕事の日には、晩酌で二人で一本の酒しか開けないことにしているが、この日は美味い肉に釣られて、ついつい合わせて三本も酒を開けて飲んでしまった。
のんびりとした食事を終え、交代で風呂に入ると、アーチャは満足感いっぱいのままベッドに潜り込んだ。
ご機嫌なアーチャは、なんとなくケディの胸板に額をぐりぐり押しつけて眠りについた。
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