夜の散歩

丸井まー(旧:まー)

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第二部

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アーチャは二日ぶりの風呂を楽しんでいた。
ケディに体を拭いてはもらったが、ベタつく感じがする髪を洗い、体もたっぷりの泡で洗うと、とてもスッキリした。ご機嫌に鼻歌を歌いながら熱めのお湯が張られた浴槽にゆったり浸かる。
普段はどちらかと言えば早風呂の方なのだが、今だけは兎に角ゆっくり浸かっていたかった。いつになく風呂に入っている時間が長いアーチャを寝ているのかと心配して風呂場に顔を出したケディに声をかけられるまで、ずっとお湯に浸かっていた。


暖炉の前で髪を乾かしている時、ふと思い立った。そういえばケディが女になってから今日で六日目である。明日までに変態が魔術の解除をできなければ、変態は変態の変態と永久にお別れすることになる。それは別に構わないし、むしろ変態の変態がなくなって変態っぷりがおさまればアーチャには都合がいいのだが、副団長が女のままというのは恐らくよろしくないだろう。というか、本当にケディは切り落とすつもりなのだろうか。

髪を乾かし終えて、濡れたタオルを風呂場に持っていき籠に放り込む。洗濯物が溜まっているが見ないフリした。明日やればいいだろう。
居間に戻るとケディが落ち着く香りのお茶を淹れてくれていた。椅子に座って礼を言い、カップに口をつける。鼻腔をくすぐる香りを楽しみながら目の前で同じお茶を飲んでいるケディを見た。


「なぁ」

「あ?」

「解除の期限明日までじゃん」

「あぁ」

「できなかったら本当に切り落とすの?」

「おうよ」

「ふーん」


変態には少し気の毒な話だが、まぁ自業自得だ。
昼食もケディが作ってくれるとのことなので、アーチャは暖炉の前に移動し、ケディに声をかけられるまで、大人しくずっと本を読んでいた。

昼食を食べた後、風呂場で洗濯するというケディをよそに暖炉の前でまた本を読む。手伝いを申し出たが、断られた。
暫く本を読んでいると、洗濯を終えたケディが濡れた洗濯物を籠に入れて持ってきた。
室内に張ったロープに干していくのを手伝う。シーツも洗ったので部屋の中は洗濯物だらけになった。昨日に引き続き、暖炉の薪はいつもより多めで室内はかなり暖かいので、その内乾くだろう。

洗濯物干しを終えたら、ケディとアーチャはベッドに並んで座って、夕食の準備を始めるまで本を読んだ。ケディがアーチャの本を読むのは初めてのことである。無言で頁を捲る音だけが部屋に響く。
アーチャは本を読みながらもぞもぞ動いて、隣に座るケディの太腿に頭をのせた。頭の下に弾力があるが柔らかい感触を感じる。ケディが何も言わないので、そのまま膝枕で本を読んだ。





ーーーーーー
またもやケディが作った夕食を食べていた時のことである。
風呂場の裏口が開く音がした。
風呂場の方向に目を向けると、バルトが歩いてきた。


「こんばんは」

「よう」

「こんばんは」

「どうした?」

「シャリーさんが魔術の解除の開発に成功したそうです。副団長をお迎えに来ました」

「お、ちょっと早かったな」

「切り落とし損ねたな」


物騒な顔で笑うケディにバルトが困った顔をした。そのまますぐに砦に向かうのかと思ったら、バルトが椅子に座るアーチャに近づいてきた。手には果物が入った籠を持っており、差し出される。


「熱を出されたと伺ったものですから、お見舞いに。滋養のある果物ですから召し上がってください」

「ご丁寧にどうもありがとう。お陰様で熱は下がったよ。ありがたく頂戴するわ」


バルトの心遣いが嬉しくて笑って籠を受けとると、バルトも穏やかに微笑んだ。
そのまま、いくつか言葉を交わしていると、いつの間に着替えたのか、私服ではなく騎士の服を着たケディがバルトに声をかけた。


「おう。行くぞ」

「はい」

「いってらー」


二人にヒラヒラと片手を振って、椅子に座ったまま見送る。一人になって、夕食の続きを再開する。大きめに切られた肉と野菜を炒めたものを口にする。アーチャの好みには少し味が濃い為、酒が欲しくなるが、今日まで酒は禁止とケディに言われている。熱を出した時からずっと世話をしてくれているので、素直に従うことにした。

食べかけのケディの料理をテーブルに置いたまま、自分が使った食器を台所で洗う。サランラップなんて便利なものがないため、ケディの食べかけの料理はどうしたらいいのだろうか。
そのまま置いておいたら乾燥しそうだが、きれいな布でもかければいいのか。でも布に料理がつきそうな気がする。
暫く頭を捻ったが、いい考えが思いつかなかったので、このまま放置することに決めた。

食器を洗い終わると、暖炉の前に椅子を運んで座り、煙草に薪で火をつける。
煙を深く吸い込んでゆっくり吐き出す。
そういえば、昼間は吸わなかったから二日半ぶりの煙草である。特有の酩酊感が心地よい。
ゆっくり一本吸うと、吸い殻を暖炉に放り込み、本を手に取った。


どれくらいの時間が経ったのか分からないが、集中して本を読んでいると、風呂場の裏口が開く音がした。顔を上げると、男の姿に戻ったケディが歩いてくる。
ごつい体に顎には髭。
胸元を見ても、当然ながらあのでかいおっぱいはない。


「戻ったの?」

「おう。見ての通りな」

「……私のでかいおっぱいが……」

「アンタのじゃねーよ。ガッカリみたいな顔すんな」


立ち上がって本を椅子に置き、ケディの前に立つ。ケディの胸元を服越しに撫でるが、固い筋肉の感触しかしない。
あの柔らかいおっぱいが無くなったのは、ちょっと、いやかなり残念である。もっと触っておけば良かった。名残惜し気にケディの胸を撫でていると、呆れた顔をしたケディがアーチャの手を掴んだ。


「明日から数日バルトが来るぞ」

「あ?なんで?」

「守護の魔術をこの家にかけてもらう」

「守護の魔術?」

「簡単には言うと、正規の鍵を使用しない限り、この家には外部からは誰も入れなくなる。家の中に居るものに招かれなければな」

「なにそれ便利」

「おう」

「それ何でヒューが居るとき使わなかったのさ」

「魔術をかけるのに結構大掛かりな準備が必要な上に魔術師なら見ればすぐに守護の魔術がかかっているのは分かるからな。こんな街外れの家に守護の魔術がかかっていたら逆に居場所を知らせるようなもんだろ」

「ふーん」

「明日までは俺も休みだが、明後日からは昼間は仕事だからな。まぁ、気休めみてぇなもんだ」


連続強盗殺人犯に襲撃されてから、外からの物音に過敏になり、風の音にもピクリと一瞬震えるアーチャを見かねてのことだろう。気づかせるつもりはなかったが、気づかれていた。
その事が悔しいが、正直守護の魔術とやらはありがたい。

アーチャはとりあえず礼を言って、風呂の準備をしに風呂場へと向かった。
風呂の準備を終えると、残りの夕食を食べ終えたケディと向かい合ってお茶を飲む。ケディもアーチャに付き合って酒ではなく今夜までお茶だ。

二人とも風呂に入ったら早々にベッドに潜り込んだ。ここ数日の癖でケディの胸元に顔をくっつける。固いし、男臭い。それでも温かい。アーチャの腰にケディの腕が回る。重たいそれに、なんとなく安心して、アーチャは眠りについた。
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