夜の散歩

丸井まー(旧:まー)

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第二部

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アーチャは帰宅すると直ぐに暖炉に火をいれ、風呂場に直行した。帰宅途中から吹雪かれ、体が冷えきってしまっている。
浴槽に熱いお湯を溜めながら、台所に行き、ひとまずグラッパをグラスに注いで飲み干す。粗い果実の香りが鼻に抜け、キツい刺激が喉を通り抜けた。2杯ほど続けて飲むと胃の辺りからポカポカしだした。

チェストから着替えを出し、風呂場の様子を見に行く。浴槽にはまだ十分な量のお湯は溜まっていなかった。
部屋に引き返して毛布を体に巻き付け、暖炉の前を陣取った。
火の着いた薪を着火具がわりにして煙草に火をつけ、深く息を吸いこみ、吐き出す。

(しまった。グラッパ持ってくりゃ良かった)

温かい暖炉の前から冷たい台所に取りに行くのは億劫である。
アーチャはがりがり頭を掻くと、今飲むのは諦めた。
煙草を吸いながら、暫しぼーっとしていた。煙草を2本ほど吸い終わると、風呂の様子を見にいくために億劫そうに立ち上がった。風呂場は湯気で温まり、浴槽の湯の量もちょうどよい具合である。

アーチャは部屋に引き返し、着替えを持って風呂場に向かった。
頭と体を洗い、ゆっくりと湯船に浸かる。
はぁぁ、と大きな溜め息が出た。
そのまま、ぼーっとしていると裏口の戸がガチャリと開いた 。

現れた髭熊と目があった。


「よう。悪いが話がある」

「何?」

「こないだのがヒューにバレた」

「マジか。早くね?」

「酔ってついポロっと」

「何やってんだ、副団長」

「悪い。それで話があるんだわ」

「マジかよ。温まってからでいい?帰る途中で吹雪かれたんだわ」

「今日も仕事だったのかよ。朝から吹雪きそうな空だっただろう」

「空見て吹雪きそうとかわかんねぇよ。雪も降らない温かい所で育ったからね」

「そうか」

「……2人とも普通に会話しないで下さい!!それからケディ!使用中なら早く出てこいっ!!」


ケディの背後からヒューの声がした。
アーチャはケディと目を合わせた。


「今更じゃね?」

「だよな」

「いいからケディは戻ってくる!!」

「へーい。風呂から出たら、悪いがこっちに来てくれ。旨い酒もあるぞ」

「分かった」


アーチャは体が芯から温もるまでゆっくりお湯に浸かると風呂からあがり、湯冷めしないように手早く服に着替えた。

ガチャリと裏口からヒューの執務室に入ると、そこにはヒューとウィル、バルト、シャリーに説教されているケディの姿があった。ケディは怠そうにそれを聞き流している。


「来たよ。話って何?」

「あ、アーチャ。お久し振りです」

「こないだ会ったじゃん」

「はい。本当にすいません。ケディが……」

「その件については当人同士で解決済みだよ。酔った上での接触事故だ」

「しかし……責任をとらねば騎士としても男としても失格です。そこで考えてみたんです」

「何を?」

「アーチャ。ケディと結婚する気はありませんか?」

「ない」

「即答かよ」

「あるかそんなもん」

「まぁ、俺もねぇけど」

「ケディはちょっと黙ってろ。別に本当に結婚するわけではなく、ケディと結婚していることにしたら何かと都合がいいと思うんです」

「と、言うと?」

「第一に姓が変わります。それだけでも捜索の目を眩ますことができます。アーチャって名前も、そこまで珍しい名前ではないので」

「ふぅん?」

「第二に表だって護衛を用意できます。ケディは長年騎士団に勤めていて、剣の腕は中々のものです。それにケディが側にいればこちらとの連携もとりやすくなります」

「異議あり」

「なんだ、シャリー・フォレット」

「その役目は私でもよろしいのでは?むしろ私がやるべきでしょう。副団長殿はお忙しいようですし」

「却下だ」

「何故です」

「ただでさえ迷惑をかけているのに、変態を側に置かせることなんてできない」

「私は変態ではありません。ただアーチャの犬になりたいだけです」

「その発言がもうギリギリなんだよっ!」

「優れた番犬になる自信がありますよ」

「それでも駄目だ!月1の面談で我慢しろっ!」


シャリー・フォレットは不貞腐れた顔で一旦引いた。


「話が逸れましたが、そういうことなんです。如何でしょうか?」

「……どうすっかねぇ」


確かにヒューの言うことには一理ある。ここでケディを断ったら『番犬』が家に押しかけてくる可能性もある。
それは面倒だ。適当にケディで手をうっておいた方が楽な気がしてきた。


「副団長さんよぉ、アンタはそれでいいわけ?」

「やっちまったもんはしょうがねぇからな」 


ケディが肩を竦めた。


「ヒューの提案に乗っかるわ。諸々よろしく頼む」

「はい。書類を持って後日伺います。あと、あの……風呂場の裏口はまだここと繋がっているので、使用される際は鍵をかけてください」

「分かった。用はそれだけ?明日も仕事だから早く戻りたいんだけど」

「あ、はい。次のお休みはいつですか?」

「3日後」

「では、その日の昼間に伺います」

「はいよ。よろしく頼む。じゃあね、お邪魔しました」


そう言って背後のドアから自宅に戻った。

(また面倒なことになりそうだ)

アーチャは溜め息を吐いて、新しい煙草に火をつけた。



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